


ブログネタ:
元恋人と仲良い? 参加中
元彼とは音信不通です。
っていうか、音信不通にされました。
もう10年になりますか。ちょうど10年です。
10年前、ちょうど今の仕事に転職して、音信不通になって、
その1年もたたないうちに彼は結婚したことを知って、そのあと
仕事と恋愛の両方で不協和音を奏ですぎて、心を病んでましたね、数年間。
27歳、っていう年齢は一般的に若くて元気な年齢ですが、
私の中では真っ暗で、もうあまり記憶もありません。
無の一年、だったのかな。
とにかく20代後半の数年間は苦しかったですね。
よくあの状態で仕事行ってたと思います。お医者さんと薬に支えられながら。
そして、友達にも親にも支えられていたと思います。
いろんな形で。
最終的に病的状態から脱出する大きな力をくれたのは夫との出会いだったと思います。
先日、学部時代の研究室の教授の退官記念講演会と退官記念祝賀会があったので
久しぶりに京都の母校に行ってきました。
とはいっても、案内状の返信には、祝賀会は不参加で返信したのですが・・・・。
私は大学院で他大学に進学したため、学部の研究室には1年間しかいませんでした。
卒業以来訪れていないし、いかんせん学生の多い大学だったので、もしかしたら
先生は私のことを忘れているかもしれない、とか、当時一緒に在籍していた先輩や
同級生は何人くるのだろうかと思ったり、学部で出て行った自分が出席しても
いいものなのだろうか、とか、祝賀会に最後までいたら当日中に名古屋まで戻って
来られなくなるのでまずいなあ、とか・・・。
尻込みすることばかりが脳裏をよぎったので、不参加にしたものの、当日が近づくにつれ
祝賀会にも参加したいなあという気持ちが少し頭をもたげていました。
そして当日。
講演会会場で自分と同期の2人、そして当時M1の先輩2人、M2の先輩1人、そして
D1の先輩にお会いしました。
みんな変わってなくてびっくり。そのまま年を重ねた感じ、でした。
同期のうち一人は、同じ大学院に進学したので、院の卒業式以来でしたが、
ほかの方々とは大学卒業以来。
講演と講演の合間の時間で話したのですが、本当に懐かしかったです。
そして、その時、先生にも簡単にご挨拶する機会に恵まれました。
先生も名前は思い出せないみたいでしたが、覚えていてくださっていたみたいでした。
先生の講演は、今までの自分の歴史(生い立ち及び研究)がメインで、
初めて聞く内容ばかりでしたし、逆に、22歳の時の私ではなく、36歳の私だから
こそ理解できた内容もあったのではないかと思いました。
もっともっとみんなと話したかったです。
どうして小さなことで尻込みしたのか。
確かに最後までいたら名古屋には当日中に帰ってこれなくなりますが、
夫は、行きたいなら子どもの面倒はみてるから泊まってきてもいいって
言ってくれてたし、中座という形をとれば1時間はいられたと思います。
中座してもいいか、主催者に確認してOKならそうすればよかった・・・・。
おそらく、もう二度とこんな機会はないと思います。
最初で最後の機会だったかも。
せっかく京都まで行ったのだから、ほんの少しの勇気をもって参加すればよかった。
変な所で遠慮してしまいました。
先生も覚えてくださっていたのに・・・。
そして、もう一つの後悔(?)。
研究室のHPを見たところ、先日の祝賀会の記念撮影の写真が掲載されていたのですが、
その中に、講演会には来ていなかったはずの同期らしき姿が数名いました。
集合写真が小さく、しかも画像が粗いので拡大しても顔ははっきりとはわかりませんでしたが、
少なくとも私がこの人たちは同期じゃないか、と思った3人のうちの一人が、
私がずっと忘れることのできなかった、懐かしい人のような気がしてなりません。
(後の二人は、研究室の同期の女の子じゃないか、と思います)
当日お会いしたM2の先輩はメアドも携帯の番号も知っているので彼に聞くのが一番早いのかも
しれませんが、その先輩は私とその懐かしい人との事情をいろいろ知っているし、
またそれに絡んで一時期ごたごたしたことがあったので聞きたくても聞けません。
(先輩もとうの昔に既婚者なのでそんな昔のこと気にしてないかもしれませんが・・・)
まあ、たとえ仮にその懐かしい人が来ていたとしても、
今となってはどうしようもないので敢えて知る必要はないのかもしれませんが、
もし来ていたのだとしたら、やっぱり行っておけばよかった、
という後悔が強くなるのでしょうか・・・・。
ただ、先日みんなに会ったときに私はこう思いました。
今となっては幻だったかもしれないと思いたくなるような昔のことを、
あの当時を知っている人に何人も会えた。
みんな、15年ほど経ってもちゃんと覚えていた。
そして、そんなに変わってない。
彼とかかわりを持っていた人たちと今会えたなら、そして、彼らが私のことを
ちゃんと覚えていてくれたのなら、あの人が私を忘れることなどできるはずがない。
なかったことになんて、すべてがなかったことになんてなっているはずがない。
彼の記憶のどこかに、必ず残っているはずだ。
たとえ二度とその箱を開けることがなかったとしても、
私とかかわった思い出の箱自体は記憶の中に確かに存在しているに違いない。
そして、彼はきっと、あのころのまま、年を重ねている。
きっと元気で暮らしてる。
そう確信できた。
もしも当日会えたとして、いったい私はどんなことを話せたのか。
多分自分からは何も言えなかったかもしれない。
同じ会場にいるのに話せない、その方がつらいかもしれない。
私もようやく彼のことを自分の記憶の中で箱詰めできたのだ。
会えたら会えたでよかったが、会えなかったからといって残念がる必要もない。
私があのころ信じていたものは、確かに存在していた。
それが確信できただけで十分だ。
・・・・とはいいつつ、当日の写真集を閲覧するためのパスワードを
教えてもらえるよう、実行委員の方に依頼メールを送った私。
明日その方が出勤されたら、可否のメールをきっとくださるはずだ。
どちらの返信だとしても、それはそれで受け入れて、終わりにしよう。
おもわず、イエモンの「So Young」をYoutubeで聞いちゃった(笑)
誰にでもある青春
いつか忘れて 記憶の中で死んでしまっても
あの日僕らが信じたもの
それは幻じゃない ない ない
SO YOUNG!
追記(2014.6.9.9:00 wrote):
先ほど、実行委員の方から返信があり、パスワードを教えていただけました。
早速閲覧。
懐かしい人は来ていなかったみたいですが、同期の女の子一人は正解でした。
彼女もメアドや年賀状やり取りしている間柄だったので、事前に出席を聞けば
よかった・・・・。そしたら、会えたのに。残念すぎる・・・。
あと、もう一人M2の先輩も来てました。赤ちゃん連れでした。
うちの子と同じ年、かな。
やっぱり私も参加すればよかった、と後悔。
6年後開催されるであろう大学院の時の先生の退官記念講演会及び祝賀会には
絶対に参加するぞ!ええ、九州ですから泊まりで行きます。
先生には年賀状は送っているものの卒業以来一度もお会いしていませんし、
在学中、並々ならぬ恩義もありますから、ぜひ出席させていただきます。
もちろん、同期とも連絡とって。。
前回、研究室10周年のときのパーティには予定が合わず不参加だったので、
今度こそ絶対に。