初めて泣きそうになる顔を見て、思わず一緒に泣きそうになった。

一生懸命、一言、一言、噛み締めながら言葉にしていくその姿はとても弱々しくて、でも決意に充ちていて、不思議な感覚だった。

話している時、手を握ってあげたかったけれど、それは違うと思って我慢して見守った。

最後に少し大袈裟にならないようにハグをした。

私が席を譲れば丸く収まるのに、そうしてあげられない自分が憎くかった。


大好きな人だから、今後が心配で仕方ない。


なんだか最近自分より周囲が上手くいってない人ばかりで変な不安定感がある。

学生時代はよかったなぁとしみじみ思う。

誰かが誰かを嫌いな理由なんて大した理由じゃないもの。

友達が友達を「女」として「人」として嫌うのを間近で見るのは悲しい。

だけど、そう思ってしまっても仕方ない境遇にいる彼女は、一概に悪いとも言えないのがヤヤコシイ。

出世。

退職。

結婚。

離婚。

妊娠。

出産。

流産。

堕胎。

死別。。。


今まで割と遠い距離にあったもの達が一気に身近に溢れて、幸せに満ちている(ように見える)者もいれば嘆く者・妬む者もいて、つい数年前まで同じようなラインにいた者達の距離が急速に遠ざかる。


ここでマイナスなエネルギーを「成長」というプラスのエネルギー・ステップに変換できる者とマイナスにとらえ続け落ちていく者に大きく別れるような気がする。

みんな大好きだから、苦しみながらもちゃんと乗り越えてほしいと思う。

そんな私は、「協調性に欠けすぎていて社会に馴染めない」だの「人間としてあるべき情が全くない」だの嫌われてる人ならまだしも、可愛がってくださってたとある社会的にお偉い人にその昔本気で指摘され、そんな超底辺な人間からのスタートなので、今日もノンキに頭空っぽでハムスターと戯れている幸せ者なのである( ̄・ω・ ̄)

結婚?めんどくさそーう、とかねw

年々物事に対して鈍感になっていくけれど、それはそれでいいと思ってる。


1こ1こムダに生真面目に関わっていたら、身体がいくつあっても足りないからだ。

考える暇がある位ならちゃっちゃか行動した方が楽だし後悔もしない。


最後に私の考える「幸せ」は大きくわけて2点。

①幸せも不幸も自分が決めている。

②死ぬ直前になんとなく幸せな事だったと思った事が幸せ。


幸せと感じる心と感謝の心は間違っても同一ではない。

だから、感謝の心は私にとっての最重要次項のトップであり常に必要な事だと思うけど幸せや不幸について考える事はまずない。

だって、「今」わかる事じゃないし考えて決めてみた所でなにか変わるわけじゃない。

要はクダラナイ。


感謝の心を忘れず日々を生きて、最後になんとなく思った事。

それが全てなのだから。


っていうナニサマ的でイミフメイな記事でした。

明日もお仕事行ってくるよ!

ハムハム達の餌代稼ぐためにねー( ̄・ω・ ̄)笑



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