らららクラシック

クリスマスソングに込めた

平和のメッセージ


この歌は今からおよそ200年前オーストリアの小さな村オーベルンドルフで生まれました。作詞したのはモールという若い神父。クリスマス・イブに村人たちへのプレゼントとして歌を披露したいと考え、当日になって急に、教会でオルガンを弾いてくれているグルーバーに、歌詞に曲をつけてほしいと依頼します。グルーバーは一緒にイブを盛り上げようと快く作曲を引き受け、その日の夜二人で村人の前で歌ったのが最初だと言われています。伴奏はグルーバーのギターでした。その後、この歌は、チロル地方のファミリー合唱団によってヨーロッパ各地で披露されアメリカにも伝わります。そして、賛美歌集にも収められ、宣教師たちによって世界中に広められたのです。


日本では3番までがよく知られる「きよしこの夜」ですが、もともとの歌詞は6節までありました。1995年オーストリアのザルツブルクで、この歌の作詞者モールの自筆譜が発見されます。そこから、この歌詞がそれまで定説だった1818年のクリスマスかその直前に書かれたのではなく、2年前の1816年に作詞されていたことが明かになります。この1816年という年は、ザルツブルク周辺が、長い戦争からようやく開放された年でした。「きよしこの夜」の研究者エヴィリン・ウィンクラーさんは、「モールは戦争で荒れ果てた村の状況を憂い、この歌に平和への祈りを込めた。そのことが一番伝わるのは、第四節の“人類はみな兄弟"という言葉だ。」といいます。 その後、第一次世界大戦の戦場でも、短いながらも休戦をもたらすきっかけを作るなど、「きよしこの夜」は平和のメッセージを訴えかける歌としても歴史を積み重ねていきます。ウィンクラーさんは、「現在もこの歌の平和へのメッセージは大きな意味を持っています。世界中でもっと、第四節を歌ってほしい。」と訴えます。



http://www.nhk.or.jp/lalala/archive.html


12月20日にNHK、Eテレで放送された♪らららクラシックを見た。


第一次世界大戦

1914年のクリスマスイブ


もみの木を持ったドイツ兵が「きよしこの夜」を歌いながら

ベルギーとドイツの国境線の塹壕から出てきた。

最初は戸惑った敵国のフランスやイギリスの兵士たちも

よく知るこのクリスマスソングを聞いて

共に歌い敵味方を超えた交流が始まった。

いわゆるクリスマス休戦

きよしこの夜の歌はほんのわずかな時間とはいえ

戦場に平和を取り戻した歌でもあった。



ウィンクラーさんは、


この曲がザルツブルク州出身の

二人によって書かれたことは誇りです

世界中で愛されているのも うれしい

願わくば

モールが平和への祈りを込めた第4節が

もっと歌われるようになってほしいですね


ゲストのスイス出身、春香クリスティーンさん

ぐっとくる話ですね

第4節に思いが込められて

静かで落ち着く、心が安らぐ曲になったんですね


もう一度、この曲の最初に持っていた意味を

考え直す時期に来ているのではと石田衣良さん




「きよしこの夜」

1番しか知らなかった

平和にはまだまだ程遠い国がある

平和への祈りを込めて

歌うかわりに

第4節をここに

記す





第4節


静かな夜 聖なる夜

今夜 父の愛の全ての力をそそいで

私たちすべてを兄弟として恵み深く

イエスは世界の民をだきしめる




“人類はみな兄弟"