鎌原城は応永4(1397)年の築城と伝えられ、元和元(1615)年徳川幕府の「一国一城令」によって破却されるまでの218年間、鎌原氏の居城とされていました。
鎌原氏は真田氏と同じ滋野源氏の一族です。平安末期、滋野源氏の流れを汲む下屋将監幸房が、三原荘(現在の群馬県吾妻郡西部)を開拓し、その子孫である幸兼が浅間山麓の鎌原に本拠を定めて鎌原姓を名乗ったのが、鎌原氏の始まりとされています。その後、鎌原氏は武田氏や真田氏に仕えわ江戸時代は沼田藩真田氏の家老を務めました。天和元(1681)年に沼田藩が改易になると、当時の家老鎌原縫殿重継は嬬恋村の大笹関所の関守となり、明治元(1868)年の廃関まで8代187年間、関番を務めました。
(鎌原城冊子、現地説明板より)







2016.10.18