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【ハノイより】『自分勝手な還暦男』

仕事の関係で一年間の2/3は、ベトナムはハノイを拠点に、
主に台湾、インドネシア、タイ、マレーシアなど東南アジアを訪問しています。

 

 

 

#GW後の備えはOKですか?

 

毎年、ゴールデンウィークが終わると、日本のビジネス現場には独特の空気が流れませんか?

 

こんにちは中島でございます。

 

すでにGWのお休みを楽しんでる方もいますが、多くの皆さんは暦通りだと思いますでの、GWは明日からの5連休が本番ですね。

 

そんな楽しみな連休を前に、少し嫌なことを書きますのでご容赦ください。

 

 

※主催団体のニュースレター最新号です

 

 

 

連休後の準備はお済ですか?

 

 

休暇明け特有のけだるさ、机に積まれた未処理の書類、未読のままになっているメール。

 

多くの人が「さて、また日常か」と思いながら、苦々しく仕事を始める姿を、私自身もう何年も見てきています。

 

ただ、本当に注意深い皆さんは、この休養明けこそが重要だということを理解しているではないでしょうか。

 

特にGW明けは、「日常への復帰」ではなく、極めて重要な転換点でもありませんか?

 

新年度が4月に始まり、慌ただしい立ち上げを終えてGWに入る。

 

休み明けに最初に出社する1週間、その中で交わされる会話、決裁される予算、結ばれる契約、そして経営判断の数々が、その年の上半期、ひいては通期の業績を大きく左右するかも知れない。

 

今回は、そんなGW後のことを整理してみました。

 

私らしくない内容ですが、あくまでビジネス上での事なので、ご興味があれば最後までお付き合い下さい。

 

 

 

 

 

1. 「5月病」と組織の見えないコスト

 

GW明けにまず話題になるのが、いわゆる「5月病」です。

 

・新入社員が入社から1ヶ月を経てモチベーションを落とす

・友人との給与や勤務条件などの比較からの失望

・中堅社員も連休のリラックスから現実に引き戻されて気力が湧かない

 

こうした現象は、私が仕事を始める以前から、もう何十年も毎年のように繰り返されます。

 

ただ、今までこれを単なる「休み明けの気の緩み」で片付けてはいませんか?

 

組織としてみたとき、5月病は目に見えない巨大なコストとして現れます。

 

①生産性の低下と離職リスクの顕在化

厚生労働省や民間調査会社のデータを見ると、新卒社員の早期離職を意識し始める時期として、5月から6月に最初のピークが訪れると言われています。

「思っていた仕事と違う」

「人間関係が合わない」

「やりがいを感じられない」

こうした違和感は、4月の教育や研修期間中にも芽生えますが、GWで一度立ち止まり、家族や友人と話す中で「辞める」という選択肢が現実味を帯びてくるそうです。

経営側の視点で見れば、採用にかかったコスト、研修にかけた時間、配属先での教育負担、そのすべてが水泡に帰するリスクが急上昇する時期だということでなんでしょう。

 

②中堅・ベテラン層も例外ではない

意外と見落とされがちなのが、中堅・ベテラン層のメンタルダウンですよね。

新人ほど目立たないものの、長期休暇で家族と過ごす時間が増え、自分のキャリアや働き方を見つめ直す機会が生まれ、

「このままこの会社にいていいのか」

「もっと挑戦できる場所があるのではないか」

そうした問いが、GW明けの行動を変える起点になる場合が多いのがこの層と言われています。

実際、転職市場では、GW明けの応募数が顕著に伸びることが知られており、仕事に慣れている人材の流出は、企業にとって新卒の離職以上に深刻なダメージとなります。

 

③今やるべきこと

経営者や管理職層などがGW明けにやるべきことは、GW明けの1〜2週間は、意図的に「対話」を増やすことに尽きますので、1on1の頻度を一時的に上げる、ランチや夕食を一緒にとる、形式ばらない雑談の場を作るなど、これだけで、離職リスクは数値で見える形で下がるかも知れません。

人材を「コスト」ではなく「資本」と捉えるなら、GW明けこそ最大の投資タイミングです。

 

 

 

 

2. 経済指標と市場の動き 

― 投資家が注目する5月

 

依然として国際情勢は不安定なものの、日経平均は6万円を突破したり、一見経済が好調に見えていますが、我々庶民はその実感が全くないという声が多く聞こえてきます。

経済の指針ともいわれる株式市場も、GW明けは特別な時期だと言われます。

それは、日本株は連休中に外部要因の影響を受けつつも取引できないため、休み明けの初日に一気に値が動くことがしばしばあるからだそうです。

株を含め、投資に興味がない私でも、この動きには注目しています。

 

①「Sell in May」は本当か

ウォール街には古くから「Sell in May, and go away(5月に売って去れ)」という格言があるそうです。

歴史的にみると、5月から夏場にかけて株価のパフォーマンスが鈍る傾向があり、米国市場ではこの傾向がデータでも確認されているそうで、日本市場でもこの言葉はしばしば引用されますが、近年はやや事情が異なるそうです。

日銀の金融政策、為替動向、米国の利上げ・利下げ局面、地政学リスクなど、複数の要因が複雑に絡み合い、過去の経験則は単純には当てはまらなくなっています。

それでも、GW明けに発表される企業決算は、市場に大きなインパクトを与えるという事実は変わりませんよね。

3月期決算企業の本決算発表が4月末から5月上旬に集中し、今期の業績見通しが示されることで、銘柄ごとに大きく評価が分かれるのもこの時期と言われています。

 

②為替の動きに注目

GW中、日本市場は休場でも、海外市場は動いています。連休中に円安・円高が大きく進めば、休み明けの輸出関連株、輸入関連株、訪日インバウンド関連銘柄に強い反応が出ます。

特に近年は、円安局面が長期化したことで、輸出企業の業績は押し上げられる一方、輸入物価の上昇が国内消費を圧迫する構造が続いています。

GW明けの市場は、この「光と影」が改めてクローズアップされる場でもあるそうなので、投資をされている皆さんは、連休中でもチェックは必要ですね。

 

③経営判断に効く「決算後の余韻」

業績を発表する側の企業にとっても、GW明けは正念場です。

発表内容に対する市場やメディアの反応を見ながら、IR戦略、株主還元方針、設備投資計画を微調整していく時期になります。

中小企業であっても、上場企業の動向は仕入れ先・販売先の戦略変更を通じて自社に波及してきますから、「うちは上場していないから関係ない」と切り捨てずに、主要取引先の決算と株価の動きには目を配っておいて損はないですよ。

 

 

 

 

3. 人事・採用の現場で起こること

 

GW明けは、人事担当者にとって特に忙しい季節です

 

①中途採用の本格化

前述のとおり、転職活動はGW中に活発化します。

多くの転職サイト・エージェントが、GW明けに合わせて求人特集を組み、企業側もこのタイミングで採用枠を増やします。

特に注目すべきは、「即戦力ハイクラス層」の動きです。

役職者、専門職、グローバル人材など、市場価値の高い層は、GWにキャリアの棚卸しを行い、5月中旬以降に水面下で動き始めると言われています。

秋採用が本格化する前の今こそ、自社からの流出を止める一方で、優秀な人材をピンポイントで採れるチャンスの時期でもあるそうですよ。

人事担当の皆さんは要チェックです。

 

②新卒採用も第二フェーズへ

新卒採用は3月の広報解禁、4月の選考スタートを経て、大手企業の早期選考は5月中にほぼ終盤を迎えます。

中堅・中小企業はここから本格的に動く形になり、ターゲット層が変わるGW明けは戦略を見直す絶好のタイミングと思っています。

「大手を逃した優秀層」

「条件の合う第二志望層」

「地方・中小に目を向け始めた現実派」

こうした層に向けたメッセージングを工夫することで、後半戦の採用成果は大きく変わります。

SNSを使った採用コマーシャルが流行のようですが、過度な演出はかえってマイナスになりますのでご注意を。戦略の再考をお早目が吉です。

 

③海外人材の受け入れも本格化

ここはまさに、海外人材・育成事業に携わる立場として注目するところですが、GW期間中はビザ手続きや渡航準備が一時的に滞りがちですが、明けると一気に動きが戻ります。

日本側の受け入れ企業も、4月入社組の定着状況を見ながら、夏に向けた次のロットの採用を本格化させます。

ベトナムをはじめとするASEAN諸国からの送り出し機関も、5月のこのタイミングで日本側企業との打ち合わせを増やします。

介護、建設、製造、外食、ITといった分野で、人材ニーズが具体的な数字として動き始めるのが、まさにGW明けです。

 

 

 

 

4. 営業・マーケティングの転換点

 

GW明けの戦略会議、ビジネスチームによる打ち合わせ

 

営業職にとっては、GWは取引先との関係性をリセットする「踊り場」のような期間です。

 

①上期予算の進捗確認

多くの企業は4月始まりの会計年度を採用しています。

4月の1ヶ月でどれだけ受注が積み上がったか、GW明けに最初の中間レビューが行われるケースが多く見られます。

ここで進捗が思わしくなければ、戦略の修正、リソースの再配分、価格戦略の見直しなどが矢継ぎ早に決定されます。

逆に好調な企業はアクセルを踏み込み、追加投資を決めます。

業界内で勝ち組と負け組の差がはっきり開き始めるのが、GW明けの数週間です。

 

