あすかへ

もう何度目かのカミングアウトをしようと思って、この文章を書いています。
これからする話、本当ならきっと、絶対に言っちゃいけないことなんだ。けれど、言わないで自分の体の中に留めておくには大きくなりすぎてしまった。あすかには、絶対言うまいと思って、死ぬまで黙っていようと思って、高1からずっと隠してきたことです。実際は、言いたくて言いたくて今にも言いそうで、ずっとずっと苦しかった。我慢してたけど、とうとう堪えられなくなっちゃった…。
あすかに嫌われる覚悟で、もう二度と今まで通りには戻れないこと覚悟で話します。
あすかの17歳の誕生日に手紙を書いたよね。あすかに命を救われたみたい、っていう。その続きみたいな話なんだけどね。
高1の後半はずっとあすかと蓉子と美咲といた。みんなと一緒にいられることがとてもとても嬉しくて楽しくて。それまでは、学校行きたくなくて、慢性的に体調悪かったんだけど、だんだんそんな日も減ってきて、最終的には学校に行きたくて堪らなくなった。
でも心のどこかではいつも、深く親しくなるほどに絶対迷惑かけるからやめておけ、って自制してたんだけど…。
正直…あすかにだけは効かなかった。あすかが七海のものではないのは至極当然のことだけれど、七海からあすかが離れてしまうのが怖かった。関わりが無くなってしまうのが怖かった。あすかに愛されなくなるのが怖くて怖くて…。
授業の合間とか昼休みとか一緒にいられるのが、ほんっと幸せだった。
その頃から。あすかと笑顔で過ごすための隠し事をしなきゃならなくなったのは…。
クラス替え。真面目に死ぬかと思った。怖くて怖くて堪らなかった。また高1の前半みたいに学校をサボろうか悩んで行く方しか選べなくて、死のうか考えて生きる方しか選べない日々が続くんじゃないか。自分のエゴだとはわかっていても止められない思考に埋め尽くされて、悲劇のヒロインぶってる自分がウザくて、そのくせリスカして平気になった振りして、一体何が愉しいのかわかんない毎日を送んなきゃいけないのか。
怖くて不安で、また体調不良なってました。
結局あすかとは辛うじて隣のクラスになれて、クラスメイトにも恵まれて、以前みたく、迷惑をかけるから関わってはいけない、って思考をしないでもすむようになった。
修学旅行中、男に告白されて、人生二度目、男と付き合ったのは。けどそれも、2ヶ月半しかもたなかった。私が2ヶ月半しか耐えられなかったから。
手を繋ぐことさえしなかったプラトニック過ぎる関係だったけど、最後は肩が触れ合うのも嫌だった。生理的に無理ってこういうことなんだ、って思った。どうしてそうなったのかって聞かれたら、七海の心の変化だ、って答えるけど、実際は自分でもよくわかんないんだ。
うちが普通の家庭じゃないからか、男が怖くなる時がある。丁度その時期だったのかもしれない。元々はあの人のこと好きとか無かったから、ただ冷めただけかもしれない。誕生日何もしてもらえなかったり、男友だちの域を抜けなかったり、そういう些細なことがただ嫌なだけだったのかもしれない。
いずれにしても。もうあの人と一緒にいるのが苦痛だった。2ヶ月半って早すぎるよね。私の男に対する恐怖感をこれ以上増やしたくは無かったんだ。
今ではあの人と全く喋らなくなっちゃった。それでよかったのかな。よくわからない。でも、男に期待しちゃいけないな、って学んだ。男なんか信用しちゃいけないって再認識させられた。
またフリーに戻って、今度は、男に対する気兼ねが無くなって、色んな人と喋るのが楽しくなった。でもなんかいつまでたっても脱け殻みたいに満足できなくて。彼氏が欲しいとか男に愛されたいとか、思ったことには思ったけど、どう頑張ったって、振り向いてもらえるテクニックなんか持ってないし、自分に魅力が無いことくらいわかってるし、なんか結局どうしたって無理だな、って思った。
そうしたら、あんまり男に好かれようとか思わなくなって、特別好きな人がいなくなった。それまでは、高1からずっと気になってる人もいたんだけど、あんまりになった。


