私が中学2年生の時、
その存在は、一人っ子で、食事も部屋の前に
味噌汁、白米、卵焼き、お浸しが置かれ
家族で囲む食卓や、仲睦まじい家族、親子関係など
私にとって家族は怖くて何か云えば母と私は怒鳴られ
母には
「あなたはホントは別に若くて綺麗な母親がいる」
こればかりで、誕生日クリスマスなんてプレゼントも無く、ケーキも無く、いじめられる要因も、
年老いた、頑固で変わり者の両親の事が大半だった
母が43の時に埼玉の産みの母から私は
この山梨のこの家に貰われた。
両親が別々に食事から全ての生活が、夫婦では無く
憎しみあう醜い人間のいがみ合いの中
私は誰にも心の中を話す事、許す事は出来ず
だれかに愛されたい、なんで私だけを大事にしてくれないの?なんで利用するためだけに生を受け、
いまだに誰にも本音は吐けなくて、
結局、あの頃と何も変わってない。
まだ周りが誰も曲も知らない頃
私は生まれて初めて
心の中そっくりリスペクトされたレコードを手にして
毎日何度も繰り返し聴いて泣いた。
彼が亡くなり今日で二七回忌命日。
そして彼の死に顔は今は簡単に検索すると画像が見れるけど、当時フライデーだかフォーカスに掲載されたものを友達に見せてもらい、死ぬまで尾崎豊なんだなと思った。
尾崎豊のコンサートとか、とにかくキチガイのように尾崎豊が大好き過ぎた私に、尾崎豊を山梨に呼ぶための署名運動やアンケートを中学の校長や全校生徒に協力してもらう活動を同級生の男の子たちも手伝ってくれたり、のちにバンドやライブを共に活動する大切な仲間となる心友は、憎しみや孤独の果てに、次々と4人 先に逝ってしまったんだ。
あの頃は夢だった
夢のために生きてきたオレだけど
シェリーおまえの言うとおり
金か夢かわからない暮らしさ
転がり続けるオレの生きざまを
時には涙を堪えて支えてる
今夜、フジテレビで
坂上忍のシンソウ坂上 ある意味楽しみであり、
きっと 大泣き
する。ストロベリーナイトも今の私には
この手のドラマは怖いながらも考えさせられ、
生きている感覚を取り戻してる感が沸く。
渋谷の慰霊碑とか、実際に行ったり観たりした内容もあるみたいだ。
なんで死んでしまうのだろう
必要とされて、みんなから大切に思われ
なんでこの人が?って人間は、大抵早く旅立って欲しくないのに、目の前から消える。
あの渋谷の事故だって
もう何秒か違えばまた、別の誰かが犠牲になってたかもしれないのに。
死にたいと思う人も居るのに、まだ今からたくさんの幸せが始まる家族に、親子に酷い仕打ちされなきゃならないのだろう。
あの事故に遭い、救急隊が駆けつけた時、
女の子を抱きしめて守り、かばうかのように、
お母さんと女の子は、一つになっていた。
救急隊員の人は、あまりにも気の毒すぎて引き離す形を取れなかったという…。
この世の中
毎日のように、何も非がない子供たちや、自然災害や、テロで大切な命が突然失われる。
写真の中の笑顔は
声を発することも、何かを共にすることもなく
時間だけが、刻々と流れるのをいつかは自分も、
誰かに思いだしてもらえるのだろうか…。