②BtoB営業のリブートタイミング

法人営業の現場では、GW前に出していた提案書の返事、見積もり、稟議の結果が、GW明けに一斉に動き出します。

「連休明けに改めてご連絡します」と告げられた案件をどう確実にクローズするか、営業部門の腕の見せどころです。

また、新規開拓の観点からも、「GW明けの最初の接触」は印象に残りやすいという特徴がありますから、連休でリフレッシュした担当者は、新しい情報や提案を受け入れる余裕があります。

逆にGW直前は気もそぞろで、提案が記憶に残らないことも多いのが特徴なので、皆さんお気を付けを・・・・・。

 

③消費者向けマーケティングは「夏商戦」へ

BtoC領域では、GW後すぐに視線は夏商戦に移ります。

ボーナス商戦、夏のセール、お中元、夏休みの旅行需要、ビアガーデンや夏フェスといった季節イベントの仕掛けは、すべてGW明けの数週間で大枠が決まるそうです。

特にECや小売は、GW中の販売データを即座に分析し、夏商戦の在庫計画と販促予算を見直しますので、意思決定の速さが、夏からの業績を大きく左右しますよ。

 

 

 

 

 

5. グローバルビジネス視点

 

GW後に起こることを語るうえで、グローバル視点を欠かすことはできません。

 

ここベトナムもそうですが、日本のGWは海外から見れば「ただの平日」で、世界の経済は止まっていませんからね。

 

①為替・原油・地政学の集中チェック

連休中に世界では何が動いていたか、GW明けの最初の経営会議では必ずレビューが必要です。

・主要通貨の動き

・エネルギー価格

・地政学リスク

・主要国の金利動向

これらは中小企業にとっても無関係ではなく、輸入原材料の価格、海外送金のコスト、物流費、人件費の現地通貨ベース、これらはすべてに直結しますのでご注意を。

 

②ASEANと日本の「人と経済」のリンク

近年、日本企業のASEAN進出、ASEAN人材の日本受け入れ、双方向のビジネス機会は加速度的に増えています。

ベトナムを例に取れば、ハノイやホーチミンには日系企業のオフィスが集積し、現地スタートアップとの提携、製造業の生産拠点、IT人材の確保、不動産投資など、領域は多岐にわたります。日本のGWはベトナムでは普通の営業日であり、現地パートナーは「日本側の動きが止まる1週間」という前提で計画を立てています。

GW明けに動き出すとき、現地側はすでに次の一歩を準備して待っています。

この「時差」を意識して、休み明けの初日にスムーズなコミュニケーションを再開できるかどうかが、海外取引の成否を分けます。

 

 

 

 

 

 

6. 中小企業・スタートアップにとってのGW後

 

大企業の話ばかりではなく、中小企業やスタートアップにとっては重要です

 

①資金繰りの最初の正念場

3月決算企業であれば、5月末が法人税の納付期限ですよね。

GW明けの数週間は、決算書の確定、納税資金の準備、銀行との交渉が同時並行で進みます。

これは、中小企業にとっては、ここで資金繰りに余裕がないと、夏のボーナス支給、設備投資、新規採用、すべてに影響が出ます。

GW前に予測していた資金状況と、明けてからの実態がずれていないか、必ず再確認する必要があります。

 

②補助金・助成金のタイミング

経済産業省や中小企業庁、各自治体の補助金・助成金には、GW明けに公募が開始されるものが少なくありません。

事業再構築、IT導入、ものづくり、人材確保、海外展開、それぞれに枠があります。

公募開始から締切までは短いものが多く、GW期間中に申請書類の素案を準備しておけるかどうかで、採択のチャンスが大きく変わります。

 

③スタートアップの調達タイミング

ベンチャー業界では、GW明けに資金調達のクロージングが集中する傾向もあります。

年度初めに動き始めた交渉が、5月中旬から6月にかけて契約締結に至るケースが多く、これが夏のメディア発表ラッシュにつながります。

逆に、調達がうまく進まないスタートアップにとっては、夏から秋に向けてバーンレートを管理し、ピボットや事業縮小の判断が必要になることもあり、GW明けはスタートアップにとって「光と影」が同時に訪れる時期でと言われています。

 

 

 

7. 個人としてのGW後 ― キャリアと働き方

 

ここまで企業・組織の視点で書いてきましたが、ビジネスパーソン個人にとってのGW後にも目を向けたいと思います。

 

①キャリアの棚卸し

長期休暇は、自分のキャリアを冷静に振り返る貴重な機会です。

GW中に家族や友人と話した内容、読んだ本、訪れた場所、その経験から得た気づきは、休み明けの行動を変える原動力になります。

「このまま今の会社にいるのか」

「副業を始めるべきか」

「資格や学び直しに投資すべきか」

「家族との時間をもっと取れる働き方はないか」

こうした問いに、自分なりの答えを出すことが、その後数年の人生を形作りますかも知れません。

 

②学び直しと自己投資

GW明けに新しい学習を始める人は意外と多くいます。

語学、プログラミング、MBA、資格取得、コーチング――それぞれに動機はありますが、共通するのは「現状維持では先が不安」という感覚ではないでしょうか。

会社に依存しないキャリア、複数の収入源、地理的に縛られない働き方など、これらはもはや特殊な選択肢ではなく、多くの人が現実的に検討するオプションだそうです。

 

③人とのつながりを育てる

GW明けの2週間は、普段会えない人にもう一度連絡する絶好のタイミングです。

「連休どうでした?」という軽い切り出しで、休眠していた人脈が再起動します。

ビジネスは結局、人と人のつながりで動くことがいまだに多いですから、SNSのフォローや「いいね」だけでは生まれない、本当の信頼関係を作るのは、こうした地道な接触の積み重ねは大切ですよね。

 

 

 

 

GW明けの数週間で意識したい5つ

 

最後に、GW明けからの数週間で、特に意識しておきたいポイントを5つにまとめてみました。

 

1. 早めのリズム回復

休み明けの3日間は、勝負どころと言われますが、今回のGWは、2日するとまた週末なので、どうしてもこの2日間を惰性で過ごしてしまいがちになります。

生活リズム、業務リズム、思考リズムを早く戻し、5月後半に大きな成果を出しましょう。

 

2. 数字の再チェック

4月の実績、上期見込み、年度予算との乖離。

数字を直視することから、すべての修正を始めましょう。

 

3. 人との対話を増やす

社内、取引先、家族、旧友。

連休明けの挨拶は、関係を更新する言葉だそうですので、

「久しぶり」

など、まずは簡単な言葉を使ってみてはいかがでしょうか。

 

4. 中長期の意思決定を後回しにしない

忙しさを理由に、AI導入、海外展開、人材戦略、資金調達といった中長期テーマを先送りすると、夏には選択肢が狭まってしまいますよ。

 

5. 自分の心身のメンテナンス

組織を強くするのは、結局のところ一人ひとりのコンディションが大切です。

睡眠、運動、食事、休息。基礎を疎かにすると、酔い判断には至りません。

自身がパフォーマンスを落とせば、判断の精度も鈍ります。

GW明けは、自分自身のコンディショニングを「課題」として位置づけ直す機会と意識しましょう。

 

 

 

 

 

GWは、「ご褒美の休み」ではなく、「次の半年を構想するための余白」だと捉えるのが、私の持論です。

 

連休前に立てた計画

連休中に整理した思考

連休明けに動き出す行動

 

この三つがきれいに繋がることは大きいですからね。

 

一方で、

 

惰性で休み

惰性で復帰し

惰性で日常に戻る人や組織

 

このようでは、半年後に「あのとき動いておけば」と振り返ることになりかねません。

 

長期休暇は、家族などの大切な人と過ごしたりなど、リフレッシュする貴重な時間ですが、仕事の2日前くらいからスイッチを入れることも大切です。

 

GWも後半に入りましたが、まだ遅くありません、休暇後に行うことを整理しておくだけでも、その結果は全く違います。

 

当然ですが、休日中は、会社が拘束する時間ではない分、休み明けにどう動くかを考えることはとても大切なことです。


こうした自己努力を無くし、大きな落とし穴に落ちたとしても、それは組織や他者の責任ではなく、間違いなく自分自身が招いた結果です。

 

今の時代、こうした考え方自体、押し付けてはいけませんか?

 

昭和から脱却できない中島でした。

 

ではまた、

 

 

 

 

 

 

 

 

#これで3度目

 

こんにちは、ベトナムも日本でいうところのGWのような飛び石連休の週を迎えました。

 

今年のベトナムの連休はというと、ベトナム政府が定めた祝日が、

  • フン王命日:4月26日(日)
  • 振替休日:4月27日(月)
  • 4月30日:木曜日
  • 5月1日:金曜日

だそうで、これにより

 

4月25日(土)〜27日(月)で3連休

 

28日、29日は平日となり

 

 4月30日(木)〜5月3日(日)で4連休

 

という感じなんですが、なかには間の平日も休日にして9連休なんて会社もあるそうです。

 

ちなみに、私の場合は日本とベトナムの暦で予定を組んでいますので、連休にならないという何とも不運な結果となっていますショボーン

 

まぁ、旧正月のように、スーパーや飲食店は空いていますので、食料難民になることがない事だけが救いです笑い泣き笑い泣き

 

 

 

犯人の目的とアメリカ社会の闇

 

さて昨日24日、ホワイトハウス記者協会の夕食会で、容疑者が警備担当のシークレットサービス要員に向けてショットガンを発砲し、トランプ大統領夫妻らが緊急退避するという事件が起きましたね。

 

撃たれた警備要員は、防弾ベストにより命に別条はなく、容疑者はその場で拘束されました。

 

米当局によると、政権関係者や大統領が標的だった可能性があるとみて捜査をしています。

 

ドナルド・トランプ暗殺未遂は何度目?

