ブリタニカ頼み
夏休みの宿題で最もウザかったのが自由研究というのは私だけではない筈。今思えば好奇心を持って気楽に取り組めば良かったんですけどね。
私はもっぱら家にあったブリタニカ百科事典を丸写しするという手抜きで対応していました。いわゆるコピペ論文ですね。
因みに読書も大嫌いだったので、課題図書のあとがき丸写しという荒業に出ていましたが、後年になってあとがきって本編と全く関係ない話が書いてあると知りました(当時は一切本編を読んでなかったので分からなかった)。よくあれで怒られなかったもんです笑
そんな話はどーでも良いんです。
今回は大人の自由研究として、時計のエントリーモデルについて考えてみようと思います。
これは深淵なテーマです。なにせブランドイメージを毀損せずに裾野拡大のために打ち出す低価格モデルですから、そのさじ加減は容易ではありません。
名門ブランドのエントリーモデルには彼らの試行錯誤が垣間見れる筈です。これは考察に値するでしょう。
ロレックスの例
Oyster Perpetual 34 / ROLEX
Ref:114200
ケース径:34.0mmケース厚:11.6mm
重量:120g
ケース素材:ステンレス・スティール 904L
風防:サファイア・クリスタル
裏蓋:ステンレス・スティール 904L
ベルト素材:ステンレス・スティール 904L
バックル:三つ折式Dバックル
防水性:100m
価格:480,000円(税抜)
この手の議論においてロレックスに触れない訳にはいきません。といってもオイスター・パーペチュアルについては#32で詳しく触れたので、二度も同じことは書きません。
要点だけ述べると、オイスター・パーペチュアルは全てのブランドが範とすべき、エントリーモデルの鑑である、という事です。
さてエントリーモデルに求められる要素とは何でしょうか?私は以下の三つだと考えています。
1. ブランドの魅力を十分に伝えている
2. 納得感のあるコスト低減が図られている
3. 中核モデルに対して有意に安価である
オイスター・パーペチュアルはこれをほぼ完璧に満たしています。順に見ていきましょう。
1. ブランドの魅力を十分に伝えているか
上質な仕上げのダイアル、オイスタースケース、オイスターブレスにインハウス・キャリバー3130を採用して高精度クロノメーター認定(日差 -2/+2秒)も取得と、スペックに関しては文句なしです。
ロレックスの核となる特徴を余す事なく他モデルと同水準で備えているのですから、オーナーにはロレックスの魅力が十二分に伝わってきます。
2. 納得感のあるコスト低減が図られているか
オイスター・パーペチュアルがコスト低減を何で図っているかというと、機能やデザインをシンプルにする事です。
デイトも何もない3針と割り切り、ブレスの装飾性なども排したプレーンバニラなパッケージングにする事で、コスト低減を実現しています。
これは最も上手いやり方だと思います。何故なら3針のみの時計は、一般にそれだけで十分成立する地位を確立しているからです。
ドレスウォッチにおいてはデイト表示など野暮だから不要という考え方さえある事を思えば、3針=廉価という連想にはなりません。
それでいて機能は絞っていますから必然的にコストは削減できます。これからオイスター・パーペチュアルを買おうとする人も、既に上位モデルを持っている人も納得感のある実にスマートな方法です。
3. 中核モデルに対して有意に安価であるか
結果として価格は114200で税抜48万円に抑えられています。これに対して人気モデルのエクスプローラーは税抜62万円、デイトジャスト36(フルーテッドベゼル)は税抜78万円、サブマリーナデイトが税抜81万円と続きますから、魅力的な価格を提示しています。
これはエントリーモデルとして素晴らしいパッケージングと言えるでしょう。
中でもこの34mm径の114200はかつてはエアキングとして全く同じRef#でリリースされていた伝統あるモデルです。
最近の流行りからすると34mmってかなり小さいですが、実際着けてみると非常に適切なサイズです。ヴィンテージウォッチではこれくらいのサイズ普通ですから、むしろ趣深くて良いのです。
オメガの例
De Ville Prestige Co-Axial / OMEGA
Ref:424.13.40.20.02.001
ケース径:39.5mm
ケース径:39.5mm
ケース厚:10.0mm
重量:-
