そんな複雑に考えなくていいと思う | Patrash Dash

Patrash Dash

心のための希望最終作戦、パトラッシュダッシュ。



がんばって韓国で名門の美大に入学して
4年間デザインを学んできた。
運良く色々とインターンシップとかの機会が入ってきて
私なりに努力してそこそこ経験も積んだ。


でも、私は何をやりたいの?
何になりたいの?


ずっと、「グラフィックデザイナーになりたい」って思ってた。
原研哉とかナガオカケンメイとか
Stefan SagmeisterとかSulki&Min(슬기와민)とか
Studio Dumbarの人達とか
そういうイケイケなグラフィックデザイナーになって、
人々の生活に些細なデザインでも影響を及ぼす
良いデザインをしていきたい、って思ってた。


でも、私が本当に欲しかったのは、
「グラフィックデザイナー」というロマンなんだ、きっと。
彼等の持っている光輝くその姿
それになりたかったんだ。


人々の生活に些細な部分から少しずつ
影が薄くても重要な影響を与えるデザイナーになりたい、
という気持ちは変わらない。

でもそれが必ず「グラフィックデザイン」という枠にはまる必要はないと思うんだ。
ナガオカケンメイさんを見てると、心からそう思う。
彼は、暮らしのデザイナー。人々の「心」を癒すための場を提供する、デザイナー。


グラフィックデザインを専攻しながら一番学んだことは、
グラフィックデザインはすごく大きな学業で、「結局なんでもあり」なんだっていうこと。
これは良い視点から見たら、かなりの利点になる。
つまりは、商売をしようがプランナーになろうが
先生になろうがセールスマンになろうが
十分に活かせる、ということ。


もうね、
「何に」なりたいのかとか、
将来の計画の詳細とか
そういう複雑で頭いたいことは考えないことにした。
どうせ人生はずっと変わっていくんだ。
自分の目標も、計画も。
でも、「目的」は変わってはいけない。
「どんな人生を送りたいのか」は、変わらない。
これがハッキリ分かっていれば、
諦めずずっとこの先を見つめていれば、
どんな困難も抜けられるし、どんな無茶をしても、絶対辿りつける。
無茶っていうのはずごく必要だと思うよ。







最近、色々と他の可能性も考えてるの。
「こういう道を選んだらどうなるのかな」って。
例えば、私がバイオリンをやめずにやっていたら。
今からでも、再スタートしたら。とか。
そうするとね、すごく勇気をもらえるの。
「もう遅い」とか言うのは、すごく早いと思うの。
今は、なんでもできる時期だと思う。
本当に、なんでもできる歳だよ。
だから、やりたいことは片っ端からやっていく。
何十年も後の私が後悔しないように。
基本私はやらない後悔より、やる反省派だからね!
行動したら後悔などありませんよ。後悔などはするものではありません。反省、はするべきだけど。





結構何週間も前に
◯ガオカケ◯メイさんのスタジオにメールを送った。
採用枠はありますか、って。
ずっとずっと、憧れてた人だから。
下ですっげーちびちびした仕事をすることになっても、
ずっと付いて行きたいから。


でも、欠員が出ない場合、採用はないらしい。
それに◯ガオカさんの本やブログを見る限り、欠員はかなりでない。
一度入社したら、できるだけずっと一緒にいてもらいたい、って言ってたから。


だからね、
募集していたカフェの方に行こうかなとも思ってる。
もちろん、卒展終わってバイトするつもりだったし、
だからこの際ビストロカフェで働いてみようかなって。
カフェでの仕事経験はあるけど、「料理」をする場所では働いたことなかったから。
まずそれがわからないまま「カフェに就職しよう」なんて言うのは、生意気極まりないと思うし。
もしそれで私によく合っていれば、
真剣に考えてみよう。


私は、「仕事」自体より、
「仕事場」や、その仕事場の「哲学・方針」、もしくは「プロデュースされる物」にもっと影響されやすい。
つまりその三つ(仕事場、哲学・方針、プロデュースされる物)の内一つでも魅了されれば、その仕事場は私にとって「一所懸命がんばりたい」場所になる。
「ここの一員になりたい」っていう気持ちが、いっちばん大事だと思うから。
「何に」なりたいか、よりも、ずっとずっと。