行きつけのバーでXが飲んでいると、見知った顔を見かけた。
「お、Xくんか、久しぶり」
知り合いのAさんだった。Aさんは40代くらいの男性で、Xくんとはこのバーで知り合った常連同士だった。ただ最近はあまり見かける事がなかったので、どうしたんだろうと気になってはいた。
「半年ぐらいぶり…ですか?飲む店変えたんですか?」
「いや、しばらく飲みに出てなかったんだよ。アルコール自体も久しぶりなんだ」
「身体でも壊したんですか?」
そう聞くと「そういう訳じゃないんだ」と言って、Aさんは話し始めた。
7ヶ月前、ある居酒屋での飲み会の帰りの事。Aさんはお酒を飲んでいない友人のBさんの車で自宅まで送ってもらっていた。
「結構飲んでしまったなぁ、フラフラだ」
かなりの酩酊状態で、運転しているBさんの話もよく理解できないくらいだった。
すると突然、
ドン!
キキーッ
大きな衝撃音の後にブレーキがかかる。Aさんは思わずバランスを崩し前のめりになった。
「どうした?」
「やばい、人を轢いた」
それを聞いて慌てて車を降りると、車の横に女性が倒れている。
「大丈夫ですか!」
女性をさするBさん。確認すると、意識はないものの息はしているようだった。そこでBさんは意識がなくならないようにとその女性に声をかけ、その間にAさんは警察と救急に電話した。
しばらくして、救急車の音が聞こえてきた。
「もう少しだぞ」
そう言って女性がいる方を見る。だがそこに倒れているはずの女性がいない。そこにはBさんが呆然と立っていた。
「あれ、どこいったんだ?意識が戻ったのか?」
「いなくなった……一瞬目を離したら……」
Bさんに聞くと、救急車のサイレンが聞こえたので音の方を見たほんの1秒ほどの間に倒れていた女性が忽然と消えていたそうだ。
そんなばかな、そう思いあたりを見回したが女性がいるような気配がない。2人で探しているうちに救急車とパトカーが到着した。救急と警察に事情を話したのだが、女性がいない事と、車に事故の痕跡がなかった事から、酔っ払いの戯言だと思われ見間違いであると処理された。
そんな事があった以降、Bさんは常に酔っ払ってるくらいに酒を飲むようになった。
あの事故の後から、車に乗るとルームミラーにいないはずの人が見えるようになったそうだ。鏡に写るその人は、あの時に轢いてしまった女性なのだそうだ。ルームミラーごしにずっとその女性がこちらを睨んでいる。その女性を見たくないBさんは車に乗るのを避けていたのだが、どうしても生活のために乗らなくてはいけない場面が出てくる。運転を避けきれなくなったBさんは常に酔っ払って運転できないよう、酒を常に飲んでいるのだという。
「確かに触った感触があったんだよ、飲んでもその感触だけは手から抜けないんだ」
Bさんはそう話しているそうだ。
Aさん自身はあれから酒を飲むと、あの時轢いた女性が見えるようになった。お酒を飲んでしばらくすると、その女性が立っているのが見える。そして恨めしそうな顔をしてAさんの方をジッと見ているのだそうだ。
それを見てしまうのが嫌で、お酒を飲むのを控えていたのだという。
ただね、とAさんは言う。
「Bさんの事を考えるとさ、酒を飲んでいるのが幸せか、飲んでいないのが幸せなのかわかんないんだよ」
Aさんは苦笑いしていた。
「じゃあ今、Aさんはその女性が見えてるんですか?」
Xはたずねると、Aさんは首を横に振る。
「Xくんがいろいろ抱えているからね、自分より強い霊が怖くて出てこないんじゃないの?」
「ちょっと、驚かさないでくださいよー」
Xは幽霊を見た事ないのでそんな自覚はなかったが、Aさんが今日は幽霊を見る事なくゆっくりお酒を飲めているのならそれで良いかと思ったそうだ。