海と船の不思議94 おしょろ丸 | われは河の子

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99話で終了予定のこのシリーズも、いよいよ最終盤です。
そこでついにおしょろ丸の登場です!
おしょろ丸って?

おしょろ丸は、北大水産学部の練習船で、
現在は5代目が就航しています。
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現在のおしょろ丸。
そもそもは明治40年に札幌農学校水産課の練習船として就航した帆船でした。
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初代おしょろ丸
おしょろとは忍路と書き、小樽市の沿岸部の地名です。
2代目は函館専門水産学校、後の函館高等水産学校において、船員養成の為の練習船として就航しました。私の父はこの学校で船員免許を取り、その後北大水産学部でおしょろ丸の乗組員となりました。
3代目は、1962年に完成就航しましたが、登場2歳だった私は、この新造船に参加した父に連れられて大阪に行っています。
ブロ友のうさぎさんのお祖父さんも乗組員だったそうで、やはり幼かった私は父に連れられて、亀田八幡宮のそばだった、そのお祖父さまの家に何度か行ったことがあります。
さて、そのおしょろ丸がなぜ不思議なのでしょうか?
大学時代、私は女の子と、当時奈良県にあった奈良ドリームランドにデートに行きました。
そこで水路に浮かぶ木造帆船を見たのです。船名は忍路丸となっていました。腰が抜けるほど驚きました。
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中央の帆船がおしょろ丸(開園当時のパンフレットから)
調べてみると、これは初代を復元したレプリカで、開園当初からあったようです。
なぜ場所もよりによって海の無い奈良なぞに復元されていたのか?
近々、北大水産学部船舶課に問い合わせてみたいと思います。(私は北大水産学部には研究生として2年間在籍したので、いわば母校でもあります。)
2歳の時の大阪行ではさ、このドリームランドにも行っています。
カラーのスライド写真がたくさんあったのですが、実家を処分する際にすべて破棄してしまいました。惜しいことをしました。
さらに、去年C indyさんと飲みに行った函館の老舗バー「杉の子」には、おしょろ丸とネーミングされたカクテルがあるそうです。
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前回はうっかり忘れていて飲めなかったので、今度行ったら是非飲んでみたいものです。
写真はすべてお借りしました。