8年経ちました。


今思えば、がむしゃらだった。

大人の都合で、母子家庭になり、不自由させてはいけないと必死に、ここまで来たな…。

慌ただしさで忘れてた。

八年前
娘は小学三年生
まだ息子は保育園の年長さんだった。
私は頭がおかしいと、
回りにのの知られながら、強引に離婚と同時に、姓を旧姓に戻した。

そのせいで娘は、イジメに遭い不登校に…。
息子は父親になついていたので、捕られまいと必死な毎日。
町の保育園協会の会長をしていた最中の離婚。
誰もが離れていった。




娘と私へのDVは、離婚をきっかけに終止符を打ち、息子と娘と私、3人の絆を固くしていった。



父親が居なくても、母親がしっかりしていれば!

回りに理解されなくてもいい。








電気がついていれば
襲われる…。3人で固まり、闇の恐怖にも耐えてきた。
いつも電話には110番が繋がるようにして、今となると、精神的に今より苦しい状態でした。



仕事もラブホの清掃とか

人目につかない仕事して、
親の仕事場で職業体験してこいと言う課題とか、娘には余計にイジメを受けるきっかけばかりで一番可哀想な、つらい思いをさせた。
しなくていい苦労ばかり。




私にしか、なつかなかった娘は



私の手元から離れ、
新しい人生を歩もうとしてる。


いつまでも傍に居るものだと半ば依存してた私。


私みたいに失敗してほしくないから、幸せになって欲しいから、その願いも煙たい存在らしくて、息子も甘やかして育てた私の失敗で、仕事から帰宅して初めて二人を涙を流しながら叱りました。



いつか、必ず親の言ってた意味が分かる時がくるはず。

私も、経験して痛感したから

ある意味、今日は忘れない1日になりました。





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