いやぁ〜、お久しぶりでございます🙇♀️🙇♀️
宣言通り(?)になかなか更新できず申し訳ない限りです🙇♀️
新しいお仕事が締切当日まで終わらず、やっと終わった……と胸を撫で下ろしたところでトラウマの日が来てしまいまして…
ようやく色々と落ち着きましたので、また再開させていただきます。
先日、トラウマのきっかけであるいじめを受けた日から12年が経ちました。
もう干支を1周してしまったんですね…。(奇遇にも年女です🐰)
毎年この時期は決まって体調を崩します。
もう恒例行事です。笑
今年は病院で少し強めの薬を処方してもらっていたのでほぼ1日中寝ていました。
いや、寝ていたというより意識をわざと飛ばしていたが正確なニュアンスかもしれません。
食事も排泄も最低限に済ませて、なるべく布団から出たくなかったんです。
トラウマの日は私にとってすべてが苦痛になります。
幸いにも今年は土曜日だったので小学校のチャイムが聴こえることもなく、割と心穏やかに過ごせたかなと思います。
だけど、やっぱり消えてほしい記憶は消えてくれなくて。
年を重ねるごとにパズルのピースが欠けていくみたいに残った嫌な記憶だけが色濃くなってしまっています。
ある人は言いました。
「そんなこと早く忘れたらいいのに」
「いつまでそんなこと引きずってるの」
私だって忘れられるものならキレイさっぱり忘れたいです。
消えてくれないんです。
どうしたって11歳の私には抱えられないほど重たいものだったから。
せめて学校の先生が味方でいてくれたなら少しは変わっていたのかもしれません。
でも、あの人たちは味方ではなかった。
ただ問題を表に出したくないだけの汚い大人だった。
謝罪の場を設けたからそれでいいでしょ?なんて、今でもふざけんなって思います。
犯罪と変わらない内容をたった3文字で片付けられてしまうのがいじめです。
時効はとっくに過ぎているから私は何もすることが出来ません。
(当時のいじめの時効である)3年ですべて曝け出せるほど心は強くなかったし、人権侵害として訴えるには1年以内だと言われました。
私に残されたのは、加害者の保護者からの謝罪文と念書、それから精神障害です。
12年の時が経って改めて思うのは、いじめを犯罪と同じように扱ってほしいということです。
暴行、傷害、恐喝、器物損壊、強制わいせつ……こんなにも犯罪のオンパレードなのに「子どもがやった事だから」と何の罪にもならない。
正直、個人的には少年法だとかどうでもいいと思ってます。
14歳未満でもきちんと裁いてほしいです。
最近の迷惑動画とかもそうですよね。
司法が裁かないから社会が私刑にする。
もちろん、行き過ぎたものは私もどうかと思いますが…
やはりある程度は必要なんだと思います。
ごめんなさい、話が逸れてしまいましたね💦
いじめは到底許されるものではないし、私自身もすごく加害者を恨んでいます。
でも、いじめにあって…そこから得たものもたくさんあります。
12年経ったからこそ思うのかもしれませんが…。
人の心に寄り添う仕事がしたいと心理士を目指したことも、独学でも法律をちゃんと勉強しようと思ったのも、絶対に誰も傷つけないと誓ったのもすべていじめられた経験があったからこそだと思っています。
当たり前のことだけど、人に優しくするのは人の痛みが分かるから。
痛めつけられた経験があるから。
ちゃんといじりといじめのボーダーラインが分かるのも経験があってこそだと思います。
超えてはいけない一線には絶対に触れない。
人間には『絶対』は無いけど心がけています。
また13年目が始まりました。
たぶんこの苦しみは終わることはありません。
過去は変えられないし、忘れることも出来ないけど私なりにポジティブに受け止めながら『現在』と『周りの人たち』に感謝していきたいと思います。