THE NEVER END OF SUPER AGURI F1 TEAM STORY | lovedreams

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些細な日常や趣味な事などいろいろ綴っていきたいな。

終わってしまった。
2005年の突然の参戦表明から、わずか数ヶ月で翌年の開幕戦の
メルボルンのグリット上にマシンを並べる事が出来た弱小プライベーターチーム。


それが


「SUPER AGURI F1 TEAM」だ。


日本人による日本人の為のチーム。チーム代表となった鈴木亜久里の夢が形となった
初のオールジャパンチーム。チームの所在地が「TOKYO JAPAN」となった書類を
テレビ越しに見た記憶はまだ新しい。
チーム立ち上げ時のドライバーは、エースとして経験十分な「佐藤琢磨」。日本国内での
フォーミュラーレースで経験を積んだ「井出有冶」。
当時は世界的にもかなり注目を集めたチームだった。
しかし、駆け足で立ち上げたチーム。レース序盤はチームスタッフもシドロモドロな様子。
ピット作業もなかなかスピーディーにはいかなった。
そんなチームが昨年のカナダGPで、前年度のチャンピオンのアロンソ(当時はマクラーレン)
のマシンを抜いたシーンは今でも印象的だ。「このまま行けば、下位チームから中団グループのチームになる!!」なんて思っていたが・・・。
メインスポンサーとして資金提供をしていた「SS UNITED GROUP」が契約不履行となり
資金援助がストップ。ここからSUPER AGURI F1 TEAMの歯車がおかしくなってしまった。
昨シーズン終了後のテストも資金不足により参加はほとんど出来ず。亜久里代表は、スポンサー探しの日々。そうこうしている内に、2008年シーズンが開幕。テスト不足のSA08は戦闘力は無く、完走するのが精一杯。レースをしながらテスト出来なかった分、データ収集する状態。

しかし、朗報かと思われたMagma GROUPとの契約も白紙撤回に。
もうこの時点でレースに参戦することがキツイ状態となった。HONDAやバーニー・エクレストンの働きで何とか出場出来た、バーレーンGPがSUPER AGURI F1 TEAMとして最後のレースとなってしまった。

過去にも偉大なプライベーターチームがあった。
ザウバー、ミナルディー、アロウズetc・・・・・。
やはり、資金的な問題で撤退を余儀なくされた。
加入金などを安くして、低資金のプライベーターでもF1に参戦しやすい環境にとしていたバーニーだが、やはり近代F1は金が物をいうチームが残る。そして、トップ
チームへとのし上がる。確かに金が異常に掛り過ぎている。
いろんな事を抑制して資金を抑えているつもりなんだろうけど・・・・。
あまりにも商業的な思考が強すぎている面もある。

日本人の為のチームを・・・。
日本のモータースポーツ界に多大な影響を与えたチームとして、亜久里代表に敬意を表したい思う。
そして、これをきっかけに日本のモータースポーツが衰退しない事を願うばかりだ。