上手いこと言うなあ
言うまでもなくセールスマンにとってセールストークは非常に重要なスキルです。前も同じこと書きましたが、有能なセールスマンは南極でも氷を売るという例え話もあるくらい。
時計屋巡りを趣味としているMinority’s Choice はこれまで様々なセールストークを聞いてきましたが、皆さん中々面白い話術を持っています。
しかし中にはFAQ的な模範解答があるかのように異口同音の問答が発生する事もあります。
「丈夫さを重視してますので」
私の時計に関する典型的な注文(文句)は大きい、重い、分厚いです。現行モデルは大体このいずれかに該当するので、この話題は頻出です。
特にシンプルな3針デイトにも関わらず13mmという分厚さの時計を平然とラインナップするグランドセイコーではこのセリフをよく聞きます。
<物凄い厚さのGS SBGR253>
丈夫な時計を作るために多少分厚くなるというのは勿論分かる話です。ですが13mmって流石にどうなの?って思います。
明らかにビジネスウォッチとして売り出しているモデルがこの厚さだと、シャツの袖に引っかかりますしね。
ロレックスのデイトジャスト36はあと1mmは薄いよと心の中で呟いています。
薄くて丈夫な新型3針キャリバーを待望してます。
「この重量感が好まれます」
これは金無垢時計を試着して「重いですね」っていうとほぼ100%返ってくる応えです。
特にブレスレットまで金無垢にするとその重量は200gを超えてきます。大径モデルになると250gとかです。
こんなのほぼ筋トレな訳ですが、「金無垢を付けている実感が得られると皆さん仰います」みたいな。
<Day-Date 36 / ROLEX>
そんなん最初だけやろ!って話ですよ。これは最早洗脳に近い話法だと思います。
程なく重さに耐えきれず着けなくなる未来が私には見えます。
革ベルトならまだ分かりますが、金無垢ブレスはよくよく考えた方が良いと思います。プラチナは更にですね。
因みに18K金は現在1g = 4,200円くらいなので、200gだと84万円です。
SSのデイトナは119万円(税抜)、金無垢のデイトナは334万円(税抜)です。
そりゃ金無垢売りたいですよね。
しかそれはそちらの都合です。
「しっかりと存在感があるモデルです」
42mm以上の時計を形容するにあたってよく使われる表現です。
ダイバーズとかスポーツウォッチならまだ理解できます。半袖を着る夏場なら確かにアクセサリーとしての時計に存在感があっても良いでしょう。
しかしポルトギーゼ・オートマティック(42.3mm)でそんなこと言われも、ちょっと何言ってるかよくわからない、というのが偽らざる感想です。ただデカいだけやろ、っていう。
<42.3 x 14.1mm というポルトギーゼ>
出典:www.iwc.com
これはゲルマン民族基準で作っているので、貴方には少し大きいですね、と言ってくれた方がよっぽどまともなアドバイスだと思いますけど。
洋服にサイズがあるように、時計にも人によって適切なサイズというのがあって当たり前です。
腕の幅からラグが飛び出すような時計さえ、「大きいのが今の流行ですから」と言って片付けようとする営業は如何なものかと思います。
それを信じて買った人が、後から「お前デッカい時計してんなー」と言われて傷付いたらどうするんでしょう。
「懐中時計がモチーフなので」
これは特定のモデルの話なんですが、どうにも納得いかないので書きます。
#99で書いた、ジャケドローなんですが、この時計は3針構成ながら12.6mmもの厚さがあって、ポッチャリ系のシルエットです。
<Grande Seconde Off-Centered Ivory Enamel / JAQUET DROZ>
それ以外はすごく好きなんですが、厚みがネックですね、という話をすると、「懐中時計がモチーフなので、このような仕立てになっています」みたいな説明をされました。
いや、全く納得いかないんですけど。
それはケースに丸みがある説明にはなっても、ここまで分厚い理由にはならないでしょうよ。
すかさずそんな応答が出来るって事は、結構突っ込まれてるんだろうなと邪推してしまいます。
こういう一瞬へえ、と思わせてよく考えたら答えになっていない説明(言い訳)はしばしばあります。
別にそこで店員さんと口論しても詮無いので、大人の対応を見せつつ、一旦違う時計に目を向けてみましょう。
それでもやっぱりグランドセコンド・オフセンターはええなぁ、と思えば再訪すれば良いのです。
まさに私がそうでした。
「お客様の雰囲気にピッタリです」
そしてこれです。絶対接客マニュアルに載ってるやろってくらいよく言われませんか?
スポーツウォッチだろうとドレスウォッチだろうと何を試着しても言われるんですけど、どんな雰囲気なの?って聞きたくなります。
こんな都合の良い褒め言葉も中々無いなと最初は感心していたのですが、あまりにもよく聞くので最早全然信用できません。
そりゃ気に入って試着した時計が似合うと言われれば嬉しいものです。
しかし雰囲気に合うとは絶妙な言い回しです。こちらをよく観察した上での突っ込んだ表現のようで実は恐ろしく曖昧です。それだけに否定のしようもありません。
<こんなの似合うと言われるとやっぱり嬉しい>
この表現は特にブティックの店員さんがよく口にします。もっと言えばハイブランド特有の言い回しな気がします。
つまり暗に意味する事はこれです↓
(貴方は我々のような一流ブランドの時計を着けるに相応しい雰囲気をお持ちですよ)
コワい。怖いですねここまでしたたかだと。しかしブランド力を売るというのはこういう事なんです。
ただ単純に良いモノを売るのではなくて、ステータスを売ってるという事ですからね。
しかし散々このブログで申し上げている通り、ブランドの権威を借りて自分を大きく見せようなどというのは浅はかな行為です。
それでは逆に貴方自身が小さく見えてしまうという事を忘れてはなりません。
むしろ1万円の時計さえ100万円に錯覚させるようなオーラを自ら出していく道を追求していきましょう。
「男性的で素敵です」
これは恐るべき言霊です。お察しの通り、大きめのスポーツウォッチなんかを試着して「ちょっと大きいな〜」とか言ってると、お姉さんが言ってくる訳です。
「これくらいのサイズ感は男性的で素敵です」
…アブない。これは危ないですよ。一瞬告白されたのかと勘違いしますよね(せんわ)。
<40mm未満だったらなあと思うポロS>
しかし冷静になりましょう。我々は靴下を買いに来た訳ではなく、時計を買いに来ているのです。高い買い物です。熱に浮かされたように決断してはいけません。落ち着いて判断しましょうね。
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相手はセールスのプロですが、こちらは別に買い付けのプロではありません。その為、店員さんとの対峙においては如何ともしがたい知識と経験値の差があります。
まあそれは大体何だってそうなのですが、機械式時計みたいな高い買い物で、何となく言いくるめられて買っちゃったというのは避けたいところ。
結婚、昇進、何でもいいですが何かの記念に良い時計買おうと漠然と思う人は結構多いと思います。しかしそんなノーガード状態で時計屋に突撃するのは危険すぎます。
いつも拙ブログを読んでくださっている猛者の皆さんには大きなお世話ですが、機械式時計に興味を持って間もないという方は、是非抵抗力を身につけてから時計屋に行く事をお勧めします。
この記事がその一助になれば幸いです。