屋台の電気も完全に消えたお祭り会場…。
 最後まで残っていた客も、足早に帰り始める。
『俺たちも帰ろうぜ』
 さっきまで蒸し暑かった空気も、少しずつ冷たい空気へと変わり始めた。
『風が…冷たくなってきたわ…雨でも降りそう…』
『そうだな…』
 そっけなく返ってくる返事…。
 いつもなら…悪態をついて…
[そんな格好でいるからだろ?]
 なんて…言ってくるのに…。
“トクン…トクン…” 
 心臓の鼓動が早くなる…。
 何か…話さないと…暗闇に…飲み込まれそう…。

『ねぇ…手を繋いでも…いいかしら?』
 彼の手を掴んで…指をそっと絡ませた…。
 
『アハハ!秀のヤツバカだな〜』
『それでね〜?わぴこがね…?』

 彼と離れていた月日が長いぶんだけ、話したいことはたくさんあるわ。
 住宅街を歩きながら、たくさんお話ししたの。
『お前ん家ってこっちだったよな…』
 葵が、家の方向を指差して私の顔を覗き込む。
『ねぇ…葵…』
『なんだ?』
 私の歩みがピタリと止まった。
『帰りたくない…もっと葵と一緒にいたいの…』
 体を左右に揺らし、小さな子供のように駄々をこねてみせる。
『でも家政婦がうるさいだろ?お嬢様〜!って飛んでくるぞ?』
『そ…そうね…』
 彼のいう通り…家政婦さんが心配している…早く帰らなきゃ…。
『今度…久しぶりに…ゆっくり会わないか?』
『……え?』
 突然の彼の言葉に…心臓が…高鳴る。
『いいだろ?』
“トク…ン…トク…ン”
 これは…もしかして…デートのお誘いかしら?
『ええ…いいわ』
『なぁ…千歳…!』

『お嬢様〜!』
 彼が話し始めた途端に、帰りを心配した家政婦さんが迎えに来た。
 料理が苦手な私のために…いつも料理を作ってくれているの…とっても助かるわ。
『ごめんなさい…帰りが遅くなっちゃって…』
『心配しましたよ〜!ずっと待っていたのに…帰ってこないから…あ…あなたは…確か…葵くん…?』
 家政婦さんが、葵の顔を覗き込む。
『ああ…久しぶりだな!悦子!さっきこいつが帰りたくないって言うから…』
『悦子じゃなくて…幸子です!』
『悪りぃ…つい…悪ノリしちまった…』
 相変わらずなんだから…まったく…!
 でも…このやりとり…久しぶりすぎて…ずっと見ていたい…と思うのは…私だけかしら?

『俺…もう帰るわ…』
『もう帰っちゃうんですか?お茶でも…』
『あ…私…明日から…お仕事なのよね…』
『そうでした!お嬢様すみません…』
 新田舎の中学校の理事長として、休むわけにいかないわ…。
 生徒が夏休み中でも…私たちは仕事…。
『葵は…明日は朝早いんでしょ?』
 彼の顔を覗き込む私…。
『ああ…そうだな…そろそろ帰らないと…』
 
『…えらないで…』
『……え?』
『帰らないで…』
“ヒック…ヒック…”
 私は…大粒の涙を流して…泣いていた…。
『おいおい…お前らしくないぞ!早く帰って!って追い返さないのか?』
『追い返せるわけないじゃない…数年ぶりに再会したのに…』
“シトシト…シトシト…”
 霧雨のような弱い雨が、街全体に降り注ぐ。
『ハッ…クション!やべぇ…風邪ひきそうだぜ…』
『早く帰りましょう!葵くんも!』
 家政婦さんが、葵の手首を握って急いで自宅へと向かった。
『ちょっと!待ってよ!あぁん!もう!』
 雨に濡れた浴衣の裾が…足にまとわりついて動きづらい…。
『ったく!鈍臭いなぁ!』
『……っ!きゃあ!』
 葵が、私の手首を掴んでクイっとの胸の方へと引き寄せるから…勢いよく彼の胸元に飛び込む私…。
『タオルお持ちしました…お嬢様、葵くん、早くこれで拭いてください』
 先に家に戻った家政婦さんが、玄関先でタオルを渡してくれたわ。
 手渡されたタオルで濡れた髪の毛を拭く。
『霧雨だっていうのに、ずいぶん濡れたなぁ!』
『ったく!急に手首掴むことないじゃない…転びそうだったわ』
『仕方ないだろ?それに…浴衣が…肌に張り付いて…パン…』
“パン!”
 急に家政婦さんが手を叩いて、会話を止めた。
『お二人さん!そこまで!葵くんも!デリカシーないわよ!』
 その言葉に、自分の顔が真っ赤になる。
『あぁん!もう!着替えてくるわ!葵も早く帰って!明日の朝早いんだから!』
『はいはい!言われなくても帰るよ!じゃあな!風邪引くなよ!』
“バタン”
 バスルームの扉を閉め、鍵をかけた。

 こんなはずじゃなかったのに…こんな別れ方って…今までと同じじゃない…

 ポロポロと涙が頬を伝って流れ落ちる。

 葵…ごめんなさい…家まで送ってくれたのに…素直にありがとうって言えなくて…

【お嬢様〜?大丈夫ですか?】
 心配した私を家政婦さんが、扉の向こうから気遣って、声をかけてくれている。
『大丈夫よ!心配しないで!』
『そろそろ帰りますから、戸締りはしっかりしてくださいね!』
 家政婦さんが帰った後、タオルで涙を拭き、浴衣を脱ぐ。
 裸になり、バスルームへと入って頭からシャワーを浴びた。
“シャー”
『気持ちいいわ…』
 
 葵…傘を持って行ったかしら…
 もし…葵が風邪引いたら…
 ダメだわ…気になってしまう…

 シャンプーしている間も…ボディーソープで体を洗っている間も…考えてしまうのは…彼の事…

 浅羽くんには…一切触らせなかった私の身体…
 このまま…葵と…ベッドで…

“ドンドン!ドンドン”
【おい!千歳!開けろ!】
 バスルームの扉を叩く音と同時に聞こえる、彼の叫び声…。
『あ…葵?どうして!』
【いいから!開けろ!】
『ちょっと待ってよ!裸なんだから!』

 葵…帰ったんじゃないの?

 体を拭いて、タオルを体に巻き付ける。
“ガチャ…”
『何よ!シャワー浴びてたのに!』
 鍵を開けて、廊下に出ると、呆れたような顔で立ち尽くす彼の姿が…。
『ったく!無防備だなぁ!これじゃあ俺に襲ってくださいって言っているようなもんだぜ?』

 シャワー浴びている時に呼んだの…葵じゃないの!バカ…

『ごめんなさい…送ってくれて…ありがとう…おやすみなさい…』
“バタン…ガチャ…”
 再び扉を閉めて、鍵をかける私…。

 だって…私…パジャマも下着も…部屋に忘れてきた…。

恥ずかしい…!