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♡ おんり~ゆんぎ ♡

防弾少年団(BTS) しゅがこと、みんゆんぎ 応援ぶろぐ♩ミ




たくさんの人が僕の休暇について気にしている。簡単に言えばたくさん歩いてたくさん寝てたくさん考えた。
ミクテを作業する前に考えを整理したくて旅行に行きたかった。絶対に行かなければならない場所もあった。
24歳防弾少年団シュガではなく、24歳ミンユンギとして出来ることをしたかった。

自分を見直す時間だった。

今からする話は、歌手とファン
バンタンとアーミーではなく
人対人として話したくて始める話だ。


僕はいつもたくさんの人たちにとってクールな人間でいたかった。どんな状況でも合理的な考えで、理性的な判断をするような。

感情を露わにすることは誰かに負けることだと考えて生きてきた。そうだ僕は僕のお父さんのように生きたかったんだと思う。

お父さんは、嬉しいことがあるほど周囲を見ろと言った。嬉しいときほど冷静で理性的に判断をしなければならないと。


I NEED Uで初めて1位をとった日。僕は周囲を見渡していた。

僕はいつも嬉しくても嬉しくないフリ、悲しくても悲しくないフリ、強いフリ冷静なフリ。いつも'フリ'をして生きてきた。

喜びは分け合えば倍になると言うけど、悲しみは分け合っても減るわけじゃないと考えていた。感情表現が上手くない人間だと分かってはいたけど、僕はそうやって生きてきた。それが正しいと思っていたみたいだ。


いつだったかも思い出せないいつかの日。お父さんと2人で車に乗っていた。お父さんが言った。
「ユンギ、お前はお父さんのようには生きるんじゃない」本当に多くの意味が込められた言葉だった。


休暇の初日。生まれて初めて'家族'と一緒にお酒を飲んだ。
実家を離れて暮らして6年。ああだこうだと話をしながら今まで聞いたことのない話も聞きながら

あんなに強くて冷静だと思っていたお父さんも人間なのだと感じた。苦しむことも知っていて悲しむことも知っていて喜ぶことも知っていて、愛することも知っている…


練習室に作った1.5坪の僕の作業室は、僕にとって広い草原であり、狭い監獄だった。
何でもできると同時に、何もできなかった。何も考えず20時間音楽の作業をすることもあったし、何もしないまま座って20時間考えるだけのときもある。

初めて歌詞を書き始めたのは13歳。
良い音楽を聞くと、どうしようもなくときめいて何よりも幸せだった。
音楽は僕にとって希望であり喜びだった。
僕も誰かの希望と喜びになりたかった。僕が幼い頃憧れていた彼らのように。

僕は実はぶつかって苦しむというよりはむしろ、見て見ぬふりをする性格だ。
誰かが傷つくのが嫌で、自分も傷つきたくない。'never mind'の부딪힐것같으면 더 쎄게 밟아 임마(ぶつかりそうならもっと強く踏みしめろ)この言葉はもしかしたら僕が僕に言いたいことだったのかもしれない。

多くの人を相手にしていて一番悲しくなるときは、全ての人に公平に接することができない自分に気付くときだ。
誰一人も傷つけたくないのに、そうできなくなる時がある。僕はまだまだ未熟な人間だと思う。



神戸コンサート2日目の日… あの日以来僕は深く眠れた記憶がない。たくさんの人達を傷つけてしまったからなのか、いつも眠りにつくと冷や汗とともに目が覚める。

すでに一回、舞台に立てず多くの人を傷つけたことがあったから、何があっても舞台に上がると言った。
けど全ての人が止めた。

舞台に立てないという状況に本当にわんわん泣いた。泣いたら負けなのに。

僕の中にある自分の悲しみに耐えることはとても簡単なことだ。
だけど僕を好きでいてくれている人たちが悲しむことはとても辛いことだ。
僕はまた僕を好きでいてくれている人たちを悲しませてしまった。時間を巻き戻せるなら僕はあの日何がなんでも舞台に立つだろう。


だから行かなければならない場所ができた
僕は休暇の間、神戸に行ってきた。多くの人に止められたが、行かなかったら自分が自分に恥ずかしいと思った。だから無心で行った 神戸に。


公演をした会場に、公演が終わったあと訪れたのは今回が2回目だ。1回目はRED BULLET初コンサートを終えて夜中に訪れたアクスホール。2回目は舞台に立てなかった神戸ワールド記念ホール。


僕は鈍くなるのがすごく嫌だ。
たくさんの人たちが僕を愛してくれているこの光栄な日々を当然だと考えたくはなかった
慣れてしまいたくなかった。だから再び訪れたアクスホール。


僕は舞台に立つことが楽しいし今も楽しい。17歳のとき僕は観客2人の前で公演したときも堂々と目を合わせて公演した。

しかしデビュー以降、僕は自分に堂々とできていなかったと思う。自分自身が未熟だということを僕がよく分かってたからなのかもしれない。

そして花様年華on stage初公演の日。僕は久しぶりに観客たちと堂々と目を合わせた。


しかし舞台に立つことが出来なかった神戸2日目あの日以降、僕はまた堂々とたくさんの人たちに会う自信を失った。

だから訪れた神戸、あの会場。僕は着いた時間から僕達の公演が始まったであろうその時間まで周辺をずっと歩き回った。

チケットブースから入口そして会場すみずみまで。僕はあなた達と同じ感情を感じたかった。

たくさんの感情を感じた。嬉しさ、公演を待っている時のドキドキ、悲しみ、恨み、怒り、切なさ、などなど


僕はあなたを理解したいし、理解する。だから申し訳ないし謝りたい。完璧じゃない人間で。僕は弱いのに強いフリをする人間で。改めて僕は未熟な人間だということを感じた。

宗教はないけどその場所で祈った。
どうせ終わりは決まっていること。終わりがあろうと、この感情この気持ちを忘れずにいようと。


いつも1人でいたかった僕の中で、皆さんが本当にたくさんの部分を占めるようになっていた。年齢や性別、国籍や宗教、あなたがどんな言語を使っているのか、それは僕にとって重要じゃない。

あなたが幼くてもそうでなくても、年を取っても隠し子がいても関係ないと前に言ったことがなかっただろうか(Miss Rightの歌詞です)
僕とバンタンを愛する人ならみんなアーミーだ。


予想外にミュージックバンクの放送が決まり、予定より1日早く飛行機に乗り帰った日
僕はたくさんの思いを整理して帰ってきた。

改めて僕は祝福を受けた人間だと感じ、いつも感謝しながら生きなければならない人間だと思った。
24歳ミンユンギは、あれだけなりたくなかった大人への入口の目の前に立っている事実に気づいた瞬間だった。


祝福を受ける人間にしてくれてありがとうございますアーミー。
表現が下手でいつも言えないけどこうして物足りないような文を通じて改めて僕の思いを伝えます。。未熟な人間だからいつも感謝しながら生きていきます。
愛してますアーミー。



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ツイッターに書いてたのよりも長い文をカフェに上げてたので。

本当にこれはわたしのゆんぎぺん人生で歴史的な出来事になりました。言葉にできないです。