お祭りに合わせて花火が打ち上がり、暗くなった空一面に、色とりどりの花を咲かせていた。
 今年もやってきたこの季節…。
 彼と別れて何年経つかしら…。
 人混みから少し離れた土手で、1人で花火を見ていた。
“ドーン”
 花火が打ち上がるたびに、胸の奥に響く火薬が弾ける音…。
 その度に、子どもたちやカップルが歓声を上げる。
 本当は彼と一緒に見るはずだった花火…。
 一人で見る事になるなんて…。
 持っていたジュースが入ったカップにポタリポタリと涙がこぼれ落ちていく。

ーなんでケンカしちゃったのかしら…ー

 後悔ばかりが頭を駆け巡る。
 弾けて夜空に花を咲かせ、空に消えていく花火に彼の顔を重ねた。
 頬につ一っと涙が流れ、顎から雫となって着ていた浴衣に流れていく…。
『帰ろうかしら…』
 後ろを振り返り、土手を降りようと歩みを進めた。
 慣れない下駄で、少しずつ歩みを進める。
 汗で濡れた浴衣の裾が足にまとわりついて、うまく歩けない。
 背中まであるブロンドの長い髪をアップにしてかんざしを刺しておしゃれしたのに…。

『葵のバカ…』
 人混みの中で、聞こえるか聞こえないかくらいの声で彼への愚痴を吐き捨てた。
 舗装された道を進んでいき、車道へと繋がる坂へと差し掛かった時…
“ド……ン”
『きゃあ!ごめんなさい…』
 誰かとぶつかった…けど…暗くて…見えない…。
『あ…っわりぃ…大丈夫?』
 背の高さから…男性だということだけはわかる。
“トクン…トクン…”
 うるさいほどに鳴り響く心臓の鼓動…。
『だ…大丈夫よ』
『良かった。俺…急いでるから…』
 その男性は、胸元をうちわでパタパタとあおぎながら祭り会場へと去って行ってしまった。
“フワッ”
 すれ違った瞬間に香る香水の香り…。
 
『この香りは…』
 汗まじりの…甘くて…。
『あ…葵と…同じ香り…あ…あの…』
 彼が去っていった方を振り向いたけど、もうその男性の姿はない…。
『ふふっ同じ香水付けてる人…山ほどいるのに…どうして葵だなんて決めつけちゃったのかしら』
 車道へと繋がる坂を降りて歩みを進める。
“カラン コロン”
 祭り会場とは違い、閑静な住宅街に下駄の音が鳴り響いていた。

 お祭りも終盤に入り、祭りを楽しんだ人達が足早に通り過ぎていく。
 かすかに香る食べ物の匂い…。
 屋台など、あまり行ったことのない私にとっては強烈な匂いで…甘く切ない…。

 あれは…数年前のお祭りだったかしら…。

☆ ☆ ☆
“おい!千歳…焼き鳥買ってきたぞ!』
 彼といったお祭りで…。
『ふん!そんな低俗な食べ物いらないわ!お嬢様の私が!』
『なんでだよ!せっかくかつてきてやったのに〜素直じゃねぇな…ったくよ…』
『口が汚れちゃうじゃない』
 葵は、買ってきた焼き鳥を紙皿の上に置き、食べ終えた串で丁寧に肉を外して串先に刺して私へ差し出した。
『ほらよ!こうすりゃ食べるだろ?』
 その時の葵の誇らしげな顔…今でも忘れられない…。
『うん…』
 彼から串を受け取り、肉を頬張る…。
『どうだ?』
『おいしい…』
『だろ?これでビールでも飲めりゃ最高なのにな』
☆ ☆ ☆

 その後…彼の家へ行って…朝までお互いの体を求めて抱き合ったっけ…。
 彼の肩越しに見た星空が…脳裏に焼きついて離れない…。
『な…何思い出しちゃってんのかしら…暑いわ…』
 頬をうっすらと紅色に染める。