 

◆犯人の目的は何か?

 

皆さんご承知のとおり、トランプ大統領は、公にされているもので、過去に二度襲撃を受けています。

 

なかでも、2024年7月13日、当時大統領候補だったときに、短期間のうちに二度、暗殺未遂として捜査される事件に直面しました。

 

日本でも「トランプ大統領の暗殺未遂は何度目なのか」「犯人はなぜ狙ったのか」といった疑問が一気に広がりました。

 

結論から言うと、2024年に公的機関と主要報道機関が広く認定・報道した「トランプ氏への暗殺未遂」から数え、少なくともこれで3件目です。

 

1件目は7月13日のペンシルベニア州バトラーでの銃撃事件で、この時はトランプ氏は負傷しています。

 

2件目は9月15日のフロリダ州ウェストパームビーチにあるトランプ氏のゴルフ場周辺で起きました。

 

そして今回・・・・・・

 

ただ「何を1回と数えるか」です。

 

たとえば、外国勢力からの脅迫、具体的な計画段階で摘発された案件、あるいは実行に至らなかった未確認情報まで含めると、数字は変わり得ます。

 

2024年9月、米情報当局がイラン発の暗殺脅威についてトランプ氏に説明したと報じていますが、同時に、ペンシルベニア州とフロリダ州の二つの事件については、イランの関与を示すものはないとも伝えています。

 

つまり、「継続的な脅威」と「実際に起きた暗殺未遂事件」は分けて考える必要があるのです。 

 

 

 

●1件目

ペンシルベニア州バトラー銃撃事件

 

この事件は、最も明白な暗殺未遂でした。

 

2024年7月13日、ペンシルベニア州バトラーで開かれたトランプ氏の集会で起きたこの事件。FBIはこの事件を、トランプ前大統領に対する暗殺未遂、そして潜在的な国内テロとして捜査すると明言しています。

 

銃撃によってトランプ氏は耳を負傷し、観衆1人が死亡、ほか2人が重傷を負いました。これは「脅し」や「計画の疑い」ではなく、実際に発砲があり、被害が発生した極めて重大な事件でした。

 

AP通信の時系列整理によれば、容疑者トーマス・マシュー・クルックスは当日、弾薬を購入し、会場近くに車を止め、不審な行動を繰り返した後、トランプ氏の演説会場に近い建物の屋上へ上りました。

 

会場では不審人物として気づかれていたにもかかわらず、最終的に発砲を許した点は、シークレットサービスや地元警察の警備体制に深刻な疑問を投げかけました。

 

APは、クルックスがステージから約147ヤード、つまり約135メートルの位置まで接近できていたと報じています。

 

この事件の衝撃が大きかったのは、単に有力候補が狙われたからだけではありません。

 

銃弾が実際にトランプ氏の身体をかすめ、観衆に死者が出たことで、アメリカ政治における暴力の現実が可視化されたからです。

 

歴史的に見ても、大統領候補や元大統領が選挙運動中にこれほど現実的な危険にさらされた例は多くありません。

 

Reutersも、クルックスが「何十年ぶりかで大統領候補を殺害しかけた人物」になりかけたと位置づけています。 

 

犯人トーマス・クルックスの目的は判明したのか

 

「結局、クルックスはなぜ撃ったのか」という点ですが、FBIは事件直後の段階でも、その後の追加説明でも、決定的な動機は特定できていないと繰り返し説明しています。

 

FBIは7月14日の発表で「犯人の動機は特定されていない」とし、8月下旬時点の捜査状況をまとめたBBC報道でも、「依然として動機は謎のまま」「明確に左派とも右派とも言えない、混合したイデオロギーが見られる」とされています。

 

これは実は非常に重要なポイントです。

 

政治的暴力事件が起きると、人々はすぐに「右派か左派か」「単独犯か組織犯か」「陰謀か」といった枠組みに当てはめたくなります。しかし、当局が確認できた事実は、もっと曖昧でした。

 

Reutersは、FBIがクルックスのSNSや生活歴を調べても、脅迫的な言動や明確な政治思想を見いだせず、依然として動機を特定できていないと伝えています。

 

学校関係者や知人の証言でも、彼は目立った政治活動をしていた人物ではなく、静かで頭のいい若者という印象が多く語られました。

 

一方で、BBCがまとめたFBI説明には、動機こそ不明でも、行動にはかなりの計画性があったことが示されています。

 

クルックスは2023年9月ごろからトランプ氏やバイデン氏のイベントを検索し、共和党・民主党双方の全国大会の場所も調べていました。

 

さらに、バトラーの集会が発表されるとそこに強く注目し、会場の構造やトランプ氏がどこに立つか、さらにはJFK暗殺時にリー・ハーヴェイ・オズワルドがどの距離から撃ったかまで検索していたとされています。

 

爆発物の材料や作り方も調べていたとされ、FBIは「詳細な攻撃計画に従事していた」とみています。 

 

つまり、クルックスの「目的」は、現時点で明文化された政治宣言としては確認されていません。しかし、少なくとも捜査当局が見ているのは、偶発的な衝動ではなく、標的を見つけ、条件を調べ、機会を待ち、攻撃実行に向かったという計画性です。

 

言い換えれば、「なぜトランプ氏だったのか」は断定できないものの、「トランプ氏を狙う行動そのもの」は準備されたものだった、というのが確認済みの事実です。

 

 

 

 

●2件目

フロリダ州ゴルフ場周辺の事件は「未遂の疑い」から起訴へ

 

2件目は、2024年9月15日にフロリダ州ウェストパームビーチで起きた事件です。

 

トランプ氏がゴルフをしていた際、シークレットサービスの要員が、コース近くのフェンス越しに突き出されたライフルを発見して発砲し、容疑者は現場から逃走。その後逮捕されました。

 

FBIは当初、この件を「明らかな暗殺未遂のように見える」と表現し、APもこの事件をバトラーに続く二度目の命を狙った事件として扱っています。

 

この事件の容疑者として報じられたのがライアン・ラウスです。

 

Reutersによれば、彼は過去に武器関連の前科を含む法的トラブルを抱えた人物で、生活面でも不安定さを抱えていました。

 

さらに、ウクライナ戦争への強い関心、トランプ氏への敵意をうかがわせる著述やSNS投稿などが確認されています。ただし、事件直後の段階では、当局は「公式な動機」をまだ示していませんでした。 

 

しかし、その後のReuters報道では、検察側が、ラウスが数か月前からトランプ氏の居場所やイベント日程を調べ、ゴルフ場やマール・ア・ラーゴ周辺にいたことを示す携帯電話データ、さらに「ドナルド・トランプに対する暗殺未遂だった」と書かれた手紙を第三者に託していたと主張したと伝えられています。

 

これが事実なら、フロリダ事件ではクルックスよりもはるかに直接的に、標的と意図が文書で示されたことになります。

 

ライアン・ラウスの「目的」はどこまで見えているのか

 

ラウスの目的については、クルックスより少し輪郭が見えています。

 

Reutersによれば、ラウスはかつてトランプ氏に投票したことを示唆しながら、後にそれを「ひどい間違いだった」と書き、トランプ氏を「愚か者」「道化」などと厳しく非難していました。

 

また、自著の中では、アメリカの民主主義が危機にあるという認識を示し、2021年1月6日の連邦議会襲撃をトランプ氏の責任とみる記述もありました。

 

さらにReutersは、ラウスが対イラン文脈で「トランプを暗殺してよい」と読める危険な記述をしていたとも報じています。もちろん、

 

こうした発言がそのまま法的に確定した動機とイコールになるわけではありません。

 

けれども、少なくともクルックス事件と違って、ラウスの場合はトランプ氏に対する明示的な敵意と、民主主義を守るという独自の政治的自己正当化の痕跡が複数確認されています。

 

したがって、ラウスの目的は「個人的混乱」だけでなく、「トランプ氏を政治的に危険な存在とみなし、自ら排除しようとした可能性」がより濃くうかがえると言えます。

 

 

 

 

 

 

●「何度目か」という問いが難しい本当の理由

 

アメリカでは著名政治家に対する脅迫や未遂計画が常に多数存在し、その全部が同じ重みで報じられるわけではないことです。

 

たとえばReutersは、イラン発の脅威が米情報当局によって共有されていたと報じる一方、バトラー事件・フロリダ事件との関連は確認されていないと伝えています。

 

つまり、「脅威情報」「計画」「実行直前」「実行済み」では、危険の段階が異なるのです。

 

ブログや解説記事で数字だけを断定的に書くと、このニュアンスが抜け落ちます。

 

読者に誤解を与えない表現としては、「2024年に主要当局・主要報道が広く認定した暗殺未遂は少なくとも2件」「別途、外国勢力による脅威情報も報じられているが、これは同列には数えない」と書くのが最も正確です。

 

センセーショナルな表現を避けても、事実だけで十分に重いのです。

 

 

 

●2人の容疑者を比べると見えてくる違い

クルックスとラウスには共通点があります。

どちらも単独で動いたとみられ、トランプ氏に接近可能なタイミングを狙い、実行のための準備をしていたと捜査当局は見ています。

 