その代わり。その代わり、あすかと一緒にいる時間が幸せでたまらなくなった。何をしている時が一番幸せですか?と聞かれたら、フルートを吹いているときでも読書をしている時でも無く、あすかと一緒にいる時と答えてしまいそうな程に。
そこまでなら良かったんだ。あすかにいっぱい可愛がってもらって、一緒に笑って、いっぱい話して、私という人間の表も裏も見せて。あすかならきっとそれでも変わらず一緒に過ごしてくれる。それでよかったんだよね。なのに…。
私はなんて馬鹿なんだろう。
あたし読書好きでさ。殊に、高校生が読んだらいけないような本とか普通の関係じゃない恋愛小説とかもそれなりには読んでいて。
でもそれは自分が生きている道が、間違っていないって言って欲しいから。自分のさだめをありきたりなものにしたいから。常軌を逸した異質な存在から逃れたいから。だから読み漁ってるんだと思う。
多少過激でないと、それは満たされない訳だけど。
好きな作家のある本に出逢って、もしかしたら自分もそうなのかもしれない、って思い当たったことがある。

…それは“同性愛者”。
世間で言うホモセクシャル。
いや。普通に男も好きになるから、バイセクシャル…なのかな。
あたし、女も好きになるみたい。で、その対象になったのが…あすかなんだ。あたし、あすかが好きなんだ。友だちとして……それ以上に。友だちっていうんじゃ収まりきらないくらいに。
もしかしたらバイかもしれないし、レズビアンかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
でも。あすかを好きになってしまった事実は変わらないなぁ。
普通に友だちとして、好きだよ、って言うなら簡単なのに、私は今こぉんなに文字を使って、やっとのことでここまで辿り着いた…笑。
こんな気持ち、男にだって感じたこと無いくらい想いが溢れてきて、どうしたらいいかわかんなくて、自分がセクシャルマイノリティなのかもわかんないし、でも、あすかと今の関係を崩したくはなかったから、言うまいと思っていたのに。一体どうして言っちゃったんだろ。もう引き返せないよね。

ひとつ誤解しないで欲しいのは、今私がヘテロセクシャル“異性愛者”ではないってカミングアウトしたことと、あすかを好きだ、って告白したのとは、別のことなんだ。私は、たまたまカミングアウトしようと思った人が好きだと思った人と一致していただけなんだ。
…どうして女を好きになったのか聞かれても、答えられない。っていうより、私は女を好きになったんじゃなくて、あすかを好きになったの。気持ち悪いですか?気持ち悪いですよね。社会からも排除されることが多いですから。それが、マイノリティ(少数派)の運命なんです。嫌ってください。軽蔑してください。どんな風に思われても構わない…。
正直、自分自身でも戸惑っているんです。中学の時に、ある友人に対して、どうして彼女は私だけのものにならないんだろう…って思ったことがあります。でもそれはほんの一瞬だった。今はわかり合える友人で、高校生になってからも結構な頻度で会ってます…っていうとわかっちゃうかな。
でも、高校生になって、本当に、不思議な気持ちになった。今まで一度も感じたことのない感情、いっぱい遊びたいとか、もっと話したいとか、仲良くしたいとか、っていうのとは何かが違って、それだけじゃ足りなかった。
ずっと一緒にいたい。
あすかがいなきゃ死ぬ。
そう思った。1年の冬休みとか悲惨だった。会いたくて会いたくて、辛くて苦しかった。同じクラスじゃないなんて考えられなかった。けど、会いたいわけだから。死ぬわけにもいかず、今こうやって話してるんだよね。

