父が7月に亡くなって、早くも新盆を迎える。
6月の父の日、体調は悪そうだったが、話は出来、お祝いであげたマンゴーを美味しそうに食べていた。
7月頭、母から父が吐いたから、病院にきてと連絡があった。
母はまだ、大丈夫だと思うけど。と言っていた。
病院に駆けつけて、父のぐったりした姿を見た時、頭を殴られたような感覚になった。
ショックだった。
苦しそうに息をして、痩せ細り、もう1人では立ち上がる事も出来ない状態だった。
父の日から、一週間でこんなにも悪くなるものなのか?
今までどこか、父の病気、死を現実として受け入れられていなかった、父なら治るんじゃないかと信じていた。
無理矢理、現実を見せられた。
それでも、まだ大丈夫、と思う自分がいた。
看護師さんが、耳は最期まで聞こえているから、話しかけてあげて下さいと言っていた。
「お父さん、帰ってきたよ!」と声をかえた時、
はっと目をあけて私に気づき、
「おかえり。」
と笑顔で答えてくれた。
父の趣味である自転車仲間がお見舞いに来てくれた。
父は一瞬目をあけて、友人を見て笑顔になった。
私達と友人が自転車について話していると、聞こえているのか、父はどことなく嬉しそうに見えた。
病院に呼び出されたのが日曜日、月曜日は仕事を休んだ。火曜日は休むか迷った。
月曜日の夜散々悩んだ結果、火曜日も休む事にした。
月曜日の夜、父に
「また、あしたね。」
と声をかけた。
父は
うん、と目をあけて力強く頷いてくれた。
きっと明日も会える。まだ、大丈夫。と思った。
母と私と妹が病院に泊まっていたが、3人とも疲れでふと寝てしまった。
父はその間に息をしなくなった。
すぐに駆けつけ、
母は「なんで、1人でいっいゃうの。」
私は「また明日って言ったじゃん。」
と声をかけた。
家族が揃っていたのに、死に目に会えなかったのか、と悲しかった。
担当医が来て、心音を確認した。
「まだ、少し心音が聞こえます」
と言った。
30秒程して、もう一度確認し、息を引き取った事を確認した。
家族で看取ることが出来た。
あの時、心音が止まっていたら、寝てしまった事を私家族は一生後悔していただろう。
父が待っていてくれたのだ、と思う。
その後は葬儀屋が来て慌ただしく時間は過ぎていった。
あれから、もう一ヶ月が経った。
明日から実家に帰り新盆を迎える。
優しくて家族思いだった父。
暴飲暴食せず、運動が好きで、お酒も適量。
定年まで家族のために真面目に仕事をしてきたのに、第二の人生の始まりと同時に癌が判った。
父を想うと悔しくて、可哀想で、なんて理不尽なんだろうと思う。
やりたいことが沢山あったのに。
100歳まで自転車や水泳を頑張りたいと言っていた。
夢を叶えてあげたかった。
楽しいセカンドライフを過ごして欲しかった。
孫の顔も見て欲しかった。
なんにも悪い事なんてしてないのに、病はどうして父を選んだのか。
神様なんていない、と思う。
それでも天国で現世で出来なかった事をやって楽しく過ごしてね、と思ってしまう。
お父さんに、また会いたい。
明日からお盆休みのため、忙しい日常生活から離れたためか、亡くなるまでの出来事、葬儀の流れが今更リアルに感じてきた。
この思いを書きとめて置きたかった。