けれども、最大の違いは「動機の見え方」です。クルックスについては、FBIもBBCも「動機不明」「明確な思想傾向なし」としており、彼の内面は最後まで霧の中にあります。 

これに対してラウスは、Reuters報道の範囲でも、トランプ氏を民主主義の脅威とみるような主張や、明確な敵意を示す文章が確認されています。

 

しかも検察は、暗殺未遂を示す文書やトランプ氏の日程メモまで押さえたと説明しています。

 

要するに、クルックスは「標的に執着した計画犯だが思想は不明」、ラウスは「標的への政治的敵意が比較的可視化された計画犯」という対比になります。 

 

●この事件がアメリカ政治に残したもの

AP通信は、バトラー事件がトランプ陣営の選挙戦を大きく変えたと報じています。

 

屋外集会の警備は厳格化され、防弾ガラスの使用など、新たな安全対策が常態化しました。

 

候補者の演説スタイルや移動計画にも影響が及び、「政治集会とは本来開かれた民主主義の空間である」という前提が揺らいだのです。 

 

さらに深刻なのは、事件が個人の安全保障だけでなく、民主主義そのものの脆弱さを浮き彫りにした点です。

 

大統領候補が実際に銃撃され、その数か月後に再び命を狙われたとすれば、それは単なるスキャンダルではありません。

 

政治的対立が「言葉で争う」段階を超え、「物理的に排除する」方向へ一部が逸脱していることの警告です。

 

トランプ氏への評価がどうであれ、この点だけは超党派で共有されなければなりません。

 

 

今回を入れ、トランプ暗殺未遂は「少なくとも3件」、ただし動機の見え方は大きく異なると言われています。

 

その要点を整理すると、

 

・第一に

「トランプ氏への暗殺未遂は何度目か」という問いに対して、2024年の主要事件として確認されているのは少なくとも2件です。7月13日のバトラー銃撃事件と、9月15日のフロリダ・ゴルフ場周辺事件です。

 

・第二に

犯人の目的は同じではなく、クルックスについては、FBIが繰り返し「動機不明」としており、思想傾向も断定されていません。一方、ラウスについては、トランプ氏に対する政治的敵意や暗殺の意図をうかがわせる文章・証拠が報じられており、目的の輪郭は比較的はっきりしています。 

 

・第三に

数字だけを追うよりも大切なのは、「なぜアメリカで、しかも大統領候補に対して、短期間に二度もこうした事件が起きたのか」を考えることでしょう。

 

そこには警備の失敗だけでなく、政治不信、情報空間の過激化、敵対者を人間ではなく“排除すべき対象”として見る空気が潜んでいます。

 

この問題は単なるトランプ氏個人の事件ではなく、現代民主主義全体への警鐘として読むべきと主張する方もいるようですが、果たしてそうなのでしょうか?

 

 

 

 

すべての国民が、平等で不満のない政治や経済の仕組みが作れることは不可能に近いと思います。

 

民主主義であれ社会主義であれ、資本主義であれ共産主義であれ、それは同じだと言えませんか?

 

多かれ少なかれ、思想、経済、環境は全く違う群衆の中で生きて行かなければなりません。

 

日本であれば、自分の生活は自分自身で作り上げるもの。

 

経営者(自営)であれ、サラリーマンであれ、今の状況を良くするのか悪くするのかは、やはり個人に重きがあると思っています。

 

仕事をしないでお金が得られる構図は、残念ながらどこにもなく、それを国に頼っていいのは、本当の社会弱者の皆さんだけです。

 

「働かざるもの食うべからず」

 

これ以上書くと・・・・・・・・・。

 

GWだというのに、また書きたくないことを最後に書いてしまいました。

 

それにしても、今回の事件後の記者たちの行動には目を疑う。

 

 

 

 

 

ではまた、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#ベトナム小旅行㏌ニンビン

 

こんにちは中島ございます。

 

前回までの政治ネタのブログから一転、今日はベトナムの観光地をご紹介します。

 

4月20日から1泊2日で、ベトナムの首都ハノイから車で2時間ほどの距離にある、ニンビン省に1泊2日の小旅行に行ってきました。

 

 

 

ニンビン省にある、古都ホアルーは、10世紀に栄えたベトナム最初の中央集権国家「ダイコーベト」の都が置かれていた歴史的な場所です。

 

ハノイから南へ約100kmに位置し、現在は王朝の中心地そのものは残っていないものの、王を祀る寺院や遺跡群があり、石灰岩の山々に囲まれた静かな景観が広がる、歴史と自然の両方を味わえる観光地として欧米人に大変人気があります。

 

ホアルーは、ディン朝・前黎朝・李朝に関わる重要な舞台でもあり、遺跡群は約300ヘクタールに及ぶ広さを持っています。現在は特にディン王廟レ王廟が代表的な見どころとして知られています。

 

 

※ネットから引用した写真です。

 

 

ニンビンといえば、川下りで有名なチャンアンやタムコックの絶景が注目されがちですが、その旅に歴史の深みを加えてくれるのが古都ホアルーです。

 

ベトナム観光公式サイトでも、ホアルーは10〜11世紀にベトナムの首都だった場所として紹介され、周囲のカルスト地形が天然の要塞の役割を果たしていたことが強調されています。

 

またホアルーは、トランアン景観複合体 の文化的な構成要素のひとつとして語られることが多く、トランアンは2014年に東南アジア初の「複合遺産」としてUNESCOに認定されたエリアです。

 

ベトナムは、こうした古いお寺がある地域が多く、自然を楽しみながら旅をする欧米人に大人気の国なんですよ。

 

 

 

 

今回は、古都ホアルーでの寺院などの見学ではなく、自然を満喫する感じの旅にしてみました。

 

まず最初に訪れたのは、Thung Nham Bird Valley(トゥンニャム鳥の谷)という場所です。

 

Thung Nham Bird Valley(トゥンニャム・バード・バレー)は、ベトナム・ニンビン省にある自然豊かなエコツーリズムエリアです。

 

石灰岩の山々、湖、湿地、緑深い谷に囲まれた静かな景観が魅力で、自然観察やリラックスした観光を楽しめるスポットとして知られています。

 

このエリアの大きな見どころは、ボートで巡るバードパークです。

 

 

 

写真のようにボートに乗り進むと、多くの野鳥が暮らす谷を間近に観察できます。

 

 

 

 

 

あわせて、洞窟群、寺院や祠などのスピリチュアルスポット、花畑や果樹園もあり、自然・景観・文化をまとめて体験できる場所です。

 

 

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夜は、ニンビンの中心部エリアHoa Lư Ancient Town(ホアルー・エンシェント・タウン)の有名な観光スポットに行きました。

 

まずは、大人気の「トゥイティエン湖(Hồ Kỳ Lân / キリン湖)」周辺の夜景を観に行きました。

 

 


 

この建物は、ベトナムの伝統的な仏塔(パゴダ)の様式を現代の技術で再現したもので、多層階の屋根、反り上がった軒先、そして細部に施された精緻な彫刻が特徴です。

 

 

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内部は仏像が安置された祈りの場であるとともに、上層階からはニンビンの街並みを一望できる展望スポットとしての役割も果たしています。

 

 

 

 

夜になると建物全体が強力なライトで黄金色(のように見える)に照らされ、その姿はとてもきれいでしたね。

 

風があり、湖面が揺らいでいたので、上手く撮影できませんでしたが、この「逆さ富士」ならぬ「逆さ塔」の美しさが、SNS映えするスポットとして若者や観光客を惹きつけているそうです。

 

 

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ボートに乗り、湖上から街並みを見ることもでき、どことなく中部のホイアンに似たような感じです。

 

 

 

 

街並みは、古都の建物を再現したような街並みで、飲食店やお土産店が並でいます。

 

平日でしたので、比較的ゆったり見ることができましたが、週末は多くの人出で賑わうそうです。

 

 

 

 

写真の手前に写っているように、夜になると湖の周りには多くのテーブルが出され、レストランやカフェとして賑わいます。

 
ニンビン名物の山羊肉料理や、地元のビール、若者に人気のミルクティーなどを楽しみながら、涼しい夜風に当たるのが地元の定番の過ごし方だそうです。

 

 

 

 

 

 

二日目は、こちらも有名な観光地である「タムコック(三つの洞窟)」に行き、ボートクルージングを楽しみました。

 

 

 

ベトナム北部ニンビン省のタムコック川下りは、「陸のハロン湾」とも呼ばれる景勝地を小舟でゆったり巡る人気のアクティビティです。

 

石灰岩の奇峰がそびえる谷あいを進み、のどかな田園風景や水面に映る山々を眺めながら、タムコックの名の由来となった三つの洞窟をくぐり抜けます。

 

特に稲穂が黄金色に染まる季節は格別の美しさで、静かな自然と素朴な農村の暮らしを一度に味わえる、ニンビンを代表する観光名所です。

 

 

 

 

櫂を足で器用に漕いでいますよね

 

 

実は、ここニンビンは、ハリウッド映画『 Kong: Skull Island(キングコング:髑髏島の巨神)』のロケ地なんですよ。

 

特に撮影で使われたのは、チャンアン景観複合体(Tràng An)、ヴァンロン湿地/ラグーン(Vân Long)、そして今回ボートに乗ったタムコック(Tam Cốc)なんです。

 

 

石灰岩カルストの景観が“Skull Island”の世界観づくりに生かされたそうです。

 

 

 

 

