政宗様は徐々に祈蝶様にお心を開き始め、家臣たちの間では仲睦まじい御夫婦としてお噂になり奥州の国は和やかな刻が流れておりました


この日、祈蝶様は御義父上であらせられる輝宗様に呼ばれ書斎におりました

「政宗も学問にも励む様になってきておる。昔の様になんとのう明るくなってきておるのも、そなたのおかげじゃ。礼を申す」嬉しそうに笑いながらそう仰る輝宗様

「礼など大変勿体無きお言葉にございます。わたくしは皆共に穏やかにお過ごしになられている事が心より嬉しいのでございます」

「相変わらず遠慮深いのう。いずれは一国一城の主が正室になるのじゃから、もっと欲も出しても良いものを。まっこと、祈蝶は母御に似ておるのぉ」

益々と嬉しそうに微笑み笑いながら、そう仰ったのでございました



輝宗様との謁見を終えた後、祈蝶様は小城にお戻りになり、美しい小庭園がある縁側で傍らには猫のすずがお昼寝をする中、桜牙を撫でながらお心安らかな刻を過ごしておいででした


「祈蝶、祈蝶はおるか」

政宗様が探し呼んでおられましたので

「ここにおりまする」と立ち上がり、政宗様は祈蝶様のもとに行かれました

政宗様の斜め後ろには、一人の殿方がおりました

「!!…祈蝶、なんじゃ、その大きい猫の様な生き物は」

「これは虎でこざいます。白き虎はとても珍しいものにございますが、この桜牙はまた特別でございます。額に三日月の様な模様がありますのと、賢くどう猛ではございません。ご安心くださいませ」


安心と言われても虎は虎ではないか、と政宗様は内心思われましたが大きくはあるもののグルグルと祈蝶様に猫の様に懐く桜牙を見て半信半疑ではありましたが、祈蝶様の言葉に納得されたのでございます


桜牙に気を取られている政宗様に

「その御方はどなたでございますか」

「あ…ああ、これはわしの側近の片倉小十郎。顔を合わすは初めてであったな」

「お方様には初めて御目通りになります、殿の御側役を任ぜられておりまする片倉小十郎と申す者でございます。以後、御見知り置きを何卒宜しくつかまつりまする。某は小十郎とお呼び下さいませ」

