感覚を覚えてる。死ぬ選択する時は衝動であり

衝動に色々とそれまでの経緯と過程がある。

過程が沢山あるから衝動がくる。

今ならいけそうだという衝動が最近になり

頻繁に訪れている。

もう終わり時なんだなと思う。



この頃は辛い。

何がしたいかもわかってないまま生きすぎた。

どうしたいかもわからない。

望むものがない。



病気の加速が著しく

頻繁にフラッシュバックが起こる。

自殺しないと終わらないと思う。

寝られない。

疲れた。これが生きるということ。



フラッシュバックは誘発する。

自分が過去のダメージとして脅かされたもののキーワードが日常の情報としてありふれている。

見た途端に連鎖して

その過去を想像させる形を展開しやがる。

誘発しなくてもいきなり出てくる場合もあれば

夢に現れる時や

恨んでる人や傷をおわせてきた人に

付きまとわれて何かを言われる幻覚をみる。

幻覚だと理解できるからまだいい。

大抵浅い眠りでうなされている時だから。



常に数年前に言われたような言葉や

相手が俺に思っていた嫌な気持ちを頭に残したまま

リピートされてる。

繰り返されてる。

本当にしんどい。



死なないと治らない。

生きても仕方ない。

死のうと思う。

このおかしな部分が消えたら豊かになるという話でもなく

元々存在してはいけない部類まで育ってしまったこと自体がおわり。

全てを否定しなくてはいけない理由に大いになりうる。



死ねなかったことに後悔してるから

死ねるように生きてる。

今死ねば後悔しない。

こんなにも無様な人生はないと思う。

俺は何がしたかったんだろうとよく思うが

何もなかったから

そこにも先にも答えがない。



自殺しないといけない。

毎日俺のあたまによぎる。

これはあの時の衝動と一緒で

信じてた人のメッキが剥がれてきてから

再発した。



ありがたい。

1番信じて大切にしてた人のおかげで

俺の死が綺麗に写るし

満足に死ねる。

人を見ててよかった。

ここまで人間がゴミ屑のようだと思えたらこの先に

希望は一切見いだせなくて済む。



面倒なのは生きて何かをしたいみたいに

何かに希望を寄せることで

どうせありもしない中途半端な

優しさをもたらす何かがこの先生きていれば

また現れるから

惑わされず、今まで見てきた全てを信じるしかない。



最近は、死んだ時に嬉しがられたら

こんなクズが生きてる世界を早く離脱できてよかったと安堵できると思っていたから

人から嫌われるように生きている。

悲しむ気持ちも3日で終われば

他人の生き様に興味なんてなくて

いつ死のうがなんも始まりも終わりも変わりもしないわけで。



今日も明日も終わらないで続いてる。

俺の病気も終わらず

もうこれ以上何が続くのかな。



最近は文字を打っても文章がまとまらず

何かを書きたくて

特に毒を吐きたいのに

吐けなくて書いて消して書いて消してを繰り返してます。



文だけじゃなくて

やること全てをやっては終わらせて

またやって終わって

すぐ疲れ果てます。

もうピアノも弾くのも嫌になってしまった。

全部疲れた。



もう無理かもしれないな。と思う。

無理かもしれないと思うほど

俺の救われる確率が上がるからいいけど。

死ぬってすごくいいよね。

嫌なことがあればあるほど死に近づけるんだよ。



これ以上体調も良くなるとは思っておらず

また考え方も生き方も変えられる気力はないので

あと少しの余生をぼちぼちと生きて

整理しながら死のうと思います。

今日の夜、ふともう無理だろうと思いました。



すごく気持ちが悪いです。

あの時死ねていたらなあ。