私のお腹の中は赤ちゃんが育てるような環境では
本来なかったようである。
そんなお腹の中で確かに切迫流産になり、
動けない生活を1ヶ月近くしいてやっと安定期を迎えたけれど、
それでも安産で産まれた息子。
ちっちゃかった。
本当にちっちゃっかった。
それが私のお腹で育てる精一杯の大きさだったのかもしれません。
そんな中で今では本当にあのちっちゃかった息子とは信じられないくらいに、
大きく成長して真っ黒に日焼けして風邪を引いても絶対に部活だけは休まない、
そして心のとても豊かな子に育ってくれました。
私はお母さんになれるとは本当に思っていなかったので、
保育士をしていた頃、私はこういう場所で他人のお子さんを抱っこすることで
幸せを感じようと思っていました。
でも、ママが迎えに来た時の園児たちが満面の笑みで「ママ!」と駆けよって行く姿を見ては
やはり我が子をこの胸に抱きたいと切なく思っていました。
私が息子を授かった時、
私は26歳でした。
結婚が早かったのでなかなか子供が出来ずにいて、
これからもずっといないままで保育士をしていくのかなって思っていたのに、
ちょっと保育士として挫折してしまい、違う職種のアルバイトをし始めたその年が
私の26歳でした。
子供がいない職場、淋しい、
そんな気持ちが神様に届いたんでしょうか。
私は突然妊娠したのです。
だから、戸惑いました。
昔は子供を産むには良い年齢か遅いくらいかも知れませんが、
今では晩婚化や不妊が問題化していて26歳で子供を産むのは
時期尚早だったなんて気持ちさえ思えたりもします。
20代後半になったばかりの私はあまりにも未熟で母としては本当に幼すぎて、
まさに子供と一緒に母として成長したという感じです。
息子が成長した今、私も母として一歩成長したなぁと思えます。
そんな私ですが、息子を産んでからも働きながら子育てをしていて、
一番嬉しかったのはやはり今度は保育園でさようならするのではなく、
「ただいま」と我が子を迎えに行く立場になったことでした。
息子の嬉しそうな顔。
それが息子を産んで一番幸せと思える出来ごとでした。
私もお母さんになったんだと幸せでした。
今ではお母さんと呼ばれることに慣れてしまいましたが、
それでも時々立ち止まると思います。
「あぁ、私お母さんなんだな」って。
そう、そんな息子を育てた場所が病気の巣になって、
もしかして命の危険さえ伴いそうにさえなっているこの時にも、
「私、絶対生きなくちゃ」
そう思うんです。
だってお医者さんのこの言葉。
この子宮の状態で子供を産めたのは奇跡。
私はなんて運が良かったんだろう。
私の身体はボロボロなのに、
息子はそれでも私のことを選んで一生けん命産まれてきてくれたんです。
私は息子によって人生を明るくしてもらいました。
人生にとても後ろ向きだったのに、
どうしても母となってからは前向きにしかいられないんです。
息子のために一日でも長生きしなくちゃいけない。
でも、ほどほどにボケないで死にたいけれど。
だから、これからは少し自分の身体を大事にしなければ。
そう思います。
息子が奇跡だとしたら、
私はきっとこれからもずっと奇跡の人生なのだと思います。
大袈裟でもいいの。
それでいいんです。
桜 歩美