 パタパタとうちわを仰ぎ、風を顔に当てた。
 涼しい空気が風を包み込む。
 顔の火照りを押さえながら自らが理事長を務める新田舎の中学校の前を通り過ぎて、裏手にある自宅へと歩みを進めた。
 そこの角を曲がれば…家に…。

『おい!』

 突然後ろから声をかけられた…。
”ドッキーン“
 心臓の鼓動が一気に跳ね上がる…。
ーだ…誰なの?ー

 風に乗って香る香水の匂い…。

ーあ…っこれって…さっきの…ー

 私は、恐る恐る後ろを振り向いた。
『びっくりさせて…わりぃな…』
 そこに立っていたのは、葵本人だった。
『あ…あお…い。どうしてここに…』
『お前…俺が買った香水…付けてただろ?それで…さっき土手でぶつかったのお前だったんだな』
『な…なんのことかしら…?』
『おい!とぼけるなよ…』
『だって…あなた…遠くへ引っ越したはず…』
『先月…戻ってきたんだ…』
 そう…葵と…あの日…ケンカして…。

☆ ☆ ☆
『どうして見合いなんかするんだよ!』
『しょうがないでしょ?母の勧めで断れなかったんだから…』
『勝手にしろ!』
 当時私と葵は付き合っていたのに…母がどうしてもと持ってきた見合い話…。

 その相手というのが…私の嫌いな浅羽くんだった。
 イヤイヤ受けたお見合い…。
 根本的なところは変わらず、貧乏は嫌いで金持ちが好きだという。
『浅羽くん…私…』
『ハハハっ!まだ見合いも始まってないのに断るつもりじゃないだろうね』
『私…葵と…』
『なんだって?あの葵くんと結婚するつもりじゃ…ないよね?僕と結婚してくれ〜!』
 彼のウザさ100%は相変わらずで、結婚ギリギリまで断れなくなって…。
『浅羽くん?やっぱりやめない?』
『まさか…断るつもりじゃないよね?ドレスも式場もセッティングして…招待状も送ったのに…』
 そしてとうとう来てしまった結婚式当日。
 わぴこや北田くんも招待客に含まれていた。
 でも…葵だけ…名前が…。
 ドレスに着替え終えた直後、フィッティングルームにわぴこと北田くんが…。
『ちーちゃんおめでとう!ウエディングドレス…めっちゃキレイ!なんで大嫌いな浅羽くんと結婚するの?』
 わぴこが目を丸くして私の顔を覗き込む。
『私だって結婚なんかしたくないわよ!』
『断れなかった…っていうヤツですか?それにしてもお綺麗で…』
『北田くん!助けてよ!このままじゃ…私!』

 町の名医、北田医院を継いだ彼は毎日多忙な日々を送っていた。
『ダメですよ〜!こういうことはお互いの気持ちですから…僕は介入できません!』
『そ…そんなぁ…』
 突き放すような彼の言葉に、膝から崩れ落ちる私…。
『そういえば、葵ちゃん隣町に引っ越しちゃったよね…わぴこちーちゃんに伝えるのすっかり忘れてた』
『そうそう…確か…大都会に…』
『いつの話よ!』
『いつだっけ?………あーっ!思い出したぁ!ちーちゃんと別れた次の日だった…』
『どこに引っ越したのよ!』
『んとね…あっ!ちーちゃん!』
『藤ノ宮様!結婚式…始まってしまいます!お戻りください!』
 ウエディングプランナーの静止を振り切り、私はドレスのままチャペルを飛び出した。
 でも…チャペルの前で待ち構えていた彼の警備員数人に取り押さえられ…。
『遠くに行かないで…あ…おい…私を置いて…行かないでぇぇぇぇ…わぁぁぁぁぁ』
 私は、その場で泣き崩れた…。
☆ ☆ ☆

『…結局…結婚式は中止になったわ』
『でも…籍は入れたんだろ?もう浅羽の姓なんだろ?』
『籍は…入れなかったわ…入れたくなかったから…』 
『そ…そうか…』

 ホッとしたような彼の表情に…。
『な…なんであんたがホッとするのよ…』
と、私が悪態をついてしまった。