Mさんという女性の話。

10代の頃のMさんは特に何かするわけでもなく毎日フラフラと過ごしていた。今でいうパパ活のような事だったり、ろくでもない男と付き合って別れてを繰り返したり、あまり褒められたような生き方ではなかった。

そんな生活をしていたある時、たまたま知り合いに誘われて観た演劇にひどく感動し、これが自分のやりたい事だとこれまで付き合っていた悪い連中との関係を断ち、女優になるため劇団に入った。

それからのアルバイトをしながら真面目に練習し、1年ほどした頃にはちょっとした役ももらえるようになった。そして少ないながらも何人かの追っかけのようなファンもできた。

その中の1人にNさんという女性がいた。
Mさんと同い年くらいの彼女は、Mさんが出演する回には必ず観に来て、毎回出待ちしてくれていた。それから終演後に出待ちしているNさんに話すようになり、少しずつ顔見知りになっていった。


そんなある時、劇団の稽古場に行くとそこにNさんがいる。


「あれ、なんでここにいるの?」

「今日から練習生になったの」


Nさんは笑顔で答える。そんな事を聞いてなかったので入団の理由を尋ねると「演じる方に興味があった」「Mさんをびっくりさせようと思って」と言う。

顔見知りのNさんの入団をMさんは素直に喜んでいた。それからは練習を一緒に受けたり、終わった後にご飯を食べに行ったりするようになった。

実際に一緒にいると地元が近かったり好きなものが同じだったりと何かと話が合う、それで次第に仲良くなっていった。

そんなある日、練習が休みでMさんとNさん、そして別の劇団員の3人で出かける事になった。

当日、電車の遅延があり少し遅れて待ち合わせ場所に着いたMさんだったが、そこにはNさんだけしかいなかった。聞くともう1人は急用でドタキャンになったのだという。仕方ないと2人で買物を楽しんだ。

翌日、ドタキャンした本人と一緒になったので「昨日なんかあった?」と聞くと「え、どういう事?」とキョトンとしている。どうやら前日Nさんから買物自体がなくなったという連絡があったのだという。

どういうつもりでこんな事したんだろう?

Nさんに違和感を覚え始めた。
そうなると色んな事が気になり始める。

何処に行くにも常に一緒にいようとしたり、同じピアスを買おうとしたり。Mさんが他の誰かと話している時、その話に割って入り睨みつけてきた事があった。まるで他の人をMさんから遠ざけようとするかのようだった。

そんなことが少しずつストレスになってきたMさんは、練習終わりに同じ劇団員の先輩Oさんに相談するのだが


「ファンから入ったからちょっと矢印が強くなっちゃってるだけじゃないかな、きっと仲良くしたいだけだよ」


と、気にしない方が良いとの言う。本当に気にし過ぎなのだろうか、Mさんは釈然としなかった。


そのうちにNさんの態度は段々とエスカレートしていった。休みに何をしていたか聞き出そうとしたり、練習中だけでなくプライベートでも一緒にいようとしたり、劇団と関係ない友達の事を聞いてきたり、Mさんと全く同じ服を買って練習に着て来たり。


そんなある日、全体練習後に残って個人練習をしていると一緒に練習しようとNさんが言ってきた。本番が近く1人で細かく練習したかったMさんはやんわり断るのだが「2人の方が上手くなれる」と引き下がらない。

そのあまりのしつこさと今までの事も相まって


「どっかいなくなってよ!」


Mさんは思わず声を荒げてしまった。


「ひどい……」


そう言ってNさんは稽古場から出て行った。そして翌日からNさんは練習に来なくなった。

Mさんは言い過ぎたと思っていたが、少し気が楽になり本番に向けての練習に身が入るようになった。


それから半月ほどした公演の最中の話。
自分の出番がきて舞台に出る。ステージから客席を見ると3分の2ほど埋まっていた。その客席の中にふと、Nさんがいるのを見つけた。

なんだ、観に来る元気はあるじゃない

そう思いながら役を演じる。練習の成果か、演技自体は上手くいった。ただ、時々客席を見るとずっとこっちを見ているのだろうか、Nさんと必ず目が合うのだ。そして、その顔には薄っすら笑みを浮かべている。それが不気味に感じた。

翌日の公演、Mさんがステージに出るとまた客席にNさんがいた。前日と同じように薄ら笑みでこちらを見ていた。

それから2週間の公演期間中、Nさんは全公演で客席にいた。Mさんが出ている間はずっと薄ら笑みを浮かべながらMさんを見続けていた。

これはさすがに気味が悪いと思い、O先輩に相談した。すると思わぬ反応が返ってきた。


「Nが観に来るわけない。だってあの子、この前亡くなったのよ」


O先輩が言うには、Nさんに怒鳴ったあの数日後、車にはねられてそのまま亡くなったのだそうだ。じゃあ客席にいたNはいったい?


それからも公演があると客席にNさんが座っているのが見えた。ずっと薄ら笑いでMさんを見つめている。公演中、O先輩にも舞台袖から客席を見てもらったのだが、どうやらNさんの事は見えていない。MさんにしかNさんは見えていなかった。


そんな事があり、Mさんは気が病んでしまい、劇団を休みがちになった。

女優の夢を諦められないMさんだったが、外に出かけた時に町中でNさんの姿を見かけてから、外にも出られなくなったそうだ。


「今に部屋の中にもNが出てくるような気がしてるんです。でも、ここまで恨まれるような事をNにした覚えはないんです。何故、Nは私の前に出てくるんでしょうか」


Mさんが見ているNさんは幽霊だったのだろうか、それとも不安が生み出した幻覚なのだろうか。