「そう硬くならずとも宜しゅうございます。わたくしこそ宜しくお頼み申します、小十郎」

祈蝶様がそう言い微笑むと、小十郎の緊張も少し解けた様でございました


小十郎が祈蝶様に挨拶をしている間も、桜牙に釘付けとなっている政宗様でございました

漆黒の髪によってより明るく映し出された祈蝶様のお顔は―


右目は薄茶ががった瞳の色に対し

左目は透き通る様な緑色の瞳になっていたのでございます


「!!」

「御覧になってしまわれましたね…。さぞ気味が悪うござりましょう…わたくしはお部屋に戻らせて頂きまする」

か細い声でうつむき歩き始める祈蝶様


暫く動けずに立ち尽くしておられた政宗様でしたが、慌てて祈蝶様の後を追って行かれました

「今宵、わしはそなたの所に泊まる」

そのお言葉に驚かれた祈蝶さまは少しの沈黙の後

「ですが…」

「一度決めた事は曲げぬ」

と仰り、それから沈黙のまま祈蝶様のお屋敷まで着いたのでございます



~祈蝶様のお部屋~


「なぜ隠しておった」

「知られてはならぬ事にございますゆえ…気味悪う思われますのは避けたかったのです…」

「驚いたが珍しく、美しいではないか」

笑いながら仰る政宗様のお言葉に祈蝶様は涙を流したのです

「…有り難きお言葉にごさいまする」


「政宗様にもわたくしのわたくし共のまことをお話致します。本当は御城主様になられた折にお話を致そうと思っていたのでごさいますが…」

「共?」

「はい。御覧になられた方が分かりましょう。…琥珀、翡翠、瑪瑙、ここへ」

どこからか姿を現した三人に祈蝶様は

「頭巾を取り、政宗様の御前へ」

「御意」三人は答えると頭巾を取り並んで座りました

「この者たちは月影忍衆にての南蛮の血が流るる者にございます」

政宗様は言葉を失っているご様子にございました

「この三名の中でも琥珀は血を強く受け継いでおります」

ここでやっと政宗様が

「そなたもか」

「いいえ。わたくしは月影の巫女の血を強く受け継ぎましたからにございます」

「巫女?!」

「はい。月影は古よりの代々巫女の家系でございます。政宗様、傷のあったお手を御覧下さいませ」

政宗様はご自分の手をまじまじと見たのです

祈蝶様は戸惑っている三人に「戻ってよい」と微笑みかけ、また何処へなくさっと消えていきました

「傷が消えておる。これはそなたの巫女の力とやらか」

「そうでございます」

「なんと…不思議な」

「気味が悪うございますか」

「その様な事、思っておらぬ」

「では、いかがお思いでございますか」

「分からぬ。じゃが…」

そう仰ると姫を抱き締め夜具へと落ちていったのでございます

こうして祈蝶様は政宗様の御正室になったのでございます


母君であらせられる義姫様は、祈蝶様を御次男の正室にとお考えになっておりましたが殿の仰せに逆らうなど出来ませんでした


月影の姫様たちで正室や側室になった方々はおりますが、近年では稀な事でございました



母君から疎まれ自室に籠りがちな政宗様でごさいましたが、父君・輝宗様は誰よりも早く政宗様の才を見出し、様々な学問を学ばせていたのでございます



自室に戻った政宗様を祈蝶様は訪れました

「祈蝶にございます。入っても宜しゅうございますか」

「構わぬ」とお答えがあったので、姫は静かにお部屋に入りました


外を眺めている政宗様に祈蝶様は

「今宵は月が綺麗でございますね」と一言だけ言いました

沈黙の後

「そちはわしが醜くはないのか」

「なぜでございますか」

「この右目じゃ!気味が悪いとは思わぬのか!」

声を荒げ立ち上がった政宗様に姫は静かに微笑み政宗様と目を合わせ

「思いませぬ」

「まことは醜いわしの正室などなりなくはなかったのであろう!そなたは美しいからのう!」

「わたくしは貴方様のすぐ近くに置いて頂けて、この上なく幸せでございます」

柔らかい物言いに苛立ち政宗様は

「戯言はもうよい!」

「ではわたくしも醜くなりまする」

そう言うと短刀を取り左目を突こうとした時―政宗様が短刀を取り上げ

「やめぬか!わしはその様な事、望んではおらぬ!」

涙をこらえ、短刀を取り上げた手の平からは血が滲んでおりました


「すみませぬ…」

「よい」

「政宗様、祈蝶は何も見ておりませぬ」

姫がそう言うと、政宗様は力が抜けた様に座り込み涙を流しました

「血が…」

そっと政宗様の正面に姫が座り、手の平が切れた右手を静かに御自分の手で包んだのです

幼子の様に政宗様は祈蝶様の胸で泣いたのでした



落ち着きを取り戻した政宗様に、祈蝶様は安心され御自分のお部屋へと戻られようと中庭を歩き出したその時でございます

後ろから「待たぬか、祈蝶!」と、政宗様が呼び止めたのです

そのまま振り返らず行くてを見たまま「なんでございますか」と姫はお答えになりました

「今宵はそなたの所で泊まる」

「嬉しゅうございます。では寝所にてお待ちしております」

姫は振り返らぬままそう答え、軽く頭を下げ歩き出したのでございます

なぜに振り返らぬのか不思議に、そして何とも言えぬ不安を感じた政宗様は小走りで姫のもとまで行き、手を掴んだのです

「お手を…お手をお離し下さりませ」

何か急いている様子で、着物の袖で必死に左側のお顔を隠そうとする姫

「いががした」

「大事ありませぬ…御心配には及びませぬ…どうかお手を…」

益々不思議に不振にそして御心配に思った政宗様は、祈蝶様の必死で隠そうとする手を掴んでよけようとしても、政宗様のお力に敵うはずもなく姫様の左側のお顔が見えたのです

その時、政宗様が見たものは―

入城して半月が過ぎた頃―輝宗様は表向きであった姫の『人質』と言う身を『伊達家お預け』と改めたのでございます


驚いた祈蝶姫は輝宗様に理由を尋ねられました

すると輝宗様は 「低い身でなければ入城は出来ぬと、そなたの母御に言われてしもうてな。じゃが入城で我らの元におるのだから人質である必要はなかろう」と笑ってお答えになったのです


姫は母上らしい配慮だと思ったのでごさいました


更に驚く事が起きたのは、この日より一月後 入城より二月半後の冬のこと―

かねてからお話があった政宗様の正室にとの輝宗様からのお召し

姫は「ありがたき事でございますが…御正室にはわたくしなどには勿体無き事ゆえ、出来かねましてございます」とお断りをしておりましたが、輝宗様は「政宗にはそなたが相応しく必要なのじゃ…ことに今の政宗には、そなたが必要なのじゃ。どうか断ってくれるな…」と頭を下げられてしまい

一国の御城主様にそこまでさせてしまわれ断っては、輝宗様の面子が丸潰れになってしまう…

そうお考えになり、母・琴葉との文のやり取りもあり―御正室になったのでございます



この頃の政宗様は、疱瘡を患い右目を失ってしまわれお心を閉ざされてしまっていた時だったのでございます

入城の日が近付き、祈蝶様の共の者が選ばれました


影御一族より

侍従  成義(ナリヨシ)、清長(キヨナガ)、光時(ミツトキ)、康道(ヤスミチ)、信純(ノブズミ)

侍女  もみじ、ほたる、かえで


そして忍衆  あおい、るり、くれは、あやめ、琥珀(コハク)、翡翠(ヒスイ)、瑪瑙(メノウ)


姫様の愛馬、白い馬の蓮華(レンゲ)

姫様が幼き時より可愛がってこられた、三毛猫のすず、珍しい白の虎の桜牙(オウガ)



献上の品々を持ち月影の里をご出立したのでございます



入城の旅路の途中に、伊賀・甲賀をはじめとした数多の忍者衆たちと戦をせぬ和睦を結んだのでございます

月影忍者衆の実力を知る者たちは和睦を受け入れたのでございます



三月半の旅の後、秋も終わろうとする頃に入城したのです


城主の輝宗様、御正室の義姫様、御嫡男の政宗様などの方々に御挨拶と、月影よりの品々を御献上したのでございます


輝宗様は祈蝶姫に小城をお与えになったでございます