あまり自分について深くブログで綴るつもりはないのだが
少し綴ってみようかと思う。
一般的に普通の育児ブログなど、
私はあまり書くつもりもなく、
日常的な日記のブログも興味がなく、
ただ、自分がこうして生きてきたという記録としてブログは綴っている。
だけど、残念ながら、
今までの記録は消えてしまうことが多い。
いろいろを綴り過ぎると疲れて嫌になって削除してしまうことが多い。
誰とも関わらず、ただ綴っていたい。
そういうことがなかなか難しいのがソーシャルネットワーク型のブログであると痛感する。
まぁ、ブーシュカとか暇つぶしのゲームがあってそれだけで使っているだけである。
余談だったな(^^ゞ
何を綴ろうか。
そう、息子のこと。
今度中学に進学するにあたり、
壁にぶつかった。
それは息子がぶつかったのではなくて私がぶつかったということが
非常に難しい問題なのである。
そこには過去の自分のトラウマがあり、
そのトラウマを仲良しのママに話さなければ息子が中学に進学することについて
悩み過ぎていることが変な誤解を生んだりして嫌な雰囲気になったりしたからだ。
私が信頼しているママは一人だけで、
その方とはこれからも親しくしていたい気持ち、
いつも本音を語り合う仲でもあるが時折やはりもともとはママ友ということで、
距離感を保たないと喧嘩っぽくなってしまうことがあること、
いろいろ考えて自分についてどこまで話していいのかを迷うところであった。
が、
昨日は何故子供の意見や思いを聞かず私自身で息子の進路を決めてしまうのかについて、
メールでやんわりと返されたので、
少しずつ自分について話そうと思っていたことや、
過去についてをメールで語った。
わかってくれない人ではない。
かなり、励まされ、泣きそうだった。
過去は辛いと思うが所詮学校の建物などただの箱だよと言ってくれた。
過去のトラウマから中学へ行くことが私自身足のすくむ思いだったから、
そういうことを言ってくれたのである。
私は中学生で人生が終わったと思うようなことが起こってしまい、
でもそれでも私にはたった一つの心からの夢があり、
それに向かってそれだけは叶えてから死にたいと強く思って生きていた。
その夢とは、
自分の家族を持つこと
だった。
私は子供のころから自分より小さい子の面倒を見ることが好きだった。
小さな子と小学校の低学年の頃から遊んであげていた。
妹が5歳離れていたこともあると思う。
自分がお姉ちゃんで小さい子に頼られて自分は頼らないということが
特に苦痛になることはなく、
それが嬉しいことでもあった。
私にとって、
お父さんがいてお母さんがいて子供がいて、
そこに笑顔があって、ときどき旅行に行ったりして思い出を作る。
子供が何か辛いことにあったときにはお母さんに泣きつける。
そういうものがたぶんいつしかなくなっていたんだけど、
いつかまではそこにあって、
心地よかったのだと思う。
中学校でつまづいたことの大きな原因が恋愛であった・・ような気がするので、
好きな人に好きと言ってもらい、
そしてその人と結婚して子供が産まれて幸せになるということが、
もう願望とかではなく、築かねば気が済まないというような信念にさえなっていた。
そこまで達せないとこの傷ついた自分からは脱することが出来ないと思われた。
薬なんかで私は治ったのではないと思っている。
私はそのコンプレックスから脱することさえできればきっと立ち直れるはずと
思ってきた。
そして、結婚し子供が出来た。
私はやっと脱したと、
もうあの闇には戻らないで済むんだと簡単に思った。
でも、違った。
結婚して一生付き合っていくということについて、
そんなに簡単なことではないんだと思い知り、
だけど私には幸いなことに非常に固い心の持ち主が結婚相手だったため、
私が頑張れば離婚するということはない、
これは非常に恵まれていることである、
男性のほうがもしも同時にもうやっていけないと思ってしまえばそこで終わっていた、
私の付き合い方はそういうものであると思っているからだ。
そして、育児。
これは子供を産んでみて育ててみて、
初めてわかったが、
過去の自分を思い出すの連続なのだということだった。
子供は思うようには育たない。
自分の思うとおりにばかりは行動しないし、
気持ちも縛ることは出来ない。
子供には子供の心があって生きる権利があるから、
私とは別の一人の人間だからだ。
だけどそこに自分を重ねてしまうと、
たとえば私がつまづいた中学という年齢に達するとき、
思わず私は自分がつまづいた道は避けさせようと知らず知らずしてしまう。
でも、息子はそういう事は関係なく、自分の気持ちがあり、
そうかも知れなくても同じ方向を選びたい気持ちは私が勝手に制止することは
出来ないのだ。
もしも私がこっちにしなさいと強く言った先でも失敗してしまったとき、
私は息子の失敗の責任を取ることなど出来ないからである。
サポートは出来てもどうにもならない問題が起こったときに、
自分で選んだ道であれば仕方ないと思えることも、
親が勝手に勧めた道を歩かされたら仕方ないでは済まない、
どうしてくれるんだという気持ちになって乗り越えられないはずだ。
これはとても大切なことであると教えてくれたのはママ友さんの、
中学へ通うのはママではなくて息子くんなんだよの言葉であった。
そうなのだ。
私がそこに子供が通うことが不安だとか心配だとか、
そういう気持ちは一切子供には関係ないことだし余分なことなのだ。
先回りして避けて通るようなことを私は子供にしてしまうところだった。
それを止めてくれたママに感謝している。
そして、
自分の過去の出来事について、
トラウマについて、
今こうして母親としていることがどれほどの努力だったかを語るにつれ、
自分でも涙が自然と出てきた。
本当なら大好きな子供は3人くらい欲しかった。
健康なら仕事もバリバリして持家だってとっくにあっただろう。
そんなことを思ってしまうが、
私にはたった一人を育てることが精一杯、
でも仕事はバリバリには出来なくても何とか頑張れる、
そこまでになったらそれでいいと妥協の人生である。
ま、いろいろ綴ってみたけれど、
特に自分がどういうトラウマなのか、
何があったのかなどについては書くつもりもなく、
ただ今日の思いを綴ってしまっただけなので、
思わず読んでしまわれた方には申し訳ありませんと謝ります。
明日も良い一日でありますように。