小学生の時、走ることでは負け知らずの僕だった。
けど、4年生の時、転校してきたしんみにその座を奪われそうになりました。
長距離では私、短距離はしんみとしてお互い何気にライバル視してました。
そこから、スポーツをきっかけにお互い仲良くなっていきました。
小学校は、休み時間のサッカーと放課後のソフトボール。
中学校は、部活の野球と年数回の陸上の大会。
高校は、お互い同じ高校の陸上部に入ることを約束して、勉強も頑張りました。
高校入学後は、県大会に一緒に出るぞ、といった目標を持ちました。
そして、高校2年の時しんみはインターハイ予選で県大会まで進出。
私は、予選で敗退。
悔しくて、来年こそは約束は守ろうと頑張っていました。
予選から数週間。
6月8日の金曜日、珍しく学校を休んだしんみ。
たいしたことはないだろうと思っていたから、次の土曜日の練習には参加すると思っていた。
その通り。来た。元気に200m×5本やるって言ってた。
私は早めのペース走。
先に私が練習を終えて逆回りでダウンを開始しました。その2周目。
200m×4本目を終えてレストでジョッグしてたしんみとすれ違う直前。
ファイトと声をかけようとしたらあいつは倒れた。
本当、俺の目の前で。
倒れた瞬間、練習がきつくて冗談で寝転がったのかと思い、そんなしんみにしゃがんで笑いながら声をかけた。
頑張れ、あと一本。
でも、顔を見てすぐに先生を呼んだ。
呼吸が荒く、目は見開いていて、今まで見たことがなかった顔だったから。
そこからの時間は12年経った今でも思い出せる。
部員全員、野球部まで駆けつけてきた姿。
全員が、水をかけたり携帯で救急車をを呼んで助けようとしたこと。
救急車に乗せられていく光景。
電話で助からなかったと聞かされたときの絶望感。
しんみの家で横になっているあいつの姿を見たとき、信じられずに寝てるだけだと思ったこと。
だから、2日後の葬儀の日も不思議と涙は出ませんでした。
けど、葬儀の最後に棺が閉められる時、どうしても最後顔を見たくて走り出していた。
そこから棺を担いだ時、初めて現実を受け止めてしまった。
涙が止まらず、動けず、いや火葬場へは運びたくなくて。
けど、友人がお前が運ばなくてどうすんだよ、と言って持つ列に参加させてもらいました。
そこから12年。
僕は今でも走っています。
すべてが彼のためではないけど、県大会出場の約束も守れていないし、なにより走っているとあいつとの思い出が蘇るんです。楽しいこともつらいことも。
だから、これからもずっと走りながらあいつと生きたいと思います。