東南アジアの国の中には、ハリウッド映画などのロケ地がたくさんあるそうなので、聖地巡礼に訪れる観光客も多いそうです。

 

遺跡ならカンボジア、海ならタイ、秘境感ならベトナム、都会の華やかさならシンガポール、癒やし系ならバリ島、という住み分けだそうです。

 

映画ロケ地としての“有名さ”だけなら、カンボジアのアンコール遺跡群、タイのマヤベイ、そしてベトナムのニンビンの3つは特に強いそうです。

 

まぁ。ベトナムにも遺跡、海と山のリゾート地がありますので、ベトナム一択でも十分に楽しめますよ。

 

 

 

 

 

そうそう、1日目の終わり、食事に向かう途中で、移動車両のタイヤがパンクするというハプニング。
 
写真のようにスペアタイヤに履き替え、ニンビン市内まで何とか移動し、修理屋でパンク修理。
 
スペアタイヤの履き替えですが、車の持ち主でもあり、運転手をしてくれたビジネスパートナのベトナム人の方は、自分でタイヤ交換をしたことがなかったので、備えつけの工具で私がやりました。
 
18歳で免許を取ってから20代までは、タイヤ交換とオイル交換は、ほぼ自分でやっていましたからね、昔取った杵柄ってやつです。
 
短い旅でしたが、とても印象に残る景色ばかりで、普段は観光に興味のない私でも、ちょっと感動モノでした。
 
ベトナム旅行の際、ニンビンはお勧めですよ。
 
ではまた
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

人のふり見て我がふり直せ

 

こんにちは、中島でございます。

 

先週は、2通のブログはともに政治ネタでしたので、今週は違う話題にしようかと思ったのですが、高市総理批判が続く野党の情報が目に留まりましたので、今週はじめのブログも政治ネタです。

 

 

「人の振り見て我が振り直せ」

 

この古い教えが、今ほど政治家に必要な時代はないのではないでしょうか。

 

批判、スキャンダル追及、失言を声高に叫ぶ

 

だがその同じ口で語られる自らの姿はどうでしょう。

 

裏金、不透明な説明、看板の架け替え

 

指さした指の三本は、常に自分に向いている。

 

私たちが政治に失望するのは、政策の違いではなく、この「我が振り」を顧みない姿勢そのものではないでしょうか。

 

今日は、そんな事を書いていきます。

 

 

 

 

 

中道改革連合

「落選者に月40万円」はなぜ炎上したのか

“合法”と“民意”のあいだで

 

2026年4月、中道改革連合の新制度が日本中のSNSを揺らしました。

 

そう「衆院選落選者への月額約40万円支援制度」です。

 

党側は「各党が普通に行っている合法的な政治活動支援だ」と説明しています。

 

事実、自民党も維新の会も、落選した支部長に対して類似の支援を行っており、法律上では何も問題が無いとされています。

 

それにもかかわらず、この制度は凄まじい批判の嵐に晒されています。

 

それはなぜかというと、そこには「合法性」と「民意」のあいだに横たわる、日本政治最大級の溝があるからです。

 

では、制度の中身、批判の三つの論点、そして中道が抱える構造的ジレンマを読み解いみましょう。

 

 

1,制度の中身を整理する

まず、事実関係を正確に押さえたい。報道各社の報道を総合すると、制度の概要は以下の通りである。

  • 名称:政治活動支援金(通称「落選者支援制度」)
  • 対象:2026年2月の衆院選で落選した候補者のうち、党本部が選定した人物
  • 支給額:月額約40万円
  • 財源:政党交付金(原資は税金)
  • 開始時期:2026年5月から約30人規模で開始
  • 拡大方針:年内に約70人規模まで拡大予定
  • 用途「政治活動費」であり、「生活費」ではないと党側は強調

中道の小川淳也代表は4月15日の会見で「落選した候補者の政治活動を支えていくためのもので、誤解を解いていきたい」と説明しました。

 

伊佐進一衆院議員もXで「何度も言いますが」と前置きしつつ、政治活動にのみ使う制度であることを繰り返し発信しています。

 

元立憲民主党代表の泉健太氏(中道)も、生活費への流用はないと強調しました。

 

ここまで聞けば、「他党でもやっている」「法的にも透明性を確保している」制度に見えます。

 

それでも炎上は止まりませんでした。

 

 

2,炎上の三つの論点

批判の理由は大きく三つに集約されますので、順に書いていきます。

 

① ダブルスタンダードへの反発

中道改革連合は、結党以来「身を切る改革」「税金の無駄遣いを許さない」「既得権政治からの脱却」を看板に掲げてきた政党です。

自民党の政治資金問題、維新の会の議員報酬、立憲の連合依存――あらゆる「身内に甘い政治」を批判することで支持を広げた経緯があります。

その党が、政党交付金という税金を原資に、落選した身内に月40万円を支給する、この落差こそが、炎上の最大の燃料となりました。

「他党もやっている」は、中道が普段否定してきたロジックそのものです。

自分たちが批判してきた「既存政党の論理」にいつの間にか同化してしまっている――この自己矛盾が、支持者であればあるほど許せない感情を生んだということでしょう。

SNSで特に厳しい言葉が飛んでいるのは、実は「アンチ」ではなく「元支持者」だという指摘もあります。

 

② 民意への背反という素朴な感情

第二の論点は、より直感的であるということ。

衆院選で落選した候補者は、有権者から「NO」を突きつけられた人物で、小選挙区で他の候補者に敗れ、比例でも復活できなかった人物です。

その人物に対して、税金から月40万円を出し続けることが、「民意を何だと思っているのか」という声で噴出しています。

もちろん党側は「次の選挙に向けた政治活動を支えるため」と説明していますが、理屈としては理解できるものの、有権者の感覚は、理屈の前で立ち止まります。

「落ちた人に、なぜ私たちの税金が使われるのか」。

この素朴な問いに、中道は誠実な言葉で答えられていません。

 

③ 透明性への懸念

第三に、透明性の問題があります。

現職議員であれば、政治資金収支報告書の公開義務があり、活動内容も国会議事録や公式発信で追跡できますが、落選者は「ただの民間人」であるため、政治資金規正法上の報告義務は政党支部に課されるものの、個人レベルでの支出内容は国民の目からはほぼ見えなくなります。

「政治活動費です」と言われても、実際にそれがどう使われるのかをチェックする仕組みが脆弱です。

結果、「実質的な給与だろう」「生活費に流用されるのではないか」という疑念が拭えない点が挙げられます。

制度設計そのものが、ブラックボックス批判を招きやすい構造になっているということですよね。

 

3,物価高のタイミングという悪手

この制度のタイミングも致命的だったと言われています。

2026年春、日本は食料品・エネルギーの値上げラッシュの真っ只中にあります。

実質賃金は伸び悩み、家計の可処分所得は圧迫されているそんな中で「落選しても月40万円」というニュースが流れれば、一般庶民との乖離感は決定的になったという点です。

しかも、中道は普段から「可処分所得を増やす」「手取りを増やす政策」を掲げてきましたからね。

だからこそ、「増やしてくれるはずの党が、まず身内の手取りを40万円増やしていた」という皮肉が刺さり炎上したと考えます。

 

 

4,中道改革連合の構造的ジレンマ

この炎上は、一過性のゴシップではなく、中道という政党が抱える構造的ジレンマをあぶり出しています。

 

一つは「改革政党」のパラドックスです。

既存政党の悪しき慣習を批判して支持を広げてきた政党が、組織として大きくなるほど、同じ慣習に頼らざるを得なくなります。

我々民間企業と同じく、人材を抱えるにはお金がいります。

違うことは、落選≠退職ではないので、次につなげるにも資金が必要です。

既存の仕組みを使えば批判されるが、使わなければ組織が回らない。

中道はいま、その矛盾に正面衝突していますよね。

 

もう一つは、「合法性」と「納得性」のギャップです。

日本の政治制度は、法律上合法であれば何でも許されるように設計されていません。

有権者の納得という、もう一つの審判軸があります。

中道が「他党もやっている」「法的に問題ない」と繰り返すほど、「そういう政党だったのか」という失望を深めますよね。

 

 

4,党はどう出るべきか

中道改革連合が信頼を取り戻すには、少なくとも以下の三つが必要ではないでしょうか。

 

①支給額の再検討

月40万円という水準は、物価高下の庶民感覚からあまりに乖離しています。減額、あるいは成果連動型への転換を再度検討するべきです。

 

②透明性の抜本強化

対象者の実名公表、用途の四半期報告、第三者監査の導入など、「支給される側が説明責任を負う」仕組みが不可欠です。

 

③制度そのものの再提案

「落選者に配る」のではなく、「次世代候補者を育てる研修・調査資金」として再設計すれば、民意との齟齬は大幅に小さくできると思います。

 

 

中道改革連合の40万円支給問題は、政党運営のリアルと有権者の感情がぶつかり合う、日本政治の縮図そのものであり、「合法であること」と「納得されること」はまったく別の話ではないでしょうか。

 

改革を掲げる政党ほど、自らの運営に厳しい基準を課さなければ、信頼は簡単に崩れます。

 

制度の是非を論じる前に、中道はまず「自分たちが批判してきた姿に、自らが近づいていないか」を正面から問い直す必要がありますよね。

 

有権者はもう、看板のスローガンだけでは納得しません。

 

制度の一つひとつ、支出の一円一円まで、「身を切る改革」を語った言葉と整合するか――そこを見ています。

 