ケース素材:ステンレス・スティール
風防:サファイア・クリスタル
裏蓋:ステンレス・スティール
ベルト素材:アリゲーター・レザー
バックル:ピンバックル
防水性:3気圧(30m)
価格:380,000円(税抜)
オメガのエントリーモデルはデ・ヴィルのSS3針モデルになります。あ、デ・ヴィルなんですか、という気はするものの中々どうして良い時計です。
1. ブランドの魅力を十分に伝えているか
これは評価の難しい所です。現代のオメガのイメージといえばやはりスピードマスターでありシーマスターですから、傍流といえるデ・ヴィルでオメガに憧れる人をどれだけ惹きつけられるのか?という疑問はあります。
しかしオールドオメガ愛好家なら、革ベルトのシンプル&クリーンなオメガは見慣れたものです。
ムーブメントは後述の通りETAベースですが、コーアクシャル脱進機を搭載し、COSC認定も取得しているので性能的にも十分です。
サンレイ仕上げのダイアル、アプライド・インデックス、シャープなドーフィンハンズと、デザインは秀逸です。
個人的には十分ブランドの魅力を伝えていると思うものの、ちょっと違うと思う人がいても不思議はありませんね。
2. 納得感のあるコスト低減が図られているか
これも満点とはいかないまでも良い線いってると私は思います。
シンプルな3針デイトに機能を限定しているというのは素直なアプローチでありますが、ムーブメントに関してもコスト低減策が盛り込まれています。
型番:OMEGA 2500
ベース:ETA 2892-A2
巻上方式:自動巻
直径:25.6mm
厚さ:4.10mm
振動:25,200vph
石数:27石
機能:センター3針デイト
精度:COSC認定 (日差 -4/+6秒)
PR:48時間
搭載するのはオメガが誇る最強ムーブであるMETAS認定機ではありません。OMEGA 2500はETA 2892-A2をベースに脱進機の換装などのチューニングを行った機械です。
ちょっとお化粧しただけのETAポンとは明らかに異なるリファインを施しかつCOSCも取得していますので、十分に高性能な機械を積んでいます。
新世代型のMETAS認定機には流石に見劣りしますが、それは上位モデルとの適切な差別化ポイントであると捉えるべきでしょう。
世の中には2892-A2ポン載せでこの倍くらいのプライスタグが付いている時計がある事を考えると、オメガはかなり良心的です。
3. 中核モデルに対して有意に安価であるか
オメガを正規価格で買うの人いるのか説はさておき(私はブティックで買う意味は十分あると思っている派ですが、その話は別の機会にでも)、税抜38万円という定価は妥当な所だと思います。
今やマスターコーアクシャルを前面に押し出して中核モデルの高価格化が進むオメガです。シーマスター・ダイバー300Mが税抜56万円、スピードマスター・プロフェッショナル(Cal 1863)が税抜65万円ですから、デ・ヴィルは良い所を突いています。
特筆すべき特徴には欠けますが、クリーンでタイムレスなデザインと十分高性能といえるキャリバーを有する優れた時計です。
それこそ初めての機械式時計にコレを買っても、一生使えるデザインと実用性ですから隠れた名作と言えるかも知れません。
しかしやはりシーマスターやスピードマスター的な要素を味わいたいという人には、コレは違うと思われるでしょう。
そいういう人向けにはシーマスター・ダイバー300Mの36.25mmというモデルがあります。
デ・ヴィルと同じくOMEGA 2500を搭載するモデルですが、コーアクシャル脱進機搭載、COSC認定、30気圧(300m)防水モデルなので、スペック的にはかなりのものです。
さらにサイズは違いますが、見た目は完全にシーマスターなので、これはスポーツモデルのエントリーとしての満足感は高いでしょう。
価格は税抜44万円です。最新のMETAS認定モデルとの12万円の差をどう考えるかでしょうかね。
個人的にはオメガのマスタークロノメーターは本当に凄いので、どうせならそっち行くかなという気はします。
<Seamaster Diver 300M 36.25mm / OMEGA>
IWCの例
Portofino Automatic / IWC
出典:www.iwc.com
Ref:IW356501
ケース径:40.0mmケース厚:9.5mm
重量:-
ケース素材:ステンレス・スティール
風防:サファイア・クリスタル
