◆余談(飛ばしてください)


 解説だとか言語化だとかが流行りであるが、あまりよくないなぁと思わないでもない。作品を見、聞き、読んだ時に、言葉にならない感情が生まれたなら、それを形にしないのも誠実な受け止め方のひとつだと思う。

 曲なんか特に、「聴けば分かるだろ!」「聴いた感覚そのままだよ言いたいことは!」と思ってしまう。


 米津玄師(敬意を以て敬称略。敬称つけようとすると『様』とかになる)なんかあんな、メロディ・リズム・ハーモニー、歌詞や音節まで完璧に表現してんだから聞けば伝わるだろ。

米津玄師は歌詞が文学なのよね。感情は音楽で表しているから、情景描写が多くてここぞという時にしか感情を言わない。だからこそ複雑な感情が表現されていてだね、言語化するとそれが簡略化されてしまってだね(ろくろを回す)


それでもこんな時にここが沁みるんだよ、と伝えずにはいられなくなり、んなもん聴けばわかんだよ、と自分を殴りながら、私はこうして書き始めた訳です。


ただの曲紹介です。音楽はおたまじゃくしが読める程度の知識しかない人間のなんでもない雑感。 

まぁいいや、そんな感じ。



◆沈んだ夜に馴染む曲 


 【Moonlight】 

わかる~の連続。地獄にいるのは誰のせいなんだろうね。「自分の頭引っこ抜いてそれであなたとバスケがしたい」、頭を殴る感覚と頭を殴られるような感覚がずっとするのよ、それでぐわんぐわんするんだけど、バスケと言われればバスケ。それを「あなたと」と付け加えることで少し救いが生まれる。

 スマホが裏返しになっているだけで疑心暗鬼になったりね。あるがままでいなさい、なんてありがたい言葉もらってもそんなのもう分かっていて、お腹いっぱいだって言って受け取らない。わかる~ 

そんな時には本物ではない、フィクションやら破滅的で楽しげな空想、つぎはぎだらけで空を飛んでるもの、意図して作られた美しさ、みたいなものが身に染みる。 

そうなの、何もかもを終わらせる言葉を教えて、なんて思いながら、水面を見上げながら底に沈むんだ。 


 【fogbound】

 霧の立ちこめる大海を漕ぐ虚しさ。暗中模索。なんでもないことが厭に目に付く。サビの全韻踏みで以て心地良く船を漕ぐのです。

 ヨーソーローと声かけしながら深淵部へ、ブラックアウトの向こうへ、もう一度。

前頭葉切れたら(ロボトミー手術)いいのにね、なんて思いながら、もう傷つけられたくないし傷つけたくもない、もうやめよう、なんて。そうなったらいいのに。

そんなメロドラマはおしまいだ。 


【amen】 

鬱くしい~!

捻じ切れるような間奏が巷では怖いと話題。 

「どうか私のこの心を赦してくれやしないか」

「ああ さもなければその清い雷でもって私の身を灰になるまで焼いてくれないか」 

「お願いパパ、ママ、この世に生まれてきた意味を、教えて欲しいの、私に」 

「哀しい思い出はいらないから、ただ、ただ、美しい思い出を、祈りの言葉を」 

ああ~いい~(歌詞並べただけじゃねぇか) 

赦しを得たい、美しい思い出を、祈りを。 

炎の揺れる中、軋む音を聴きながら、希うのです。 


 【BlackSheep】

 ぼんやりとした意識、白昼夢のような世界で気泡のようなものがぽぽぽと弾ける。

 受話器の向こうで誰かが喋っているんだけど、言葉としてではなく音としてしか認識できない。いつの間にか時間が経っている。いつの間にか、そう、いつの間にかここにいた、濁った澱。ぬめぬめした微睡みに包まれて沈んでいる。

眠れないね、さぁ羊を数えようか。黒い羊を。 



 ◆やけくそ系、荒んだ心に馴染む曲 


 【駄菓子屋商売】 

自暴自棄。賞味期限なんかとうの昔に切れた、もう何万年もこのまんま。腐って死んだ部分がキャンディやらチョコレートやらの嗜好品になって、イエーイと自分を大安売り。チューインガム=噛んでいるうちに味が無くなる。

嫌になるほどお得な商品、売られている俺も嫌になるほどだよ、ほらどうぞ。 


 【ゴーゴー幽霊船】 

枯れたインクとペンで絵を描く、本当の嘘で騙す、空き缶、雷管、ペパーバッグ、「空っぽ」で雑多に「満ちている」。溢れそうで爆発しそうなのにそこには何もない。 

どこにも向けられない空虚さを、サビで発散させるのだ、いけ、いけ!微かな出口探せ! 

でも、サビ最後の上がり下がり(「あんまり急に笑うので」他)で、周りの目とか自分の中の冷静な部分とかがそれを冷笑して、最終的にあーあと萎んでしまう感じを私は思い出してしまう。やるせねーよな。 


 【RED OUT】 

地を這うような嗄れた声と擦り切れるようなシャウト。ああ~荒んだ心に染みるんじゃ~ 

自分に刺さるヤドリギの枝、それがスクリーンごしに見える、自分の何かが吸われて何かが育っていく。

夢の中だけ輝いていて、夢から覚めてもこんな真っ赤な世界だ。偉そうにふんぞり返っている下卑た奴が人の祈りに価値をつける、違ぇだろ祈りは他者に評価されるものじゃない。 

何もかもが神経に障る、消えろ消えろ消えろ!



