バスと電車を乗り継いで、面接のホテルに着いたのは約束の時間の30分前だった


流石に早く着きすぎたと、フロントから姿が見られないようにホテルの裏から回って近くのコンビニでホットコーヒーを買った


店先でゆっくりコーヒーを飲む


ふーーー 深呼吸してコーヒーのフルーティーな香りが染み入る


コンビニのコーヒーってこんなに美味しいんだー

と、いつも感心する

システマチックなイメージが少しだけ寂しい気もするけどこの値段でこの味は凄すぎる

おしゃれな髭のマスターがゆっくりサイフォンで入れてくれるコーヒーが私のコーヒーイメージの最高峰だけど、そんな喫茶店に入った事はない

中国か何かの占いをしてくれるおばちゃんがいる喫茶店には、高校生の時に友人とよく通ったけど、コーヒーはたまに飲むくらいでいつもホットケーキを頼んでいた

バイト先のレンタルビデオ店兼本屋の近くにあったんだよねー

そんな30年前の記憶が急に思い出されるのも、面接前の緊張のせいかも


大丈夫、何も心配いらない

自己紹介も志望動機も自然に話せる

緊張しない

柔らかい笑顔

清潔感のある服装

おっと、靴を少し磨いておこう


コーヒーを飲みながら自己暗示をかける


飲み終わったコーヒーカップを店内のゴミ箱に捨ててから、ハンドクリームをティッシュに少しとるとパンプスを軽く磨く

金木犀のハンドクリームが優しく香る

パンプスピカピカ!

準備はOK


さあ!いざ面接!

時刻は5分前

ちょうどいいと判断して、フロントが見えるエントランスから覗いたら、スタッフは電話中ー!


一旦下がり空を見ながらしばらく待つ


それでは行きましょう!トライー!


と思ったらまだ電話中ー!


目が合わなかったとは思うけど、流石に2回もバックで帰って行く人がいたら不審者


一旦落ち着いて時刻を確認


約束の時間の1分前に電話が終わった


それでは行きます!


私は、エントランスから姿勢良く入り、手指消毒をしてフロントへ向かう


フロントには若い男の子が1人でいた


軽く会釈をして


私「こんにちは、面接のお約束をしておりました私と申します。」


フロント

「こんにちは、今支配人を呼んで参ります。そちらでおかけになってお待ちください。」


さらっと軽やかない対応に、少し緊張したがニコッと笑って椅子に腰掛けた


振り返ると背の高いキレイな女性がこちらを見ていた


ホームページで見た支配人の女性だった


支配人

「こんにちは、どうぞこちらの会議室に」


支配人はにこやかに笑う


私「こんにちは、私と申します。

 本日は貴重なお時間を頂きありがとうございます。」


少し緊張しながらも、私はそう言って会議室に入った


いよいよ面接開始だ!


奥のテーブル席に座るよう促されて、しばらく1人で待っていると支配人がメールしておいた私の履歴書を持って会議室に入ってきた


支配人

「こんにちはお電話で話した支配人です

今日はよろしくお願いします。」


私「こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」


そこから1時間30分一対一で質問に答えた

自己紹介も志望動機も何とか話の流れで半分くらいは話せたと思う


転勤はない事や勤務形態、休み方など詳しく説明してくれた


ものすごくいい感じ


ただ、今のバイトとのダブルワークはやっぱりダメだった


どうしよう


ダブルワークする気満々だったのに


でも、支配人の話を聞いていて、半年後、1年後ここでホテルマンとして働く自分の姿がはっきりと見えてしまった


スキルアップして、悪戦苦闘しながら仕事を楽しんでいる未来


洗車バイトをもう一年したとしても、今と変わらないスキルで、歳だけとった私がそこにいるだろう


多分楽しくは仕事をしていると思うけど…


どちらも続けたかったけど、どちらか選ばないといけないなら面白そうな方を選びたい私は、未経験のホテル業を迷わず選ぶ


まだ採用されてもいないのに、面接後駅まで道を歩きながら葛藤が一瞬でなくなった事に驚いた


さっきまでの私がいなくなっているような不思議な気持ちだ


もうホテルマンになった気持ちでいる


ルービックキューブの面が6面全部揃ったような瞬間だった


振り向くとさっきまで面接をしていたホテルが見える


きっとこの道を何年も歩く


目の前がサァっと明るくなり、街全体が祝福してくれている


乗り換える時に、時々縦浜駅で立ち寄るパン屋でアップルパイといちじくパンとホワイトチョコレートの食パンを買って帰った


アップルパイの香りが空いている電車内を漂う


本当にいい日になったとつくづく思った


もちろんまだ採用されていないんだけどね