裏蓋:ステンレス・スティール
ベルト素材:アリゲーター・レザー
バックル:ピンバックル
防水性:3気圧(30m)
価格:505,000円(税抜)
三つ目はIWCポートフィノです。なんとなく似てますね、デ・ヴィルに。しかしこちらの方が細いラダー型のラグを合わせてよりクラシックな面持ちです。
何気なく60のミニッツマーカーを赤くしているあたりが、IWCらしい小洒落たポイントですね。
1. ブランドの魅力を十分に伝えているか
デザイン面に関してはその役割を十分に果たしています。IWCの中では最も保守的なデザインですが、ブランドのエースであるポルトギーゼに通じるエレガンスを持っています。
必ずしもポルトギーゼの代替と考える必要はないですが、やはりDNAは共通していると感じられます。
その中で、ローマンインデックスと細いラグでクラシカルにまとめており、はっきりと個性を持ったコレクションです。
ポリッシュされたアプライド・インデックスに立体感のあるリーフハンズの仕上げは上質で、外装仕上げに定評のあるIWCのいい所を存分に味わえる一本となっています。
この辺りの質感は前述のデ・ヴィルを明らかに上回っていますね。
2. 納得感のあるコスト低減が図られているか
コスト低減策は定石通り、3針デイトに機能を限定する事と、エボーシュベースのムーブメントを採用する事で達成しています。
型番:Cal 35111
ベース:SELLITA SW 300-1
巻上方式:自動巻
直径:25.6mm
厚さ:3.60mm
振動:28,800vhp
石数:25石
機能:センター3針デイト
精度:日差 0/+7秒
PR: 42時間
搭載するCal 35111については#73のマーク18でも触れた通り、セリタベースの機械です。
インハウス・キャリバー開発能力があるにも関わらず、エントリーモデルにはエボーシュ改を使うというやり方に違和感を持つ人がいるのは、正直分からなくもないです。
スウォッチグループ総裁のハイエック氏がキレたのは正にこの点な訳ですしね(色んなメーカーが良質安価なETAを使って高額な時計をバンバン売ってた事に業を煮やした)。
ではIWCはそんなに不義理なのかと言うと、確かに35111がセリタベースと公表していない点は褒められたものではないと思います。
しかしIWCは精度の調整など相当程度のカスタムをしている事で知られていますから、彼らの中ではインハウスではないにしろSW300とは別物だという思いがあるのでしょう。
出典:www.iwc.com
3. 中核モデルに対して有意に安価であるか
税込50.5万円という価格はポルトギーゼの税抜75.5万円に対しては十分お買い得です。
というかポルトギーゼは自社製キャリバーモデルとなると125万円まで行きますから、それを考えるとかなり戦略的な価格設定である事が分かります。
一方で他社比でいうと上述のオイスター・パーペチュアルとほぼ同レンジです。あちらはSSブレスレット、インハウス・キャリバー、高精度クロノメーター、100m防水でありダイアル仕上げもホワイゴールド製のアワーマーカーを使うなど十分上質です。
スペックだけで見るとロレックスのバリューの高さが優っているのは明らかでしょう。
では何をもってポートフィノはこの価格を正当化するのかというと、デザインやブランド力という事になります。
デザインは好みの問題です。なのでポートフィノの方が明らかに格好いいと思う人にとっては、この位の価格差は気にならないでしょう。(ちなみにMinority’s Choice 的にはデザインセンスはIWCが圧勝です)
ブランド力というのはさらに複雑な問題ですが、IWCとロレックスのレベルでどちらが格上かなんてのは、その人が何を重視するか次第です。
出典:www.iwc.com
世界的な人気で言えば圧倒的にロレックスが上です。時計の実用性(精度や堅牢性)についてもロレックスが上でしょう。
しかし歴史や自社製のグランドコンプリケーションまで有するコレクションの奥行きではIWCが優ります。
価格レンジが近い事もあって何かと比較される両者ですが、決着をつけようなどというのはナンセンスであり、個々人が気に入った物を選べばそれで良いのです。
そして他人の選択は尊重しましょう。それが大人というものです。
最後話が逸れましたが、やはりメジャーブランドのエントリーモデルというのは見てみると面白いです。まだ気になるブランドがあるので、第2弾も書こうと思います。