私自身の毒親解毒活動(略して「ゲド活」と呼んでいる)は、決して順調に進んだわけでも、すべて完了したわけでもない。今でも自己卑下はあるし、モラハラ夫や娘を怖いと感じたり、気がつけば夫の不機嫌を自分のせいだと思い込み、取り繕おうとしてしまう自分がいたりする。「やばいやばい」と思いながら。そして、夫を許せない気持ちや、そんな夫を選んでしまった自分への後悔、さらに自分の怒りや寂しさに子どもたちを巻き込んでしまったという自責の念が、今も心の中に存在している。

 

でも、過去と比べて少しずつ前に進んでいる今、一つだけはっきりと言えることがある。それは、自分自身で「毒」を手放せるかどうかの決定的な要素は、「気づく力」と「省みる勇気」、そして「行動力」ではないかということ。まずは、気づかなければ何も始まらない。

 

「自分は大丈夫。子どもはちゃんと言うことを聞くし、おとなしくていい子だってよく言われるし、勉強もそこそこできてるし…」なんて、うっかり思い込んでいた。大馬鹿者だった。子どもは本当は寂しくて、もっと構ってほしかったのに、私を怒らせないようにおとなしくしていた。本当は友達とケンカしたとき、慰めてほしかったのに、一人で泣いて、悩んでいた。

 

私は娘に、自分が通ってきたのと同じ道を歩ませてしまっていた。本当にごめんね。

あなたがいつも幸せで、将来、笑顔の絶えない心地よい家庭を築いていけるように―母は、超特急で自分を立て直していくからね。

(つづく)