Patrash Dash -13ページ目

Patrash Dash

心のための希望最終作戦、パトラッシュダッシュ。



分からない。

たまに生きることに対して疑問を持つ。
それは、唐突に些細な疑問から始まる。
今日もそう。




私は、血は完全韓国人だ。
お父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも韓国人。
生まれもソウル。


でも、2歳だか3歳の頃、親の仕事の関係で日本へ行き、
17歳の時まで日本で暮らした。
その間、2年ずつ2回ほど韓国に帰ったけど、
韓国語なんかへったくそだったし、「帰った」っていうより「尋ねた」感が強かった。


そして17歳の時、大学入試のため韓国に完全に帰国する。
それから今まで5年間ソウルに住んでるし、
韓国語も母国語レベルにまで上達したけど、
ここの生活に全然馴染めない。




言い出したらきりがないので、
今日疑問に思ったことだけを。記述。




始まりは、昨日今日と偶然ネットで目にした在日及び韓国嫌いのコメたち。
それは韓国も同じ状況だし
どこの国へ行っても、どっかの国が嫌いな団体は必ずいる。

でも私の状況が曖昧すぎて、
悲しくなる。

私は韓国人でありながら韓国人になれず、ましてや日本人ではさらさらない。
じゃあ私はどこの誰なんだ。




今日、寝ようと横たわってから一番大きく心に伝わって来たのが、
友人関係について。


私は韓国と日本をずっと行き来してたし、
日本で住んでた年月の方が長いって言っても、間に曖昧に韓国に戻ってるから、
一箇所で長く住んだ覚えがない。
一番長かったのが、東町小学校の頃の4年間。
それ以来は、今を抜いて、日本でも韓国でも2年以上同じ場所に住んだことはない。




つまり私は地元の友達とか、長い付き合いの友達とかがいない。


昔の友達ともずっと連絡はしてるけど、
国が違ったり地域が(関東と関西とか)違ったりすると、やっぱりどうしても遠くなる。
だから毎回新しい友人関係を作るようなもんだった。




今はソウルに定着(ではないけど一応)して5年目だから、
ある程度「長い付き合い」の友達はできたし、
韓国で知り合ったとても大事な友達もいる。

でも、かなり少ない。



仲良い友達と、更に大事な友達とは少し違う。
仲良い友達は、まあスケジュールの関係とかでよくつるむ友達。
より大事な友達は、志向とか考え方、哲学が合ったり、助言を求めた時により的確な助言をくれる友達。
的確っていうのは別に賢明なっていう意味ではない。例えば、パズルがあってそこに合うピースを探していたら、ピッタリ合うピーズをくれるってことじゃなくて、似たような形のものを探して勧めてくれるってこと。これが志向が合う人であって、これが合わない人は(つまりほとんどの人は)、ぜんぜん違うピースを通り越して、ぜんぜん違うパズルの話をするのだ。




こういうコミュニケーションの面であまりにもストレスを受ける。
今までも、少数の人と深く付き合う友人関係を好んでいたため、
小さなネットワーク内で不具合が生ずるとどうすればいいのか分からなくて頭を抱えてしまう。


今まわりにいる「仲良い友達(前者)」は、違うパズルの話をする側だ。
だから、話していて非生産的だなって感じることが多い。
友人との会話でそのようなことを感じてしまうということは、かなり深刻だと思う。
だって、友達とはなんの話をしても楽しくなきゃいけないでしょ。
道端で見かけた看板でも笑える仲が、友達だと思う。




つまり、安らげてないんだ。全然。
信頼してすべてを話してもうんうんそうか、ってちゃんとキャッチボールができる人が、片手で数えて余るくらい。


基本的に男性をあまり信じないし、一定距離以上仲良くならないようにする上に
昔から結局一人の人しか見てないから、好きになる人もみんな「その人代わり」のようになって、どこかでその人を探そうとしているから
彼氏などもいない。




でもだからって言って、私が日本でもアメリカでもどこかいけば、
このコミュニケーションの壁を無くせるのかって自分に問うと、

分からない。



だから、正直、
生きることに疑問を感じるレベルまで来てしまう。






これだから夜更かしはしたくないんだけどなー
余計なことをいっぱい考えちゃうから。
今日は夜更かしからの不眠だ。


明日食べるご飯がないとか、そういう肉体的な過酷じゃないけど、
生きることって過酷。

私ってなんでこう自分を一人にしようとするんだろう。




そろそろ学校行く準備しよ。一限目だし…