私は毒親育ちの自称毒親。毒親という言葉は好きじゃない。でも数年前に、成人した娘が涙ながらにそれを指摘してきた時、頭をハンマーで殴られた感覚に陥った。本当に「ガーン」という音が頭で鳴り響いた。私は自分の母親のようには決してなるまいと心に決めて子育てしてきたつもりだったけど、まさかこの自分が母の二の舞を踏むことになるとは夢にも思ってみなかった。ちょうどその頃息子が思春期で自分の意思を伝えようと感情的になることが増え、彼は夫と毎日のようにやり合い、夫は近所に聞こえるほどの大声をあげていた。私が毒親なら夫も然り。でも私は暴力暴言の中で育ったので、それが普通だと思っていた。妻は夫に従うべきという古いしきたりと母親からの洗脳。だから何も言い返せない。私は息子を娘を守ってあげられなかった。子供を連れて夫から逃げたかった。大嫌いだった。当時の日記には「あいつ大嫌い」の文字が幾度となく重ね綴られている。もうこの家庭は再建不可能。全部私のせいだ。この場から逃れたい。死んでしまいたい。何度も何度もそう思った。
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あれから5年。今、あの頃と比べたらちょっとはましになったと思う。トンネルの向こうに光が見えてきた。今、家庭の中に怒鳴り声の代わりに会話と笑顔が存在する。ここまでくるのは容易ではなかった。様々な心の葛藤の整理や自分に植え付けられた価値観と向き合う作業をしていくうちに明らかに変化を感じれるようになった。全ては私のこころ次第だった。それが何よりの学び。これから少しずつ気の向くままに自分が実際に何と向き合ってきたのかをここにシェアしていきたいと思っている( ˊ̱˂˃ˋ̱ )
