抗いがたい魅力

先日のワールドウォッチフェア(#79)以降、気になってしょうがない国産ヴィンテージ。

ですが思いつきでは行動しないタチの私はいつも通り下調べを楽しんでいます。やはり魅力的なのは1960-70年代のセイコーですね。

当時から彼らのダイアルの仕上げは素晴らしいです。

45KS Hi-Beat Non Date / KING SEIKO 

Ref:KS 45-7001
ケース径:36.0mm
ケース厚:9.3mm
重量:55g
ケース素材:ステンレス・スティール
風防:ハードレックス・ガラス
裏蓋:ステンレス・スティール
ベルト素材:レザー
バックル:ピンバックル
防水性:非防水
価格:実勢10万円前後

1960年代後半に登場した、キングセイコー(KS)の手巻きハイビートモデルです。

キングセイコーはグランドセイコー(GS)の直下に位置するセイコーの高級ラインとして位置付けられていたブランドであり、現在は消滅しています。

GSが世界の一流ブランドに対抗するべく立ち上げられた実用機械式時計最高峰を目指したブランドであったのに対して、より大衆向けの、しかし高精度を志向した高級路線でもあったのがKSでした。

折しも1960年代末といえばセイコーはクオーツ・ムーブメントを擁して世界征服に乗り出そうとしていた頃です。

70年代以降は精度に勝る(かつ目新しさもある)クオーツが台頭する中で、舶来機械式時計が淘汰されたように、KSも活躍の場を失いラインナップから姿を消した訳ですが、モノの良さは折り紙つきです。


まずはセイコースタイルのルックスです。大きく存在感のあるラグ、見事なダイアモンドカットのインデックス、ポリッシュ仕上げのドーフィンハンズなど、かなり高級感あります。

このタイムオンリーな文字盤デザインも私は好きです。視認性に優れ、シンプルで飾らない姿が如何にもセイコー然としていて、堪りません。

そして6時位置のHI-BEATの表記がまた良いんですね。精度への挑戦を忘れない意気込みが表れています。

実用性という意味では、SSケースにハードレックス風防なのはまだ良いのですが、現在では実質非防水という点は如何ともしがたいです。

個人的にはヴィンテージウォッチの取得を一番ためらうのが、この非防水仕様だという点です。たとえ発売当時は防水機能付きでも、50年近く経った今となっては、「防水性は無いものとお考え下さい」というディスクレーマーが必ず付きます。

ヴィンテージウォッチ愛用者の方はやはり水には相当気を使っておられるようなので、面倒くさがりの私にとってはハードルが高いです。

他にも衝撃に弱いというのもよく指摘されます。でもどれくらい弱いのかがよく分かりません。自転車とかもダメなレベルなんでしょうか?とか

型番:Cal 4500A
ベース:-
巻上方式:手巻き
直径:-
厚さ:-
振動:36,000vph
石数:25石
機能:センター3針
精度:-
PR:-

情報がスッカスカで心苦しいですが、いかんせん50年前の機械となると、ネット上には中々データがありませんでした。パワーリザーブも分からないなんて…

搭載するのは手巻きの10振動/秒ハイビートキャリバー Cal 4500Aであり、クオーツ時代以前の機械式としては最終形ともいえるムーブメントです。

Cal 4500系は当時のGSにも搭載されていましたから、調整すれば月差 -/+60秒というグランドセイコーV.F.A.規格を通すほどのポテンシャルを秘めています。

流石に45KSではそこまでの調整はなされていませんが、このCal 4500Aとて相当に優秀なムーブメントなのです。

機械の審美性に関して絶賛する記事もあったりしますが、正直ムーブメントの見た目が魅力的という事は無いと思います。同時期のパテックやIWCと比べるまでもなく、無骨で道具的です。

それがセイコーらしさなので、私はムーブメントが美しくなくても一向に構いません。どうせ見えませんし。それでも手巻きのハイビートというだけで満足感は十分高いです。


こんな格好良い時計が10万円そこそこ(下手すりゃもっと安く)で手に入るなんて、現行モデルではまずあり得ません。

そして36 x 9.3mmというサイズがまた素晴らしいです。手巻きキャリバー搭載なので、厚さが出ず非常に使いやすい大きさに収まっているのです。

現代だとこれが、デイト付き自動巻になって40 x 13mmとかいうセンスのない大きさになってしまう訳です。

飾らない美しさを持つキングセイコーは50年前にして既に実用時計デザインの一つの到達点に達していたようにも思えます。

機械に関しても同様で、ハイビートというメルクマールを達成し、クオーツ前夜に栄華を極めていたかつての機械式セイコーのエスプリが詰まった45KS、惚れ惚れしますね。



Load Marvel 36000 / SEIKO 

Ref:5740-8000
ケース径:35.0mm
ケース厚:10.5mm
重量:-
ケース素材:ステンレス・スティール
風防:プラスチック
裏蓋:ステンレス・スティール
ベルト素材:レザー
バックル:ピンバックル
防水性:非防水(発売当時は防水あり)
価格:実勢5万円前後

