数度にわたり映像化された松本清張の「砂の器」で、キーポイントとなるセリフです。
東京蒲田で起こった殺人事件で、事件前に現場近くの喫茶店内で犯人と被害者と見られる2人連れの会話でした。これは犯人とみなされる男が発した一言で、ズーズー弁の訛りがありました。
この情報を基に、刑事は煎餅やあられで名高い秋田県羽後亀田を探索しますが、何も得られずに帰京します。
ネタバレになりますが、これは実際には島根県亀嵩(かめだけ)のことで、山陰島根の一部の方言は、東北弁に似たズーズー弁であるというのがトリックの核心でした。
この辺の事情は、彼の地の出身であるJunちゃんやまるるんの方が詳しいのでしょうが、昔から私にはよく納得できないところでもありました。
というのも、昔、私が育った場所こそ、ズーズー弁の亀田だったのですから。
函館の北隣にかつて亀田市という市がありました。
明治時代に、亀田、鍛冶、赤川、中野、桔梗、神山の六村が合併して亀田村が出来ました。それが隣町函館の発展と共に都市化して、昭和41年に、人口が5万人を超え、市政を敷き、亀田市が誕生しました。
だがわずか2年後の昭和43年に函館に吸収合併されました。
北海道には独自の方言もありますが、その中で函館を含む道南部は、海を隔てて隣接する青森、津軽弁の影響を強く受けています。
その傾向は、都市部の函館に対して農村部であった亀田地区に特に色濃く、私は高校に入って、同級生達の言葉が綺麗なことに驚きました。
私は亀田小学校卒です。そして中学は先年統合され、今では五稜郭中学校という名前になっています。
箱館戦争の舞台、五稜郭も築城当時の名称は、亀田土塁とか亀田お役場と呼ばれていた通り、亀田だったのですが、後に観光資源としての知名度を力関係で函館に奪われたのか、両市並立時代から無理やり函館市五稜郭町と、函館に組み入れられました。
ですから、砂の器事件で、犯人が漏らした一言も、無理やり遠い伯耆の地に因縁を持って行くよりは、東北地方に隣接する北海道亀田市の方が可能性は高かったはずです。
こうして、たった2年で亀田市を消滅させてまで誕生した30万都市函館も、その後の、青函トンネル開通による連絡船の廃止と国鉄民営化。造船不況による函館ドックの倒産、縮小化。200海里制度による北洋漁業の廃止。など、基幹産業の衰退により、平成の大合併により、周辺町村を併合しましても、現在の人口が約27万人という、最盛期の32万人に比べて、ちょうど亀田市の人口分だけ衰退している現状は悲しすぎるものがあります。
「亀田は変わりネェんだべか?」
