まあるい社会 | みんサルの旅

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旅をしなくても、旅してるように生きる。。



2時間も3時間も、
話題やテーマもしゃべるのはそこまで苦痛じゃないけど、
初めてお話するとき、
人見知りなので、大変大変。

自分の主張をする人、
気を遣う人、
商売のことを考えてしゃべるひと、
いろんなひとがいるが、ストレートが好き。
ストレートというかオリジナルが好き。

場を楽しくするおしゃべりは、
自分にとって余計な気遣いにあたって、
そうでない自分がらく。

年齢と経験というものの良さは、
すっとばしてストレートに入りやすいことにある。
同時に、年齢と経験というものの影響は、
関係性の壁を高くしちゃうような、浅い己が経験。

遠慮がないと楽しい。
気兼ねない知り合いと、しゃべったりするのは楽。

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気遣うことと、
相手を思いやる思いやり。

小さな親切、大きなお世話、の概念と、
角度は違えど少し似てるかも。

気遣いは、自分のこと。
思いやりは、相手のこと。

思いやりが連鎖する、という意味は、
まあるい社会。
好きな世界。

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スタジオジブリの建築展示で、
建築家との対談記録は、
四角い区画、四角い家、機能的で合理的であり、
まあるい社会がいいんだ。という考え方をみることができる。

ジブリが望む心象風景で、
家具も家も、できるかぎりまあるい。
いいなあ。

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お互いの主張は、
どちらも正しい。

技術的や実力的に認め合ってても、
お互いの考え方や、方針などが違ったりするのを伝えると、
それが終わった跡にきゅーっと窮屈。

伝えることも親しいからこそ、
成し遂げたいからこそわかる。

同じチームだからこそ、
伝えたい事があり、
それぞれに実力があるからこそ、
伝えることで違うことがわかり、
チームはどんどん窮屈にになっていく。

仲間の実力を存分に引き出すことも大事だし、
ボールを失わないことも大事だし、
チャレンジできるときにチャレンジすることも大事。

それぞれの磨いてきたものは違うけど、
みんなそれで成功しているので、
どれもその視点では正しい。

だからひとつのチームになるために、
お互いに気遣って思いやって主張しないほうがいいのか、
お互いに気遣って思いやって主張したほうがいいのか。

そういうことはよくわからないので、
蹴って伝え合うのが気楽。

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それはプレステでもお酒でも映画でもテレビでもいいと思う。

時間がかかる。
なんとなく。

そうすることに何の意味があるのか
あんまりよくわかっていないけど、、、

気を遣われたら嫌だから、気を遣いたくないし、
根本的に気は遣えない。
(見よう見まね。。)

しかし、やりたいことをやるためには、
気遣わないでいいなんて実力はまだまだ。
がんばらなきゃ。

では。