2012.12.23
あすか、あたしに付き合ってる人がいる話、したよね。
あたし、結構、好きな人がいるとか、恋人がいるとか見破れるんだけど、あすかだけは全く気づけなかった。
まぁあすかは気づいて欲しくはなかったのかもしれないけど…。
その話、知らなきゃよかった。聞きたくなかった。でなければ、もっと早く言って欲しかった。私がどれだけ色の無い世界に放り込まれたか、あすかには想像できないかも知れませんね。
自分が女であることが疎ましくて憎くて苦しくて悔しくて。
なぜ私じゃだめなの?
ただ女であるだけで、既に勝ち目は無いんです。同性が好きだというだけで、世の中から差別される対象になるんです。男と女じゃなきゃだめだって一体誰が決めたんだよ。男同士女同士でもよいなら、あすかが誰かのものになる前に手を打つことができたのに。
あすかが好きだから、あすかを巻き込んじゃいけないって思ってたけど、それももう関係なくなってしまったから、今こうやって話しているわけですが。
何度も繰り返し考えたよ。あすかが私だけのものになったら、いつでも死ねるな、って。どれだけ素晴らしいんだろう。どれだけ幸せなんだろう、って。
叶わないって、最初からわかってた。だって、私が好きになったのは、女なんだから。ビアンの集まりでなければ、好きになった相手がビアンでしたーなんて、あり得るようであり得ないと思う。いつかは必ず諦めなきゃいけない日が来るってわかってた。
あすかにかまかけても、気付かれそうなほどのことを言っても、どうりで引っ掛からないわけだよ。
七海が、男が大丈夫なときと駄目なときがある。っていうことの最大の理由はこれ。最初からじゃないし、100%ってことでもないけど、少しずつ、男に恐怖を感じるようになってきています。
腕、背中、声、仕草…猛々しさを感じるものに、嫌悪や吐き気を覚えます。いつもじゃないし、誰にでもではないけど。
理解のある友だちに、23日に思ったことを、次の日にメールしたんです。そしたら、叱られちゃった。「自分が女だから女だからゆうのはやめなさい」って。女でなければ。男だったら。そう思わずにはいられなかった。
私だってわかってる。自分を一番差別している人間は自分自身だって。男だとか女だとか、二分するなよ。って思いながらも、男になりたいとかではないけど、女であることがネックになってる。それは、自分自身なんだって。でも、そうでも思わなきゃ、こうも社会から疎外された気分になって、自分が何者かわからなくて、やり場の無い哀しみを持て余してばかりで、一体どうしたらいいかわかんないんだ。女だとか男だとか考えるからいけないんだけど、どうしたって、私は女のままで、あすかは女のままで。ここに住んでいる限りはそれは社会に認めてもらえないことで。私が男だったらと、あり得ない望みを並べるしかできない。
きっと世の中には、たったそれだけのことで、同性を好きになるってだけで、差別したくなる人もいる。
そういうのは言わせておけばいいけど、そういうわけにもいかなかったりする。
否定的な人間の存在に怯えながら生活しなきゃならない点では、やっぱりマイノリティとマジョリティ(多数派)では違うんだと思う。
生きているのが嫌なことは以前からですが、ここまで生きる意義が無くなると、逆に死ぬ意味もわからなくなるんですね。

私はあすかに出逢ってから、あすかを知りたくて、私を知って欲しくて、人知れず色々悩みました。
あすかが、こうのななみ、あるいは、あらいななみ、という人間とこれ以上関わりたくないと言えば、きちんと受け入れる覚悟です。…と言いながらも実際は、最後の最後まで、あすかと一緒にいたいと思う気持ちは、消え去ってはくれないでしょうけど。
あすかが、もし、私という人間と、これからも関わっていけると言ってくれたら、それはもう嬉しい限りですが。

最後に。
私は、女を好きになって、日本という国では認められない存在となりました。でもそれは、昨日今日の話ではないし、ましてや、なりたいと思ってなったわけではなくて。マイノリティであるのも含めて私です。世の中には、なりたいと思ってなるものだと誤解する人も多いようですが。


私はただただ、あすかの気持ちを受け入れようと思うばかりです。
ごめんね…こんな人間で。