宝塚歌劇とジェンダー②宝塚の説明~何がジェンダー問題になりうるか?
で紹介したこれから宝塚歌劇において問題になりうるであろうひとつが結婚問題です。
宝塚歌劇の結婚問題を取り扱っている論文や書籍はなかなか見当たらなかったのですが、
中本千晶さんの著書では取り上げられていました。
【中本千晶 (2017) 鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡(ポプラ新書) p.79~】
『宝塚おとめ』という名鑑をみてみると、基本原則に「出演者は全員未婚の女性」とあります。(Takarazuka mook, 2022, p.9)
しかし結婚するなら退団という決まりは明文化されていません。
中本さんの著書でも(中本, 2017, p.79-80)
日本ではなぜかあまり取りざたされないのだが、海外公演ではマスコミに容赦なく突っ込まれるポイントだ。2013年に行われた台湾公演の制作発表記者会見でも、台湾の女性記者から、「結婚したら辞めないといけないのはおかしいのでは?」と斬り込まれ、小林公一理事長(当時)は、「スターが子どもを預けたりする姿を見るのは、やはり夢がないので....」と、答えていた。
とこの通り私もロンドンの大学院の教授からは一番に指摘が入りました。(詳しくは宝塚歌劇とジェンダー①に教授とのやり取りを書いています)
ではなぜ結婚=退団がおかしいのでしょうか?
まず単純に個人の自由である結婚が職業によって制限されるというのはおかしい、と考えられるのだと思います。
しかし私は大学院で学ぶまで宝塚歌劇というものはそういうものだ!と思い込んでいたのでおかしいとも思っていませんでした。
この点を掘り下げていくと、女性だけの劇団で結婚を機に退団するというのは
女性の社会活動制限と取られ、家父長制的(男性優位的)である
と言えてしまうのです。後ほど歴史と共に詳しく書いていきたいと思います。
ではそもそもなぜ宝塚歌劇では結婚したら退団なのでしょうか?
ここには
・ファンの嗜好(スターの新陳代謝を含む)
・創業者の小林一三が宝塚歌劇団は「花嫁学校」だと述べた
事が大きいと考えられます。
まずは
ファンの嗜好(スターの新陳代謝を含む)
について。
ファンはタカラジェンヌを現実世界から切り離された別次元の存在とみていると思います。
川崎氏(2005)やDenny氏(2014)が述べるように、生徒は「少女」という中性的で、性別を超えた存在なのです。
【参考:川崎 賢子. 2005 宝塚というユートピア. 岩波新書.
Denny, E. M. 2014. Songs of Love and Revolution: Performing Gender, Reforming Heterosexuality, and Escaping Domesticity in the Musicals of the Takarazuka Revue.】
以前に紹介した東園子さんの『宝塚・やおい、愛の読み替え―女性とポピュラーカルチャーの社会学』ではタカラジェンヌには四層構造があると述べています。
舞台上の「役名の存在」
レビュー等の「芸名の存在」
イベントやTakarazuka sky stage等での「愛称の存在」
非公開の「本名の存在」
生徒本人の恋愛・結婚はこの非公開の「本名の存在」にあたると考えられます。
このように私生活の非公開というのはその生徒の魅力にも繋がります。
秘密の割合が一定程度あると、その集団の魅力が高まることが分かっています。
【参考:清水一巳. 2011. スポーツ集団における 「秘密」 の位置づけに関する社会学的研究. 名古屋女子大学紀要 家政・自然編, 人文・社会編,p.308】
宝塚歌劇やアイドル等には、閉ざされた「禁断の園」という共通点があるとのことです(榊原,cited by東,2015,p.268)。
だからそもそもタカラジェンヌに対して結婚の様な視点を持ち込む事すら嫌悪感を示す方もいらっしゃると思います。
また、結婚による退団システムはスターの競争と交替の新陳代謝を促している部分もあると言われます。
利益率が向上するにも関わらず、宝塚歌劇が人気公演でもロングランを行わないのは運営の根幹のスターシステムのサイクルが停滞する可能性があるからです
【参考:森下 信雄., 2021. 宝塚歌劇団の経営学, p.52】
これらにより生徒が結婚する事によりスターシステムが壊れ、人気が落ちるリスクがあるため、退団する…となっています。
しかし、これらには
利益優先の企業的観点
が背景にある事は間違いなく、
営業成績を上げるために結婚するなと言われている事と相違ありません。
また、「男役10年」やトップスターは在団平均17年という状況で20~30代の結婚や出産の機会を長年奪う可能性もあります。
更に近年、「愛称の存在」が変化し、男役は普段からファンの夢を壊さないようにスカートを履きません。(東, 2015, p.103)
オフでも異性装をするようになり、男役は普段から男性性を求められ、ファンの夢を壊さないように、と未婚前提が維持されているのです。
男役と同じように男装するキャラクターのムーラン、「ベニスの商人」のポーシャ、少女漫画「リボンの騎士」のサファイア等も、男装での活躍は独身時代に限られ、結婚で女性の姿に戻ります。
佐伯氏によれば一過性のジェンダー解放、異性愛体制の確認は、父の娘、夫の妻という社会的立場の受容と一体となり、男性の権利やジェンダー・ヒエラルキーも回復され家父長制的とみられるとのことです(佐伯,2009,p.161)。
つまり結婚により異性装を解くという宝塚歌劇の現在のシステムは「家父長制的」とみられてしまうのです。
また、そのルールが明文化せず暗黙の了解で守られている、という点はパノプティコンと同じという指摘も出来ると思いました。
『パノプティコン』は大学院のファッション&カルチャーの授業でよく出てきたワードですが、
パノプティコンという形態の刑務所において、いつ監守されているか分からないと囚人は常にルールを守り、自発的に自己を規制するということが分かっています。
まさに現代はパノプティコンと同様、常に人目を気にして、
鏡の中の自分を意識して髪型を気にする、ダイエットをする…という事は私って囚人と同じなんだ…と気付きびっくりしました💦
サンドラ・バーキーによれば、
暗黙の了解で身振りを直すということは、特定の監視により「従順な身体」を作るパノプティコンと同様の行動であり、監視に関わらない行動修正は家父長制への服従の一形態だという事です。
【参考:Bartky, S. L., 2015. Femininity and Domination: Studies in the Phenomenology of Oppression. Oxford: Routledge., p.80】
いまのルールの守り方やシステムは海外からみるとどこをとっても家父長制的にみられるようです…
結婚問題は次の記事にも続きます
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