息子が産まれた翌日、口蓋裂の告知をされました。

授乳室では、みなおっぱいを口にふくませているのに、私だけ哺乳瓶で息子にあげなくてはならない

検診ごとにいちいち、口蓋裂ですと申告しなくてはならない

奇形という言葉に敏感になり、なんて嫌な言葉だろうと思ったり

首の座らないこどもを大学病院に連れていくことに複雑なきもちをいっぱい抱えたり

妊娠中の生活を振り返り、自分を責めたくなったり責めたり

こういったとき、不思議にも、涙は出ませんでした

生後1カ月のとき 尿路感染症で高熱を出し入院しました。
このときも、冷静で、涙は出ませんでした。

でも、この入院中に主治医から、血液中に大腸菌がいて髄膜炎の検査が必要だと言われたとき

さすがに、髄膜炎であったら、生命の危機もありうる状況でもあり、死ということが脳裏をかすめた私は

号泣しました

泣いて泣いて、別室の処置室で髄液検査をしている大泣きしているであろう息子を想像し泣いて、検査結果をまつ間、どうにか髄膜炎でないようにと祈り、わんわんと泣いて

生後1カ月で軌道にのった母乳は、ぱたりと出なくなりました

結果、髄膜炎ではなく、抗生剤ですぐに熱も下がりほかに疾患が見つかることもありませんでしたが、

主治医が部屋にくるまで、泣いていた私は疲れてしまい、ふとテレビをつけてみました

何をみたか覚えていませんが、意識がふっとうつって気が少し楽になることを感じました

不安で不安でココロがつぶれてしまいそうだったとき意外なものに救われた、この感覚が忘れられません

この経験は、今でも胸を締め付けます。

息子を毎日抱くたびに、熱がなくてありがたい、元気でありがたい、生きていてくれてありがたい、ただただそう思うのです

人生観の変わった出来事でした。
息子がからだでしたおしえてくれた。

だから、自慢の出来のいい息子だと、常々思うのです。