シャフハウゼンの雄
出典:www.iwc.com

米国出身の時計師フロレンタイン・アリオスト・ジョーンズ1868年にスイスはシャフハウゼンに創立したインターナショナル・ウォッチ・カンパニー(International Watch Company, IWC)

150年以上の歴史を持ち、高級機械式時計業界では知らない人はない地位を築いています。一般的な知名度も高く、例えばインスタの公式アカウントのフォロワー数などは、他の名門ブランドよりかなり多いです。

名門ブランドのインスタフォロワー数*
IWC:144万人
ジャガールクルト:99.4万人
ゼニス:58.2万人
ジラールペルゴ:21.2万人
ブランパン:20.9万人
(参考)ロレックス:1,070万人
*2020/4/22現在

時計専業の名門ブランドの中では最も知名度のあるブランドのひとつだと思います。

シャフハウゼンはスイス北端に位置し、地理的にライン川流域のドイツ文化圏にあります。それもあって、フランス国境に接する西端のジュネーヴのブランド達とは一味違った、ドイツ的なウォッチメイキングが特徴です。

<ピンの位置がシャフハウゼン>
出典:Google Map

当初はライン川の水流を用いた水力発電を活用し、アメリカ式の工業生産技術を導入する事でスイスメイドの時計を大量生産して米国市場に売り込むことを目論んでいた会社でした。

いかにも米国人的なビジネスマインドに溢れた創業者が興した会社です。

しかし、だからと言って品質を決して犠牲にしなかった事によって、今や世界に冠たる名門ブランドの地位を築いたのです。

IWCは当ブログでもこれまで何度も取り上げてきましたが、アンティーク、ヴィンテージ、ヤングタイマー、現行モデルと実に隙のない陣容を誇ります。

それだけにIWCを手にしたことがないという好事家は少ないんじゃないでしょうか。

ええ、持ってない私はモグリです。

様々な傑作が生み出されてきたIWCの中でも取り分けファンから支持されているのがCal 89 搭載機でしょう。

型番:Cal 89
ベース:-
巻上方式:手巻き
直径:27.1mm
厚さ:4.25mm
振動:18,000vph
石数:17石
機能:センター3針
精度:日差 -4/+4秒 (マークⅪ要求仕様)
PR:36時間

Cal 891946年登場。WWⅡ終戦直後という事で、現代からですと70年以上前の話です。開発したのは後にペラトン式自動巻機構で名を馳せるアルバート・ペラトンです。

27.1 x 4.25mmというサイズはシンプルな3針キャリバーと考えればそこそこ大きいですが、当時としては傑出した堅牢性を誇るムーブメントであり、非常に厳しい英国防省の要求仕様を満たすものでありました。

巻き上げヒゲゼンマイを持ち、バンスブリッジも大きく頑健です。そして大きなテンワにはちらネジが付いていて、精度を求める仕様になっています。

またコート・ド・ジュネーヴやブリッジの面取りなども施されており、流麗に分割されたブリッジにはゴールドシャトン仕上げが見て取れます。結果として写真の通り見た目にも非常に優れた機械です。

1940年代に既にこれほどの性能と美観を持つ機械を完成させていたIWCペラトン氏は恐るべしですね。

<左:IWC、右:JLC>

Cal 89搭載機として有名なのはマークⅪでしょう。前述の英国防省が示した要求仕様を満たすパイロットウォッチですが、その厳しい基準をクリアして制式採用に漕ぎ着けたのが、ジャガールクルト(JLC)IWCのみという話には萌えます。

時計好きなら誰もが認める実力派マニファクチュールが揃い踏みしているというのはロマンしかありません。

しかもJLC版は耐衝撃性の不足を露呈したことで1953年には製造終了となっており、以降1981年まではIWCが単独のサプライヤーとなっています。

今日のIWC = 質実剛健というイメージに大きな寄与を果たしたのがCal 89マークⅪの存在でありましょう。

マークⅪは民間用にも1973年から1984年まで製造されており、その堅牢な作りによって長きに渡り時を刻み続けました。

<Cal 89搭載のドレスモデル>
Cal 89は他にも様々なモデルで使われており、いわゆるオールドインターの中でも特に人気の高いキャリバーです。

アンティークは門外漢の私としてはCal 89を語るには圧倒的に知識不足なので、この辺にしておきますが、今なお手巻きの最高傑作とも評される機械ですから、もう少し勉強していつか自分も手にしたいと思います。

というか、オメガみたいにIWCCal 89を現代の技術で復刻させて小ぶりな時計をリリースしてくれたら絶対売れると思うんですがね。それこそマークⅪ復刻とか銘打って。

どうでしょう?


Portugieser Chronograph 3716 / IWC 
出典:www.iwc.com

Ref:IW371605
ケース径:41.0mm
ケース厚:13.0mm
重量:-
ケース素材:ステンレス・スティール
風防:サファイア・クリスタル
裏蓋:サファイア・クリスタル
ベルト素材:アリゲーター・レザー
バックル:バタフライ式Dバックル
防水性:3気圧
価格:795,000円(税抜)

現行IWCの顔といえばやはりポルトギーゼに他なりません。そして今年、一番人気のコレクションに遂に加わったのがインハウス・キャリバーを搭載したクロノグラフ・モデルです。

まずは外装ですが、フェイスに関しては先代のRef 3714とほとんど変わっていません。

縦目のツーカウンター・クロノグラフにアラビアン・インデックスを合わせた上品なデザインです。野暮なデイト窓もなく、スッキリとしたイケメンは先代のまま。

スポーティでもなくクラシック過ぎる事もない、実にモダンで洗練されたダイアルデザインです。

<左:新型(3716)、右:旧型(3714)>

旧型との比較写真が上ですが、違いわかりますか?ほぼ同じですよね。敢えて指摘するなら新型の方は僅かにプッシャーがスリムでしょうか?

