TAKさん、私の茨城の親友のストールはもう5年以上前にカテーテル手術をして、再発も懸念されているが、昔に変わらず飲んでいます。お互いこれからはいい酒を少しずつにしましょう。
さて、その酒の洗礼を受けたのは大学サークルでした。
わは、京都のかんこうと旅行をら楽しむ観光事業研究会というサーカスに入ったのですが、そこは全体を3つの班に分けて、それぞれ活動する習わしでした。
そして、はの各班ごとに新入生歓迎プレコンパを開催することになり、新入生は、どの班のコンパに参加してもいいことになっていました。当然私は全ての班のコンパにでました。一番最初に行ったのは、北野白梅町、北野天満宮前にあった居酒屋「酔心」ここで初めて燗酒を飲みました。
それからやはり白梅町にあった「串八」と、大学に一番近く、常に学生の溜まり場だつた「さんばり」。
この3ヶ所が、プレコンパ会場でした。
しかしこれらはあくまでプレコンパで、サーカスとしての正式な新歓コンパは、日を移して、京都最大の繁華街、河原町、木屋町界隈で行われました。
ご存知のように、京都は、狭い面積の中にやたらたくさん大学があり、
今も昔も、観光客などは絶対に入ってこない学生御用達の飲み屋は数知らずありました。
新歓コンパは、3条木屋町、3条小橋西のサーカスというパブだったと思います(池田屋の向かいっ側でしたね)飲んだのはウイスキーのヘイグ。ここで初めてエイヒレというものを食べました。
今日は娘の20歳の誕生日ですが、
一浪していた私は、大学入学後わずか二月で二十歳の誕生日を迎えました。
その日は、そのサークルの綿々と四条大宮の居酒屋で、皆から頭からビールを浴びせられました。髪の毛がギスギスになった記憶があります。このサークルはとにかく酒好きな団体でしたが、
さらに3回生になってとったゼミ(社会病理学)のメンバーは輪をかけたさけすきのあつまりでしとた。
ほぼ毎週、近くのセミナーハウスで合宿したのですが、討論が終わった夜10時を過ぎると、男も女も、セミナーハウス。抜け出し、背丈より高い門を乗り越えてさんばりに飲みに行くのかおきまりのコースでした。
葉子ちゃんなんぞは、鉄柵から手を離した拍子に、コンクリートの壁に鼻の頭をこすって、卒業まで「赤鼻」という二つ名で呼ばれました。
今から10年ほど前に私が幹事となって
初めて開催したクラス会は、この元さんばり(現在はあんぽんたんという名にかわっている)で行われましたが、もちろん赤鼻の葉子ちゃんも四国から参加していました。今ではクラス会は毎年開催となったそうから
もうすでに、来年の幹事と日程、場所も決まっているのではないでしょうか?
しっかり身体を治して、来年は是非参加したいものです。