⑤成田街道(日本橋-成田山新勝寺)-1 2007年、1月7日 | 日本全国ぶらり街道一人旅

日本全国ぶらり街道一人旅

タイトルを変更しました、寄る年波には勝てず長い距離を走れなくなってしまったため、もうマラソン大会に出られるような走りは出来なくなてしまった、近頃は走ることもままならずもっぱらウオーク&ジョグである、ただ街道の旅はやりたいのでタイトルを変更しました

成田街道(佐倉街道)は江戸時代、水戸街道新宿から分岐して,佐倉藩や成田山新勝寺に
向う街道であった、江戸と佐倉藩城下をむすぶ道は「佐倉道」と呼ばれた、江戸時代後期
成田詣が盛んになるにつれて「佐倉道」は「成田道」(街道)と呼ばれるようになった。

 

現在は国道296号の船橋市前原西の中野木交差点から国道51号線の成田市寺台に至る
道を「成田街道」と言う、江戸から成田へ通じる道はいくつかあった、多くは陸路2つと海路
1つのどれかを利用した
 
佐倉藩主が参勤交代に使った公式ルートは、千住を経由して、水戸街道の新宿で分かれる
道を行き、小岩で江戸川を渡って市川、八幡、船橋を経由するものであった

 

今回の「成田街道」走り旅は、この公式ルートを走ってみた、何を隠そう私にとって日本橋から
小岩、市川辺りまでは、目を瞑ってでも行けるほど熟知した道である、午前8時30分日本橋を
出発、今まで何回も日本橋から走り旅に出たが、神田方面へ向かうのは今回が初めてである

 

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    小伝馬町                       浅草橋交差点

室町三丁目の交差点を右に曲がり、昭和通りを越えれば小伝馬町、すぐに馬喰町
繊維問屋街の横山町を過ぎれば浅草橋だ

 

実はこの界隈、数年に渡って商売をしていた街なので、いつ来ても落着く街である
浅草では3年ほど貿易会社でサラリーマンをしていた事もある

 

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   浅草雷門         浅草寺          神谷バー

9時03分、浅草雷門、今年は家の近所で初詣をしたので浅草には来なかった
ちょっと寄ってお参りし、懐かしの「神谷バー」を横目に街道へ復帰する

 

浅草東武デパートの所、二又を右方向に行く、間もなく言問い通り、渡って次の二又は
左方向へ行く、昔の山谷地区である

 

正月のせいもありほとんど人は見かけない、それでも泪橋の交差点近くでそれらしき人が
何人か路上に座っていた。

 

9時33分、南千住駅前、車は地下道で線路を潜るが、歩行者は陸橋で渡り、南千住の
商店街を行く、友人がこの辺で写真屋をやっていたが店は閉まっていた

 

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    千住大橋                         足立市場

9時40分、懐かしの千住大橋へやって来た、一昨年「奥の細道」を走ったとき、ここから
日光街道を、みちのく目ざして旅立ったんだ、思い出すな~

 

奥の細道では、千住大橋の左側を渡ったが、今回は旧日光街道の右側を渡る、千住大橋を
渡ると直ぐ右に足立市場、今日は日曜日、静まり返っている。

 

              初旅も日本橋から松の内