デザイン思考(Design Thinking)とは、ユーザーが抱えるニーズを起点にアイデアやプロダクト制作・効果検証などを行いながら課題解決に取り組む思考様式・プロセスを指します。ヒューマン・センタード・アプローチともいわれ、ユーザーの感情や意見を大事にする手法です。デザイナーやクリエイター以外の職種においてもデザイナーの思考法や作業プロセスを取り入れることでユーザー視点から本質的な課題を抽出し解決を目指します。

 日本では2017年に策定された「デジタル・ガバメント推進方針」以降、デザイン思考を行政サービス改革の基本思想として位置付けてきました。2018年には経済産業省と特許庁が共同でデザイン経営宣言を発表しており政府の注目度がうかがえます。

 デザイン思考で果敢に取り組む代表的な企業が「DG TAKANO」です。東大阪の町工場の三代目としてうまれた高野雅彰さんは親の跡を継ぐのではなく、核心的技術のみを引き継ぎ、新しい会社を発足させる「ベンチャー型事業承継」といわれる手法で事業を飛躍的に拡大させてグローバルに展開しています。

 世界的な水資源不足は2030年まで必要量の40%に達するといわれています。強い危機感を抱いた国連は2018年から「水の国際行動の10年(Water Action Decade)」をスタートさせ、水管理方法の転換を促しています。

 そんな中で節水率最大95%のノズル「Bubble 90」で世界の水問題に果敢な解決を挑んだのが高野さんです。高野さんの発想と思考は日本のモノづくりへの重要なヒントとなる「デザイン思考」です。誰かの真似ではなくオリジナルなものを作りたい、世界中を飛び回るような仕事をしたい、40歳までに一生分稼いで引退するという3つの目標を立てて起業しました。何かを開発するのなら世界で売れるものを作ろうと決意します。

 世界的な問題で根が深く解決できる人間が少ないほど大きなビジネスになると考えていくなかで水不足の問題にたどり着きました。世界中をみても節水関連の製品レベルは高くない。この中であれば一番になれると思い、取り組みました。

 節水しても洗浄力が落ちてしまえばその分時間がかかるので意味がありません。相反する問題を同時解決するには「水の出方」が重要だと考えます。蛇口をひねると水の塊が柱となって出てきます。最初の水は汚れに直接あたるのですが以降は水の膜の上を滑り落ちていることに気づきます。

 そこで「脈動流」というすべての水をマシンガンのように球で飛ばし最後の一滴まで汚れを直撃できるようにします。通常は専用のポンプを電気で動かさないと起こせなかったものを高野さんは小さなノズルの中で水圧だけで脈動流を作り出したのが画期的だと評価されます。

 サウジアラビアでは節水ビジネスで協業の覚書を交わしました。ホテル、複合施設、レストラン、モスクなど主要施設でDG TAKANO製品を試用する実証実験が行われています。さらに合弁会社を設立、追加の商業的取り決めに合意することでパートナーシップを継続する予定です。地元農業のニーズを満たすために水の保全と完全再利用のための新しい大規模プロジェクトに参加して技術協力も行います。

 イタリアで行われた最大のインテリア見本市「ミラノクローネ」では食器や流し台を展示しました。DG TAKANOは食器表面にナノレベルの加工を施して洗剤不要できれいに洗えるデモを行いました。洗剤アレルギーの見学者が感動して「あなたは天才よ」と言って高野さんに抱き着きます。流し台は節水率最大95%のノズル「Bubble 90」を使い、洗剤は不要なので使った水をリユースして野菜などの肥料に使える環境にやさしいソリューション展示をしました。現地のデザイナーが展示をみて感嘆の声をあげています。

 「Bubble 90」と水洗いだけで油汚れも細菌も落とせる食器「meliordesign」を組み合わせたら99%節水できます。水だけでということは洗剤も使わないから自分の手も荒れないし、海も汚さない。水不足の問題と海洋汚染の問題を同時解決できる可能性があります。まず、これを世界中に広めたい。日本を代表する製品になる可能性があると高野さんは展望を語っています。

 技術至上主義というものがあって技術者がモノを作っていると思い込んでいます。しかし、技術者は後半であってモノづくりの前半はデザイナーがデザインしないといけないという点が抜け落ちています。技術力があれば勝てると技術力を高めることが目的になってしまった。日本の技術神話・技術力過信が日本製品をダメにしたといっても過言ではありません。

 マーケティングの重要性は多くの企業が気づきましたが、デザイナーの重要性にももっと気づくべきです。デザイン・マーケティング・ブランディングといった日本人が今まで軽視してきたものにもっと力を入れるべきです。日本では何を新規事業にしたらいいかわからないという企業は多いと言われています。デザイナーを採用して会社として新規事業を考えるべきではないでしょうか。