中道改革連合の次の一手が、2026年後半の政治地図を左右するかどうかは。この問題の対応次第でしょうね。

 

 

 

 

 

お次はこちらの政党です。

 

 

国民民主党の方針転換

「対決より解決」から「先祖返り」への道筋

 

2024年から2025年にかけて、日本の政局を最も賑わせた野党は、間違いなく国民民主党です。

 

「年収の壁」「103万円の壁」問題で自民党・公明党を動かし、与党に要求を飲ませる「ゆ党」路線で存在感を発揮しました。

 

玉木代表と榛葉幹事長の発信力とあわせ、「政策を実現する野党」として支持率を急上昇させました。

 

しかし2026年春、風向きは明らかに変わりました。

 

高市首相との関係は冷え込み、連立入りは「雲散霧消」。

 

2026年度予算案で反対に回ったことは「何でも反対だった旧来型野党への先祖返り」と評され、党勢も停滞しています。

 

3月末には綱領・政策の「年内見直し」を打ち出し、党として大きな方向転換を模索しているようです。

 

国民民主党が今、なぜ、どのような方針転換を迫られているのかを書いていきます。

 

 

1,「ゆ党」戦略の成功と限界

まず、方向転換の前提として、国民民主党の「ゆ党」戦略がどのように機能してきたかを振り返ります。

 

国民民主党が掲げてきたスローガンは「対決より解決」でした。

与党を全否定するのではなく、個別の政策で協議し、合意できれば賛成する。

 

その代わり、賛成の条件として自党の政策を飲ませる。

 

このスタイルは、特に「年収103万円の壁」見直しで大きな成果を上げました。

 

自民・公明の過半数割れで少数与党となった状況の中、国民民主の票は文字通りのキャスティングボートとなり、党の存在感は飛躍的に高まりした。

 

この成功体験が、2026年2月の衆院選に向けたマニフェスト「新・三本の矢」

・手取りを増やす

・給料・年金が上がる経済

・GDP1000兆円

にもつながりました。

 

104人の擁立は過去最大規模で、「51議席」を目標に掲げる強気の選挙戦を展開。

 

しかし結果は「議席増は確実にしたものの、目標には遠く及ばない」という不本意なものでした。

 

玉木代表自身が「よく持ちこたえた」と述べましたが、公示前の27議席から微増にとどまり、「ゆ党」モデルの天井が見えた選挙でもあったかと思います。

 

 

2,高市政権との蜜月と決裂

転機は、当然ですが、高市早苗政権の発足でしょう。

 

2026年2月の衆院選で自民党は圧勝し、高市氏が首相が再就任。

 

当初、高市首相は国民民主党の連立入りに前向きな姿勢を示していました。

 

「年収の壁」見直しという共通課題を持ち、政策的な距離も近かったからです。

 

玉木代表もこの流れに乗り、予算成立に向けた協力を約束した――はずでした。

 

ところが、2026年度予算案の採決で国民民主党は反対に回りました。

 

これが決定的な亀裂を生んでとされ、高市首相周辺からは「誠意を感じない」という声が漏れ、官邸と国民民主党のパイプは急速に細くなったそうです。

 

自民党閣僚経験者からの批判もあり、連立入りの話は水面下で立ち消えになったようです。

 

「一時は現実味を帯びた国民民主党の連立政権入りも、雲散霧消したといわれる」(週刊誌報道)という状況に陥いりました。

 

玉木氏側からすれば「自民党が年収の壁で約束を反故にした」という主張があり、これは一定の説得力を持っていますが、政治の世界は「誰が先に約束を破ったか」よりも、「どちらの側の話が通っているか」で結果が決まります。

 

現在の永田町では「高市一強」の空気が支配的で、国民民主党の発信は届きにくくなっているのは間違いありません。

 

 

3,「先祖返り」という厳しい評価

予算案での反対以降、国民民主党に向けられる評価は厳しくなりました。

 

『対決より解決』を掲げてきたはずなのに、結局は何でも反対していた旧来の野党に戻ってしまった

 

こうした見方が与党内だけでなく、一部の政策通の論客やメディアからも出ているそうです。

 

「先祖返り」というキーワードは、かつて旧民主党や民進党が「反対のための反対」と揶揄されてきた歴史を連想させ、極めて痛烈な指摘です。

 

党支持率も4%前後で低迷。

 

結党からの5年間で積み上げてきた「政策実現型野党」というブランドが、わずか数か月で傷ついてしまった格好です。

 

さらに、支援団体である連合との関係にも微妙な影が差し、自民党が党大会に連合の芳野会長を招待しない方針を固めるなど、与党側は「連立を前提とした連合への配慮」を必要としない姿勢を示しましたからね。

 

これでは、国民民主党が築いてきた「連合とのパイプ」という最大の強みすら、相対的に価値が下がりつつあることを意味するでしょう。

 

 

玉木代表のリーダーシップが試される

この方針転換を主導するのは、言うまでもなく玉木雄一郎代表です。

 

政策通で発信力もある玉木氏だが、2026年春の局面では「高市首相との関係構築」と「予算案での反対決定」という矛盾した動きを見せてしまい、求心力に陰りが見えてきたのか。

 

党内には、連立入りに前向きだった勢力、徹底野党路線を志向する勢力、維新や立憲との野党再編を視野に入れる勢力など、複数のベクトルが存在しているそうです。

 

玉木代表が「政策本位」の原点に立ち返りつつ、どのように党をアップデートしていくのか――その一挙手一投足には注目したいところです。

 

 

 

 

最後はこちらの政党です。

 

 

令和新選組「お家騒動」

山本太郎代表に突きつけられた“居座り”批判の深層

 

かつて「消費税廃止」「積極財政」「弱者の声」を掲げて急拡大した新興政党が、党内紛争という最も皮肉な形で揺らぎはじめています。

 

2026年4月9日の臨時総会で表面化した執行部批判、山本太郎代表の進退問題、そして大石晃子共同代表を巡る反発の構図を整理し、この騒動がれいわ新選組だけでなく、日本の左派・リベラル勢力全体に何を突きつけているのかを考えてみました。

 

1.発端

「山本太郎代表不在」の衆院選

すべての火種は2026年1月21日にさかのぼりますが、高市首相が衆議院を解散する直前、れいわ新選組の山本太郎代表が突如、参議院議員の辞職を表明しました。

 

理由は「健康上の問題」。

 

多発性骨髄腫の「一歩手前」と診断されたことが明かされ、「心を鬼にして選挙戦の舞台には立たない」と宣言。

 

党の看板であり、創業者であり、そして党勢拡大のほぼ唯一の牽引役だった山本氏の突然の離脱は、党関係者に強い動揺を与えました。

 

衆院選は2月8日に投開票され、れいわは公示前の8議席を大きく下回る惨敗という結果に・・・・しかも、共同代表の大石晃子氏自身が小選挙区で落選するという事態に・・・・・。

 

それでも大石氏は共同代表を続投。

 

「病気療養中の山本代表を支えるため」と説明されたが、この人事こそが、後の党内対立の決定的な引き金となったと言われています。

 

 

2,臨時総会

噴出した「誰もが言い出せなかった質問」

2026年4月9日、都内で開かれたれいわ新選組の臨時総会は、まさに「大紛糾」だったそうです。

 

改革派を自称する地方議員たちが、執行部への不満を一気に噴出させました。

 

議論が白熱する中、元看護師の女性地方議員がマイクを握り、会場中が息を呑む中でこう問いかけました。

 

「なぜ太郎さんは病気で議員を辞めたのに、党の代表にだけは居座るの?」

 

この一言は、党内の多くの議員・支援者が胸に抱えながら誰も口にできなかった「タブー」を一気に可視化することに。

 

健康を理由に国会議員を辞職したにもかかわらず、党の最高責任者の座には留まり続ける――。

 

この矛盾は、山本氏本人のカリスマ性と求心力によって長らく不問に付されてきたが、選挙惨敗と党勢低迷という「現実」の前に、もはや覆い隠せなくなりました。

 

怒号が飛び交う会場で、大石晃子共同代表が涙を見せる場面もあったと報じられていますし、実際の録音データもネット上に流出しています。

 

執行部側にとって、この質問はまさに「山本太郎への反旗」であり、それを地方議員、しかも現場感覚を持つ元看護師から投げかけられたインパクトは計り知れません

 

 

3,なぜ「居座り」と映るのか

3つの構造的矛盾

山本氏の続投が「居座り」と批判される背景には、単なる感情論ではない構造的な問題があります。

 

第一に、「議員でない党首」というねじれ

議員を辞職した山本氏は、もはや国会の舞台に立てません。

党の顔としての発信は続けているものの、政策論争や国会質問という本来の政治家の仕事は封じられています。

「他者が治療しながら働いているのに、なぜ代表職だけは手放せないのか」という批判は、庶民の就労感覚に照らせば極めて自然な疑問です。

 

第二に、「大石共同代表続投人事」への不信

小選挙区で落選した大石晃子氏が共同代表に留任した背景には、「空気を読まない強さ」を評価する執行部の論理があったと報じられています。

しかし、党員や地方議員から見れば、「有権者にNOを突きつけられた人物が、なぜ党の顔であり続けるのか」という素朴な疑問が残るのは当然です。

選挙結果を民意として受け止めるのか、それとも執行部の論理を優先するのか――党の民主主義のあり方そのものが問われています。

 