クオーツ前夜のセイコーを語る上でマーベルの存在は欠かせません。1956年に登場したマーベルは、それまでの舶来時計の模倣から脱し、セイコーが初めて独自に設計した時計として知られています。

ロードマーベルはマーベルの後継機に当たり、後のクラウン、グランドセイコーへと繋がる、セイコーによる世界への挑戦の歴史を物語る史跡的なコレクションです。

特に実用性と精度の追求に重きを置いたロードマーベルに、1967年国産初の10振動/秒モデルが登場します。それがこのロードマーベル36000です。

この頃には、テンワの大型化、ヒゲ持ちの可動化、そしてテンプの高振動化によって精度を飛躍的に高めていたセイコーの時計は、スイスの天文台コンクール(時計の精度を競う大会)を席巻し、1967-68年には二つの世界的コンクールを廃止に追いやったとされています。

時計の本質的価値である精度において、国産時計が実質的に世界トップに登りつめたというストーリーに感銘を受けない者などいるでしょうか?


そんな当時のセイコーの中でもロードマーベルは比較的手の届きやすい価格の高精度機械式時計という立ち位置にありました。

デザインは45KSほどセイコー独自色はなく、オーソドックスなセンター3針時計です。ウェッジ型のラグを合わせたシルエットは抑制が効いており、盛り上がったプラ風防がいかにもヴィンテージウォッチです。

特徴的なテキスタイル文字盤に落ち着いたアラビアン・インデックスを配し、ドーフィンハンズを合わせるスタイルは上品です。

金張りながら嫌味がない佇まいは、カラトラバを思わせる、といったら言い過ぎでしょうか。しかし完成されたデザインであることに違いありません。

ロードマーベル36000にはバー・インデックスのバリエーションもありますが、個人的にはKSやGSとの違いを楽しめるアラビアン・インデックス版が好みです。

<Cal 5740C / SEIKO>

型番:Cal 5740C
ベース:-
巻上方式:手巻き
直径:-
厚さ:-
振動:36,000vph
石数:23石
機能:センター3針
精度:-
PR:-

こちらも諸元がスカスカですがご容赦を。45KSに搭載されるCal 4500Aとは見た目が随分異なり、見比べるとこちらの方がより簡素です。

とはいえスペックは同等ですし、こちらは国産初の10振動/秒という付加価値があります。

50年前のムーブメントが今なお動いているというのもロマンですよね。セイコーのモノづくりのレベルの高さは見事というほかありません。

リューズを巻く度に、スイス時計に挑戦した(そして勝利したともいえる)時計師達への尊敬の念を禁じ得ないでしょう。

ノスタルジーこそ国産ヴィンテージの最大の魅力だと私は思っている訳です。


このロードマーベル36000は、色こそ金ですが、ラグを含めたケースの仕上げやプラ風防、坊主頭のリューズなどを見るにつけ、普及機の香りがします。それが良いんですよね。

決して安っぽくはないんですが、グランドセイコーなどと比較すると明らかに仕上げのレベルは違います。

当時はどんな人が着けていたんだろう?といったことに想いを馳せ、想像を膨らませて愉しむというのはやはり史跡巡りで得る感慨に通じるものがあります。

この辺は現行モデルとは全く違う魅力です。

現在の実勢価格は5〜10万円のレンジですが、個体によって程度は随分違いますから、納得いく個体に出会えるかどうかは運もあるでしょう。

それだけに手にできた時の喜びはひとしおでしょうね。


薄く、軽く、シンプル、それでいて独自の審美性を持つ時計に心惹かれるMinority’s Choice としては、ヴィンテージウォッチがど真ん中とも言えるんです。

一方でヴィンテージウォッチならではのハードルの高さはどうしても気になります。水は厳禁、衝撃も厳禁、交換部品はない、オーバーホールもこまめに必要などなど、現行モデルにはない心配事が結構あります。

やはり信頼できるショップや修理技師さんとの関係、さらにはヴィンテージウォッチ仲間の存在などが必要なんではないかと思う次第です。

国産ヴィンテージは価格もデザインもヒストリーも文句なしなので、実用性の低さだけで見送るには勿体ない存在ですよね。悩む…

とりあえず買わないと何も分からないか。。