こんなの横並びでないと分からない程度の微差です。

要するにIWCとしては文字盤デザインに関しては何ら変更すべきところはないと考えているという事です。といってもここまで変化がないというのは珍しい気がしますけどね。

大きく開口されたダイアルはベゼルレスに見える程で、サイズ以上に時計を大きく見せます。このデザインもクラシックなモデルには中々ない特徴ですね。

ポルトギーゼは個々のパーツに特別ユニークなデザインは無いのですが、その配置やバランスによって唯一無二の美しさを持つ稀有な存在です。

一言でいえば瀟洒(しょうしゃ)というヤツですね。できる男のアイテムというイメージです。

出典:www.iwc.com

型番:Cal 69355
ベース:-
巻上方式:自動巻
直径:30.0mm
厚さ:7.90mm
振動:28,800vph
石数:27石
機能:スモセコ3針
精度:-
PR:46時間

ニューモデルが搭載するのはインハウス・キャリバー69355。これこそが本モデルの最大のアップデートです。

2018年に創業150年を記念して発売されたポルトギーゼ・クロノグラフ・150イヤーズで実装されたムーブメントを、レギュラーモデルにも搭載してきたという事です。

やはりポルトギーゼといえば縦目のクロノグラフであったわけですが、先代までのValjoux 7750ベースのCal 79350にはモヤッとした気持ちを持つファンも多かった事でしょう。

IWCほどの名門ブランドの看板ともいうべきポルトギーゼ・クロノグラフにはインハウス・キャリバーこそ必要だというのは、多くのファンの思いではなかったかと想像します。

<左:新型(3716)、右:旧型(3714)>

ところで、Cal 6935530 x 7.9mmと巨大です。このサイズはValjoux 7750と全く同じであり、載せ換えを前提とした設計なのかも知れません。

IWCは元々フライバック機構付きのインハウス・キャリバー8900系を有していますが、今回のCal 69355は一体どういった位置付けの機械なのでしょうか?

価格を見ると、この新型は税抜79.5万円とIWCの中では低価格レンジです。対して8900系のモデルは120万円を超えてきますから、6900系はより廉価なムーブメントである事が分かります。

テンプはフリースプラング8900に対して6900では緩急針を使ったエタクロン系の緩急装置であり、パワーリザーブも68時間 → 46時間と短くなっています。

コラムホイール・スイングピニオン式のクロノグラフ機構は同じですがフライバック機構は省略されています。

またIWC自動巻の代名詞ともいえるペラトン式の巻き上げ機構ではなく、双方向の爪巻き上げ機構に変更されています。

リシュモンにおけるValjoux 7750代替機というのが実質的な位置付けでしょうか。

<バタフライ式Dバックルへアップデート>

それでもトランスパレント化された裏蓋から覗くCal 69355は流石にインハウス・キャリバーというだけの事はあって、見応え十分です。

大きなスケルトナイズド・ローターに中央のブリッジはサーキュラー・コート・ド・ジュネーヴ、地板のペルラージュや存在感のあるコラムホイールの見せ方などは流石ですね。

むしろこの機械を搭載しながら税抜80万円を切る価格でポルトギーゼ・クロノグラフが手に入るというのは非情に魅力的ではないでしょうか。

Minority’s Choice にとっての問題は一重にサイズです。41 x 13mmというのは一般にクロノグラフとしては大き過ぎる事もないですが、私の好みからすればデカ過ぎてスコープ外です。

しかし三高(古すぎ?)ビジネスパーソンには凄く似合うように思います。


以前にも同じようなことを書いたと思いますが、私の勝手な思い込みではIWCってロレックスでは満足できないこだわり派がチョイスするイメージです。

グランドコンプリケーションまで有するマニファクチュールであり、デザインにも洗練された佇まいを見せるIWCの魅力はロレックスとは趣が異なります。

因みに相応の時計オタクは両方素晴らしいって事を良く分かっているので、別にこの二社を比べたりはしません。しかしそこに至る手前のフェーズ、いわばオタク人生における思春期くらいには一度は両者を比較するのではないでしょうか。

で、大体その時はIWCのが通っぽくて良いと思うわけです。(自分が通った道ってだけですけど…)

でもまあ思春期ってそう言うものです。

「俺が反社会主義なんじゃない、社会が反俺主義なんだ!」

とか思う年頃ですから、世間一般に認められている価値観を否定したくなるのです。


そのうちにロレックスやべぇなと気付く訳ですが、それでもIWCもやっぱ良いなと思わせる所が彼らの実力の高さです。

アンダー100万円レンジにも本格的にインハウス・キャリバーを投入してきたという事は、今後全てのモデルでそうなる可能性が高いと私はみています。

リシュモンではパネライが先行してこれを進めてきましたが、IWCも脱エボーシュへと進む事でブランド価値の一層の向上を図っているのではないでしょうか。

エントリーモデルにエボーシュ改を使うというのは、IWCにとってほとんど唯一の難癖を付けられるポイントでしたからね。

全モデルで自社製キャリバー搭載となるといよいよ隙が無くなります。

個人的には36mm径のパイロットウォッチ用自社ムーブが来たら嬉しいです!