昨日は、父の命日でした。
一年は、あっと言う前です🤭

でも私を含め娘達も、一周忌を済ませた安心感から、
命日を忘れてた。

ところが、おととい娘が外を見ると、裏のアパートの前に
誰か人がうつ伏せになり倒れてたらしく、急いで行って見ると最近、引っ越して来たのか見た事のない、60から70歳くらいの女性が倒れていて、声をかけたら、反応して起こして欲しいと言うので、二人ごかりで起こすと顔が擦りむけてるし、まともに立てない。
我が家に母の往診に来てた看護士さんを呼んで、指示を仰ぎ、とにかく家族を呼ぼうと訪ねても痴呆がある上に、介護用オムツもしてるし、会話も成り立たない。
看護士さんが、
「もしかしたら、うちの病院にこの方の息子さんが患者さんで居るかも知れないから」
と、電話で調べてもらったら、的中!
倒れたのが午前中と言うとかれこれ半日近く、寒空の下で倒れていたらしく、低体温で足も痛がるし、救急車を呼びました。後少し遅かったら大変な事になってたらしくて、
救急隊員の方が、お礼を言ってくれましたが、連絡を受けて職場から駆けつけた息子さんらしき男性は、知らん顔(ToT)

訳ありらしく、その息子さんの奥さんは息子さんが受験で、義母が居ると集中出来ないから、別に住んでいて、息子さんとお母さんだけ、アパートに引っ越して来たらしいが、痴呆症だと1人にしたら何があるか分からないし…。
最近、自分が痴呆や脳梗塞とか、家族に、こんな状況になったら…とか考えさせられます。

救急車を呼んだ時、孫がおじいちゃん迎えに来たの?
と言うので、そういえば一か月に一度は、救急車で運ばれてたなと思い出した時に命日が明日だ!と娘と私はすっかり忘れてたので、ある意味、驚きました。
孫は、保育園の担任の先生のお腹に何か居ると盛んに娘に話すから、聞いてみたら、保育園の先生達にも園児にも誰にも話してないのに、なんで分かったの?と驚いてたそうだけど、孫は見えないモノが見えるらしく、いきなり怖い怖いと泣きだしたり、娘が出産する前日、最初で最後、踊りだして聞いた事ない歌をひたすら歌ってて、あの時のうたを歌ってとお願いしても、分からない知らないと全く覚えてないらしいですが、他にも色々とあるので、偶然かもしれないけど、よく驚かされる今日この頃…。





皆さんの3年前は、今と変化はありましたか?

生活環境や、職場、人間関係、乗ってる車や
交通手段、住んでる街並み…。


ホントに、毎日のように情報番組の内容は、
様々な事件、SNSの普及、事故、有名人のデビュー引退、おめでたい話題や、悲報、異常気象、戦争、自然災害…この先、どうなってしまうのだろう。



今年は、まもなく平成から、新しい年号に変わると共に、消費税や法律などが変わり、時代もどう変化するのかな…。


誰もが願う 平和で争いのない世界。

それは人間誰もが持ち合わせる事が出来る、
優しさ、思いやりの心があれば、自分の他人への差別や偏見、身勝手な感情、暴力、エゴさえ無ければ、簡単に叶うことなのに…。

誰だって、幸せに暮らしたい。



失望や、絶望を、希望に変えたい。
悔いなく生きたい。


貴方は、もし明日の自分が未来の自分の試練が、
物凄くハードルが高く、痛く、つらく、厳しいモノだとしても自分と向き合って乗り越える事が出来ますか?他人と比べる事なく、どん底から這い上がる勇気を持つ事が出来ますか?
命懸けで、他人を助ける事が出来ますか?

運てモノは、人それぞれ全く違う。

池江選手が白血病?
まさかの事態に、あなたなら、どうしますか?
ブログを始めた頃からのアメンバーさんしか、知らない出来事。
私も20年ほど前に同じ病に苛まれました。
何の因果か、ドナーが私の知らない血縁関係がある、生みの親の親、知らない境遇に生かされて今の命があるのに、次から次へと更なる試練の波に飲まれ、ふと忘れてしまう事ばかり…。
私は命に恵まれているのに、なぜ孤独で虚しい気持ちに囚われてしまうのだろう…。

亡くなる命…。
そして新たなる命の誕生…。

ふと、四年前の椎間板ヘルニアの痛みが
マルクの治療の激痛よりはマシだということ。
娘や息子を出産した時の喜びが、
孫の誕生の喜びに変わる事…苦しみや痛みが
生かされてるからこその喜びに変わるということを、
ふと気づかされた出来事でした。