第三に、「身内人事」の閉塞感

山本太郎・大石晃子・くしぶち万里・高井たかしという執行部のメンバーは、党創設以来ほぼ固定されてきました。

党勢拡大期にはそれが強力なブランドとして機能したが、伸び悩みの局面では「同じ顔ぶれで同じ方針を続けることへの倦怠感」を生んでいます。

地方議員が「改革派」を名乗り始めたのは、この閉塞を突破したいという切実な意思表示にほかなりません。

 

4,れいわ新選組の「構造的ジレンマ」

今回の騒動は、れいわ新選組が創業以来抱えてきた構造的ジレンマを露呈させたと言われています。

 

一つは「カリスマ依存モデル」の限界です

山本太郎という圧倒的なスピーカーを中心に据え、街頭演説とSNSで熱量を集めるスタイルは、党勢拡大期には極めて有効でした。しかし、カリスマが健康や世代交代の壁に直面したとき、組織が自律的に動けるかどうかが試されたということです。今のれいわは、その試練に耐えきれていません。

 

もう一つは「反体制ブランド」の賞味期限です

れいわは「弱者に寄り添う」「既得権を壊す」というメッセージで支持を集めてきました。しかし、政党として定着すればするほど、自らが「既得権の側」に見え始め、党執行部の固定化、落選者の共同代表続投、代表の議員辞職後の留任――これらはすべて「れいわらしさ」の対極にあるように映ってしまったのでしょう。ブランドと実態のギャップが、地方議員の反乱という形で噴き出した結果かもしれません。

 

 

 

 

 

れいわ新選組のお家騒動は、単なる一政党のゴタゴタではありません。

 

日本のリベラル・左派勢力が共通して抱える病理の縮図でもあります。

 

いずれも、党首や執行部の長期化、世代交代の遅れ、地方組織との温度差という問題を抱えています。

 

与党批判の声は多くの有権者の共感を得ながらも、肝心の「自分たちの党運営」に対して民主的なプロセスを示せないとき、有権者は静かに離れていきます。

 

今回のれいわの騒動は、「自分たちはいったい何を変えたいのか」というリベラル勢力全体への問いとしても機能していると言ってもいいでしょう。

 

いずれにしても、先の衆議院選挙で、日本人の多くが望んだのは高市政権です。

 

政府が進める政策に問題があれば別ですが、単に時間稼ぎのような無意味な質疑の繰り返しや、反対運動は、我々国民の生活には無意味ですからね。

 

いい加減にしてほしいですよね。

 

そして自民党の妖怪たちもいい加減にしろって感じです。

 

ではまた、

 

 

 

 

 

 

 

 

#なぜ「偏向」と言われるのか

 

ベトナムのハノイに戻り、ある意味で日常に戻った中島でございますニヤリ

 

今日のブログはちょっと・・・・・・・。

 

京都で発生した、とてもショッキングな事件で、幼い命が亡くなったことは、とても悲しい結末でした。

 

ただ、この悲しいニュースの陰で、我々にいま必要な報道がされていないことに気が付いた方も多くいたかと思います。

 

アメリカとイランの件については、単に石油が無い、困る、節約、備蓄など、我々国民の不安を煽る言葉ばかりを報道ばかりが目の付く。

 

確かにホルムズ海峡の封鎖などで、原油の輸入が止まることは大きな打撃になるだろう。

 

ただ政府は、今の段階で出来る限りの措置を取っている。

 

●日本政府

「備蓄放出」

「中東以外からの調達」

 

また、中東各国も対策を講じた。

 

●中東各国

「UAEはオマーン側から輸出」

「サウジアラビアは紅海から輸出」

 

遠回りになり、原油価格が上昇との指摘もあるが、全く輸入が止まることを考えると、現時点では再良策だろう。

 

TOTOが受注をストップしたことについても、日本国内の話ではなく、中国でナフサなどの原料の入手が難しくなり、中国での生産に影響がでるからだという。

 

海外生産工場が苦しむことで、日本国内への影響はあるが、報道では、あたかも日本国内の問題のように報じた。

 

生産拠点国の問題であり、日本国内の話では無い。

 

シンナーなども、十分な量があるにも関わらず、今後不足するかもしれないから市場に出す量を抑えているという……。

 

全く馬鹿らしい。

 

 

 

 

国民を安心させることもメディアの使命なはずなのに、これではメディアの存在価値は無い。

 

新型コロナ禍において、テレビ以外から情報を入手する皆さんが多くなり、また、コロナそのものへの不信感なども重なり、近年では日本のテレビ報道に対して、

 

 

「また煽っている」

「結論ありきだ

「政府批判だけは熱心」

「自分には甘い」

 

 

と感じる人は多くなった。

 

とりわけ保守層にとって、現在の報道空間は、単なる“リベラル寄り”という言葉では済まない違和感に満ちている。

 

問題は、個々の記者や番組制作者の思想信条そのものではない。

 

もっと深いところに、

 

論点の選び方、

映像の切り取り方、

コメンテーターの並べ方、

言葉の強弱、

 

そして「何を報じないか」という編集判断の積み重ねがあり、それが結果として世論を一定方向へ誘導しているように見えることである。

 

 

 

 

近年、日本のニュースへの信頼は落ち込み、2025年調査では2021年以来初めて30%台に低下したとされる。

 

既存メディア15社・組織への信頼も軒並み下がった。

 

これは単なる「ネットのせい」ではなく、既存報道が自ら信頼を削ってきた結果でもある。 

 

2024年の国際比較でも、日本で「ニュースを信頼する」と答えた人は43%だった。

 

一見すると世界平均40%をやや上回るが、同時に「ニュースへの関心がある」は2015年の66%から2024年には45%へ低下している。

 

つまり日本人は、ニュースを完全に拒絶しているわけではないが、以前ほど強い関心も寄せていない。

 

信頼が揺らぎ、関心も薄れ、しかし惰性的には接触する――そんな“冷えた受動性”が広がっている。

 

これは健全な言論空間の姿ではない。

 

では、そもそも「偏向報道」とは何か。

 

多くの人は、露骨な虚偽や誤報だけを思い浮かべるかもしれない。

 

しかし現実には、偏向はもっと巧妙に行われる。

 

たとえば、

 

①同じ事実でも、ある番組では「不安」「怒り」「疑惑」を強く喚起する映像とテロップを重ね、別の見解は短く処理する。

 

②対立する論点で片方の主張を“常識”、もう片方を“問題発言”として扱う。

 

③賛成論を代弁する論客だけが極端に弱く、反対論は理路整然と見える人物で固める。

 

 

こうした編集は、形式上は「両論併記」に見えても、実質的には視聴者の印象をかなり一方向へ導く。

 

偏向とは、必ずしも露骨な嘘ではなく、事実の配置と演出による誘導なのである。

 

 

 

 

放送法4条と現実の落差

 

日本の放送制度は、建前としては政治的公平を求めている。

 

総務省の公開文書では、放送法4条1項2号の「政治的に公平であること」は、「不偏不党の立場から、特定の政治的見解に偏ることなく、番組全体としてバランスが取れていること」と整理されている。

 

そして、その適合性は「一つの番組ではなく、放送事業者の番組全体を見て判断する」とされてきた。

 

さらに、放送法は放送事業者の自主・自律を基本としており、政治的公平を含む放送倫理の担保には、業界の自律機関であるBPOの役割が重視されている。

 

しかし、ここに大きな落とし穴がある。

 

「局全体で見ればよい」という考え方は、本来は国家権力が個別番組に過度介入しないための歯止めとして意味があった。

 

だが現実には、それが個々の番組の印象操作や雑な構成に対する免罪符のように使われかねない。

 

「この回だけ見ればかなり偏っていたとしても、別の日に違う意見も扱っているから問題ない」という理屈がまかり通れば、視聴者が現実に受け取った印象の偏りは放置される。

 

総務省文書でも、「全体で見る」という基準が曖昧ではないか、一つの番組でも明らかにおかしい極端な事例があるのではないか、という論点が議論されていた。

 

保守的視点から見ると、この曖昧さは非常に危うい。

 

なぜなら、現実の政治認識は「局全体」ではなく、今夜見た番組、朝に流れた特集、ワイドショーの空気によって形成されるからだ。

 

視聴者は放送局の年間編成全体を冷静に比較して世論を作るわけではない。

 

単発の印象の積み重ねで「何が善で、何が悪か」を感じ取る。

 

だからこそ、個々の番組の語り口や演出こそ、厳しく問われなければならない。

 

 

 

 

BPOが示してきた「失敗の型」

 

この問題を単なる保守派の被害妄想だと片付けるのは簡単だが、実際にはBPOの決定を眺めるだけでも、日本のテレビ報道には共通する“失敗の型”が繰り返されてきたことがわかる。

 

BPOの決定一覧には、『みのもんたの朝ズバッ!』不二家関連、『報道ステーション』マクドナルド元従業員制服証言、『真相報道バンキシャ!』裏金虚偽証言、『報道ステーション』川内原発報道、『news23』JA自爆営業調査報道など、報道・情報番組に関する重大事案が並ぶ。

 

そこで問題視されてきた論点は、事実確認不足、虚偽放送、人権侵害、恣意的編集、広告との混同、ネット情報への無批判な依存などである。

 

たとえば、日本テレビ『真相報道 バンキシャ!』の裏金虚偽証言放送では、岐阜県の土木工事をめぐる裏金作りをスクープとして報じたが、証言が虚偽であることが判明した。

 