 ◆いろんな人いるよね!あーやんなっちゃう!みたいな。どいつもこいつも。 


【caribou】 

二人の口論、互いに見下して宙に浮く二人をコミカルに描く。

「言葉を杭に打ち付けて見せびらかすのは悪い趣味だ」、よくみるね、SNSで。どんな人がどんな意図で発言したかも考えずに平気で殴る。この曲ではお互い様なわけだけど。売り言葉に買い言葉、本人達はマジなんだろうけど端から見たら滑稽だよね。 

二人の論争はどこへ行くのやら。「そんな口論、馬鹿みたい」「そうやってまた同じことばかり堂々巡りもうんざりだね」 


【ララバイさよなら】 

【恥ずかしくってしょうがねぇ】 

どちらも「てめぇらのことだよ」と言わんばかりの鬱憤の込められた曲、無理解な有象無象へのやさぐれ。酒飲みながらぶつくさキレてる。影しかみてねぇんだよあんたらは。何言っても伝わんねぇ。本気で怒っているのに「怒った顔も可愛い~」とか言う(思う)人間いるからな本当に。怒りは怒りとして受け止めるのが誠実じゃねぇのか。 

唐突な「呼んでくれ救急車」は時期的に某歌手が友人のために救急車呼んだら何も知らねぇ通りすがりに悪態つかれ暴れた事件が関連しているような気もする。自分の価値で勝手に決めつけんな。何も知らねぇ癖に好き勝手言いやがって。 

この痛みも孤独も全て、あんたらには分かんねぇ俺だけのものだ。分からねぇのに勝手に捩じ曲げた解釈して分かった気になんな。……すみません。 

実際、自分以外になれない以上他人の苦しみなど分かるはずもない、なのに錯覚して勝手に共感した気になっている訳で、その錯覚で以てしか僕らは他人を認知できない訳でさ。自分の痛みは何を言われようが自分の痛みとして大事にしような、他人に渡すなよ。 

何も考えてない無辜の民、そんな俺らを、たとえ皮肉であったとしても、愛してるぜとか、ちゃんと話せばさ、とか溢してしまうあたりが、ね。 

【百鬼夜行】、【ゆめうつつ】※2番、とかも構成は同じだけど曲調も受ける印象も全然違うからすごいよね~

百鬼夜行はやけくそのお祭り。皆人間の形した妖怪だよ、化け物祭りだよ。愛だとかいいながら炎上させるんだろ、ほらやれよ。 

ゆめうつつは個々の人間というより住んでいる世界毎に分けて「僕らはどこにいるんだろう」って感じ。零れ落ちた羊はこんなふうに夢の世界を創る。今夜くらいは、夢の中では飛べますように、声を出せますように。 

自分勝手な有象無象の人間、俺らもそんなうちの一人。



 ◆ひとりきりの夜にぽつんと光を灯す 


【旅人電燈】

 砂漠に独り立っている古い電灯は言うのです。吹き曝されながら。 

「誰か誰か僕を探しておくれ」 

なんか荒野に独り取り残されている感じがね、あるよね。荒んだ何もない土地、砂塵の舞う中、たった独りで耐えている。 誰も探してくれないし、誰も見つけてくれない。 

「遠い遠い地の果てまで照らすように僕は灯っているから」 

それでも生きているの。何のために?

「誰も僕を知らなくとも まだ見ぬあなたのために光る」 

そう、いつか出逢うあなたのために。



 ◆おわり 

dioramaが多いんだけど、アルバム全体がそんな感じなのよね。不協和音の連鎖と加工され重ねられた声、そのザラつきが荒んだ心に染みるのです。名詞の羅列で表される抽象的な歌詞、ハチ時代との連綿を感じながら。 

dioramaの特徴的な歌詞が「矛盾の同居」。

「何故だか嫌に静かで煩い」「空っぽになるまで詰め込んで」「それでも私は寂しくて、また涙を割いて笑うのだ」。嬉しいと同時に哀しくて、気楽なのに苦しくて、息を吸って吐いて。そんでもって風船、空の雷管とペパーバッグ、根無し草のような、宙に浮く感じ、それと同時に海に沈んでいくような感覚。何もないのに、何となく不安。「空っぽ」で「満ちている」「虚しさ」があるのよ。何もしてないのにいっぱいいっぱいで息苦しい。 そんな人には刺さるはず。


あくまで鬱人間的に「沁みる」もの、という曲選であって、ちゃんと明るい曲も好きです。まぁ好きじゃない曲などないが。 

もっと語ろうと思えば語れるしこれもかなりセーブした。というかココスキ!を挙げると歌詞の全てを載せなければならなくなるのが難点だった。 


まぁライブは落ちたんですが。 

当たった人は楽しんできてね。