 

 















本日は、父の一周忌でした。



去年から娘に相談しながら
お寺や、食事会、招待する人、引き出物
ようやく決まりかけた時に、父の弟に
「うちの息子だって線香の一本あげたいと言ってるのに勝手に決めやがって!うちの息子を呼べば、姉さんの娘夫婦も呼ばなきゃマズイ」だの。

こっちは予算だってあるし、もう全て予約済みなのに、仕方ないから増やした。15人が26人。
でも、おじさんの息子なんて「その日は予定あるから急に言われても困る!そんな話、父から聞いてない!」なんてそんな事ばかり。
一週間前に、言われても迷惑だと思う。
断られた旨を叔父に話したら、「そうか!」だけだ。

とにかくヤジばかり飛び交う。
父の弟は6人も居て、なんで他人のように文句ばかりで助けてくれないのだろう…。







人を、もてなすと言う事は、
貴重な時間を割いて来て頂くからには少しでも美味しかった!とか、来て無駄じゃなかったと思って帰ってもらおうと必死になるのは、おかしい事なのかな…。


昨日、全て念入りに確認して、何も言わせないように、徹夜で挨拶文やら、お布施のタイミング、送迎するのに洗車までホントに、気づけば右手首はパンパンに腫れて、服が触るだけでも痛い。


自分の誕生日どころじゃなかった。

しかも今日は30年振りの中学の同窓会。
石和温泉で今頃、100人近く集まって懐かしい顔ぶれで盛り上がってるだろう。
私は同窓会があるなんて先週、近所の結婚式の時に、たまたま聞いた。
誰も何も言ってこない!
去年からの話らしいが、私は、おかしくなった設定らしく、あからさまに招待されないシンデレラみたいな扱いなので、この機会でしか山梨に帰って来ない幼なじみにどうしても逢いたくて、食事会を14時までに切り上げて、駅の近くで待ち合わせ20分ほど4人揃って話して、笑顔で同窓会に送りだした。
何故だか泣けてきた…。
「なんでそんなになっちゃったの?昔は朱みちゃんの周りには沢山人が居て、羨ましいくらいだったのに」なんて…。でも今日会った三人は誰も何も変わらないって言ってくれた。

先週はホントに胃潰瘍になるほど、色々あった日常の中での披露宴。
何故、私なのか花束を捧げる役なんて、
バツ2の私には、申し訳なくて萎縮した。







でも、ホントに幸せをあやかりたいラブ

現実は人に支えて貰える事が有難い。



母も自力で入浴出来ないので、週一で
訪問入浴させて頂いてる。感謝!
それにしても…
介護の生活が、これほどまでに、お金がかかるとは思わず、ますます長生きなんて、お金のことや、周りに迷惑かけたりなんて私は出来ないなんて考えたり…。


今年に入って、あまりにも、厳しい試練続きで、人間不信は更に悪化し、睡眠薬も他の薬も増えた。
快く受け入れ招待してくれる人は、宗教の介入や
誕生日割引10,000円が半額!みたいなDMばかり。


息子が娘に「おっさんがさ!(子供達の離婚した父親) なんで俺ばかり悪者な訳?お前だけには殴ったり怒鳴り散らしたりしてない!お前も俺のこと悪者だと洗脳されたんだろ?」と言ってきてさ、俺はおっさんの事は小さい頃だし覚えてないけど、どんな酷かったか、貧乏だから助けてと自分の娘が頭下げても、おっさんは一万円しか渡さなかった事とか知ってるから、おっさんが悪くないと自分を美化してるのは、おかしいと、言ったんだけどさ、つまり我が娘を虐待死させた事件と全く同じ事をおっさんは、してたよな?学校も教育委員会も警察も助けてくれなくて、怖い思いしたのも俺は覚えてる!あの事件見て、どう思うかと聞いたら俺は悪くないとまだ言ってる時点で、俺はもうあの人に何してもらおうとは思わない!と言って来たらしく、それをまた昨日、息子から聞いて殺意が湧いて、更に不快な気分で今日を迎えた。


ある意味、一生忘れる事はないだろう…。

昨日、頂いた娘家族からのケーキ🎂の甘い瞬間以外
どうでもよかった。


さて明日の早番に備えて
少しでも早く寝る事を考えよう。

命ある日々に感謝せねばドキドキ