BPOは、十分な裏付け取材をしないまま虚偽の告発情報を放送し、結果として番組が犯罪行為の手段に利用されたとして、検証番組の制作などを求める初の勧告を出した。

 

これは“正義の追及”に見える報道が、確認作業を怠ると一気に“物語先行”へ転落することを示した事例である。

 

テレビ朝日『報道ステーション』の川内原発報道では、原子力規制委員長の記者会見に関する報道に事実誤認と不適切編集があったとして、BPOは「故意」や「作為的編集」までは認めなかった一方、客観性と正確性を欠き、放送倫理違反と判断した。

 

ここで重要なのは、必ずしも悪意がなくても、強い問題意識を先に持ちすぎると、素材の扱いが歪むという点だ。

 

原発のように社会的関心が高く、賛否が激しく割れるテーマこそ、報道側は自制しなければならない。

 

だが実際には、むしろそこで演出が過熱しやすい。

 

NHK『クローズアップ現代』の“出家詐欺”報道では、情報提供者に依存した安易な取材と、報道番組として許容範囲を超えた表現により、著しく正確性に欠ける情報を伝えたとして、BPOは「重大な放送倫理違反があった」と判断した。

 

公共放送であっても、いや公共放送だからこそ、テーマ設定の正しさだけでは免罪されない。

 

社会問題を暴くという“大義”があるときほど、制作側は自らの仮説に酔いやすい。 

 

さらに比較的新しい事例として、TBS『news23』のJA自爆営業報道では、内部告発者の秘匿が厳守できていなかったとして、BPOが放送倫理違反を認定した。

 

映像の見た目を優先し、第三者の視点による編集チェックが十分でなかったことなどが問題視されている。

 

これは単なる取材技術のミスではなく、現代テレビ報道がしばしば陥る「映像映え優先」の病理を示している。

 

テレビは本質的に映像メディアである以上、視覚的に強い絵を欲しがる。

 

しかし、その欲望が取材源保護や事実の文脈より優先された瞬間、報道は公共財ではなく演出物へ変質する。

 

 

 

 

記者クラブと横並び体質の根深さ

 

日本の報道が偏りやすい理由は、個々の番組制作者の資質だけではない。

 

構造的な問題として、記者クラブを軸にした情報流通の仕組み、東京中心の人材配置、同質的な人脈、そして「他社も同じだから大丈夫」という空気がある。

 

日本新聞協会自身も、記者クラブに対して「閉鎖的」「横並び体質」「特権意識」といった批判があることを認め、より開かれた存在であるべきだとしている。

 

会見参加者をクラブ構成員に一律限定するのは適当ではなく、メディアの多様化に応じた柔軟な運用が必要だという見解も示している。

 

この「横並び」は、保守層にとって特に深刻に映る。

 

なぜなら、保守的価値観はしばしば、都市部の大手メディア内部では“説明不要の少数意見”として扱われやすいからだ。

 

国家観、歴史観、安全保障、エネルギー政策、家族観、教育観――こうした論点は、本来は真正面から議論されるべきである。

 

ところがテレビでは、保守論が紹介されても、しばしば「旧い」「危うい」「排外的に見える」といった先入観つきで提示される。

 

逆に、進歩派・リベラル寄りの語りは“人権”“多様性”“市民感覚”という道徳的に高い位置から語られやすい。

 

これでは対等な討論にならない。

 

要するに、日本のテレビは「反対意見も一応出しました」と言いながら、最初からどちらが文明的で、どちらが問題含みかを画面の空気で決めてしまうことがある。

 

保守派が怒るのは、批判されたからではない。

 

批判される側として最初から配置されることに怒っているのである。

 

 

 

 

Reuters Instituteが示した不信の拡大

 

ロイター研究所の2025年日本分析では、主要テレビ局のブランド信頼スコアが軒並み低下し、フジテレビは大きく下落したことが言及されている。

 

また、兵庫県知事選をめぐっては、斎藤元彦前知事を「既存メディアが不公平に叩いた」とみなすネット上の声が支持を集め、選挙後の調査では、元知事への好意的印象とメディア不信に相関がみられたという。

 

ここで見えるのは、単なる“ネット対テレビ”ではない。

 

既存報道が「自分たちは中立だ」と言い張るほど、一部の国民は「いや、お前たちこそ偏っている」と受け取るようになっているという現実である。

 

保守的視点から言えば、この流れは当然でもある。既存メディアが、自らの価値判断を透明化せず、客観報道の仮面をかぶったまま政治的ニュアンスを流し込めば、視聴者はどこかで必ず気づく。

 

そして気づいた人々は、たとえネット空間に粗雑さや陰謀論が混じっていても、既存メディアより“本音がある”場所へ流れていく。

 

これは健全な現象ではない。だが先に信頼を壊した責任は、まず既存報道側にある。

 

 

 

 

保守の立場から見た、

日本のテレビ報道の本当の問題

 

保守派が問題視しているのは、単に「左寄りの人が多い」という話ではない。

 

もっと本質的なのは、国家や共同体を維持する視点が軽く扱われやすいことだ。

 

たとえば安全保障では、防衛力整備の必要性よりも「軍拡」「対立激化」といった不安フレームが先に出やすい。

 

エネルギーでは、安定供給や産業競争力の観点より、危険性や反対運動の熱量が主役になりやすい。

 

移民・外国人政策では、秩序維持や制度設計の現実論より、反対論が感情的・差別的であるかのような印象づけが起きやすい。

 

皇室や家族、教育の問題でも、長い歴史や制度の連続性を重んじる視点は、しばしば時代遅れ扱いされる。

 

もちろん、保守的主張にも粗雑なものはある。

 

だが問題はそこではない。

 

報道が本当に公正であるなら、保守の強い論点も、リベラルの強い論点も、同じ知的敬意をもって紹介されなければならない。

 

ところが現実には、前者は“釈明対象”、後者は“理解対象”として扱われる場面がある。

 

この非対称性こそが、保守派の言う「偏向報道」の核心であり、さらに言えば、テレビ報道の煽り体質は、視聴者を冷静な主権者ではなく、感情的な観客へ変えてしまう。

 

「怒るべき相手」「泣ける被害者」「失言した権力者」「正義の告発者」という構図に落とし込めば、短時間で視聴率は取りやすい。

 

だがそれは、政治や社会の複雑さを理解する習慣を奪う。

 

保守主義が重視するのは、急進的な情念ではなく、制度の蓄積、共同体の安定、歴史的連続性、そして責任ある自由である。煽り報道は、そのどれとも相性が悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

改善策はあるのか?

 

素人の私ですが、単純にこう考えてみた。

 

①ニュースと論評をもっと明確に分ける

事実の報告と、価値判断を含むコメントが曖昧に混ざるから、視聴者は知らないうちに“結論つきの事実”を飲み込まされる。

 

②編集過程の透明性を高める

どの素材を採用し、何を切り、なぜその専門家を呼んだのか。

少なくとも重大テーマでは、番組サイトなどで説明責任を果たすべきだ。

 

③出演者の思想的多様性を確保する

単に左右一人ずつ置けばよいのではない。本気で論じられる人材を対等に並べることが重要である。

 

④BPO的な事後チェックだけでなく、各局の内部で「視聴率より正確性」「映像映えより文脈」「速さより裏取り」を徹底する文化を立て直す

BPOが繰り返し問題にしてきたのは、結局のところ、確認不足、過度な演出、安易な取材、編集の詰めの甘さである。

これはイデオロギー以前に、ジャーナリズムの基礎体力の問題だ。

 

⑤記者会見や取材アクセスの開放性を高め、記者クラブ的な同質性を弱める

日本新聞協会の見解も、記者クラブは開かれた存在であるべきで、会見参加者を一律に限定すべきではないとしている。

情報への入口が閉じていれば、当然、出てくる報道も似たものになる。

 

⑥我々自身も「テレビで見たから事実」ではなく、「どういう順番で、どういう言葉で、誰が語っているか」を見る習慣を持つ

偏向報道は、受け手が無防備であるほど効く。

保守派が本当に目指すべきなのは、単に“自分たちに都合のいい報道”ではない。

右にも左にも煽られず、共同体の長期的利益を考えられる、成熟した言論空間の回復である。

 

 

【 結 論 】

日本のテレビ報道が抱える問題は、単純に「左か右か」で終わる話ではない。だが保守的視点から見れば、現在の日本の放送空間には確かに、国家・秩序・継続性・責任といった価値を軽んじ、感情・対立・告発・不安を優先する傾向がある。そしてその傾向は、誤報や不適切編集、取材源保護の失敗、横並び体質、信頼低下という形で、制度的にも可視化されている。報道の自由は、民主主義に不可欠である。だからこそ、報道は自由であるだけでなく、節度と自省を持たなければならないからこそ権力監視は必要だ。しかし、権力を叩くこと自体が自己目的化し、視聴者を煽り、結論ありきで社会を切り取るなら、それはもはや健全な監視ではない。

 

 

保守の立場から求めたいのは、政権擁護のための報道ではなく、日本社会を壊さず、視聴者を扇動せず、事実を事実として丁寧に伝える報道である。

 

 

その当たり前が回復されない限り、テレビへの不信はさらに深まり、国民の分断はますます広がっていくのだろう。

 

自分なりの目線で書きました。

 

 
異論反論はあるかと思いますが、あくまで個人の意見です。
 
ではまた、