こんばんは。
昨日の話から思い出したことなど。
私はあまりイライラしない。特に電車遅延とか道路渋滞とかでは。イライラしても焦ってもどうにもならないときは、イライラしないことにしている。
他のルートはないかとか、遅れたらなんと言い訳しようかとかは考えるけど。
対処法を探り終えたら、それ以上は考えないことにしている。
基本的なスタンスは
「人事を尽くして天命を待つ」
「考えてもどうにもならないことは考えない」
の二つに集約されるかな。
できることはないか、手の打ち方は考える。
対処できることは対処する。
対処の方針が決まれば、後は考えない。
手の打ちようがないことを思い煩ってもしかたない。
例えば、特別なお出かけ。当日は晴れて欲しい。でも降りそう。とか。
晴れたらどうする、雨ならこうすると、方針を決めたら、もう考えるのをやめる。
それでも雨だったらいやだなぁ…なんて考えても、降るかどうかはわからない。
わからないことで悩んでもプラスにならない。
基本的には、いつもそんな感じ。
だから、くよくよ思い悩むことはあまりない。イライラすることもあまりない。
こういう考え方を身につけてから、いろんなことが楽になった。
でも、いつからこんな考え方を身につけたのか、自分でも不思議。
ただ、対処法があるのかないのかわからないとか、対処法が有効かどうかわからないとか、そういうことで悩んだり迷ったりはするけれど。
たいていはそんな感じでやり過ごせるんだけど、そうもいかないときもある。相手が近しい人であるとき。
相手が渋滞とかお天気とかなら、私の手には負えないことがあきらかなので、すっぱりきっぱりあきらめて、現実を受け入れることができるのだけど。
相手が家族だったり、深く付き合ってきた生徒だったりすると、なかなか、そう上手に割り切れないことがある。
相手が近いほど、なんとかできるのではないか、相手を変える方法があるのではないかと、実際以上に何かができる気になってしまうのかもしれない。相手が近いほど、相手に期待してしまうこともあるのかもしれない。
どんなに近くても、人を変えることは難しいのに。無意識に、そんな期待をして悪あがきしてしまうことがある。
家族でも、相手は私じゃないのに。
でも、まあ、基本的には、これでだいたいのことはやり過ごせる。
考えてもどうにもならないことは考えない。
これは、いいですよ。