ブックスナビゲーターのCindyさんのイチオシの本、家守奇譚(梨木香歩著 新潮文庫)を読みました。
サイコーです!
200ページに満たない本の中に深遠なる美と、美しいが故の哀しみを見ました。
舞台も時代も明記はされていません。しかし、場所は宇治郡山科村(現在の京都市山科区)らしく、時は『新しい疏水』が出てくることから、大正初めと思われます。
駆け出しの文筆家の綿貫征四郎は、早世した学友である高堂の実家を彼の父に頼まれて管理することになります。
庭付きの旧家であるその家や周辺で、四季を彩る草花に囲まれ、河童、人魚、小鬼、桜鬼、狸、カワウソといった化外の物たちに邂逅します。不思議な愛犬ゴローとの交情。そしてなんといっても、掛け軸の中からボートを漕いで現れる亡き友とのふれ合い。
人間がまだ自然やあやかしと自由に意を交わせた時代。つい100年ほど前のそんな世界が静かに、揺蕩うように流れてゆきます。
28からなる章立ては、それぞれ サルスベリ 都わすれ ダァリヤ 南蛮ギセル ススキ ふきのとう リュウノヒゲ 桜 などの植物の名を持ち、その、それぞれの章の末文がまた心に染み入ります。
それは時に夏目漱石に似て、時に泉鏡花に似て、そしてまぎれもなく梨木香歩の文章なのです。
幻想的な古都の風情がじんわりと染み入る表現力に、おや、と思いました。調べてみると、著者の梨木香歩さんは昭和34年生まれ、同志社大卒。
大学こそ違え、同じ時期に京都の空気を吸っていたことになります。
なるほど、その経験が私にとってデジャブのように感じられたのですね。
『文明の進歩は、瞬時、と見まごうほど迅速に起きるが、実際我々の精神は深いところでそれに付いていっておらぬのではないか』と述懐する征四郎の言葉は、もはやサルスベリに懸想されることもなく、あやかしたちと無縁になってしまった、平成の世に生きる私の胸に哀しく響きます。
ここには、美しい自然、美しい心象、美しい幻想、そして美しい日本の言葉があります。
折に触れ読み返し、そのたびに違う想いにとらわれて、また虜になることでしょう。
Cindyさん、素晴らしい出逢いをもたらしてくれて本当にありがとうございます。