ラブアンドシーフ29(CM) | Fragment

Fragment

ホミンを色んな仕事させながら恋愛させてます。
食べてるホミンちゃん書いてるのが趣味です。
未成年者のお客様の閲覧はご遠慮ください。

ドンへとウニョクが戻ってきたのはそれから間もなくのことだった。

『上手くいった、テミンとミンホももうすぐ着くよ、』

ウニョクが疲れた顔で言った。
けれど興奮している目だった。
僕が知らないところでどんなことをしていたのだろうか。

もし今夜が上手くいっても、新しい代表者へ報復行為ができないための後始末が綺麗にできなければ意味がない。
その辺というものを、どうやらヒチョルとシウォンが担っているようだ。
確かにシウォンはそういうものに知識も経験も豊富そうだ。

テミンとミンホが戻り、そしてヒチョルとシウォンが無事に現場から離れるのを見届けるのがユンホの役目。

ユンホ。

早く戻ってきて。


手を握っていた。
祈るように。
手を合わせて、僕は彼の無事を願い、祈っていた。







ドンへ達が持ち帰ったものを倉庫に押し込む。
そうしているうちにテミンとミンホが戻った。

『おかえり、』

『チャミニヒョン、ただいま!』

顔を覆っていた黒いマントをずらして、可愛い白い顔を露わにする。
ミンホがテミンを後ろから守る様に馬を走らせてきたようだった。

ふたりが持ち帰ったものは少なかった。
書類が主なようだった。
たくさんの権利や証明されるものが含まれているのだろう。
うまく話は着いたのだろうか。
キュヒョンのハヤブサは今どこを飛んでいるのだろう。

『譲渡先がなかなか頷かない。』

ミンホが馬を降りながら言った。

『報復を恐れて、まとまりかけた話から腰を引いてしまっている状態です。』

『譲渡先はどんな人なの?』

僕はミンホに聞いた。
ミンホは僅かに眉間を寄せた。

『あの子の、父親になる人です。』

それはつまり、あの女性の主人。

『夫婦であの店を経営していたんじゃないの?』

『そうです、けど、それ以前は主人があの工場で働いていたんです。重役として。』

『、』

あの一家も、あの工場の悪に手をかけられた家だったのか。


『っ、』

寒気がした。
もし、もし、あの女性が僕の母親で、その主人が父親だったら。
あのふたりは二度も人生を振り回されたことになるというのか。

せっかく掴んだ菓子屋での幸せだとしたら。

怖気付く気持ちもわからなくもない。

けれどこの話がまとまらなければ、今回の計画が足元から崩れることになるのではないか。

『最初のユンホ兄さんからの交渉で断ったんです。けれど、なん度も足を運んで、ヒチョル兄さんとシウォン兄さんも話をしにいって、ようやく頷いてくれたんですよ。』

ミンホの低い声がその過程の苦労を感じさせた。
その分、主人も悩んだということだ。
とてもとても悩んだということだ。
そして今、この盗賊団という非現実的な世界
の人たちを見て、現実を目の前にしているんだ。

なんてことだ。

『ミノ、僕は行ってくる。』

『え?』

『あの子を連れて行ってくる。』

『でも、』

『みんながいるのは工場?それとも菓子屋?』

『工場です。』

『わかった、ありがとう、』

『俺も行きます、』

『大丈夫、テミンを休ませてあげて、』

『でも、』

『ありがとう、きっと大丈夫、僕にはユンホがいるから。』





僕にはユンホがいるから。





どの口が言ったのだろうね。
どこから湧いてくる言葉で、
どこから湧いてくる勇気なんだろう。

不思議だね。

ユンホ。

ここが僕のこの作戦の不必要な頑張りかもしれない。


男の子をマントで包んで、馬に乗せた。
寒くないようにマントのなかに入れて。
馬で駆けた。
大きい工場だから場所はわかる。
裏口の場所はミンホに聞いてきた。

男の子を起こして着替えさせる。
ウサギのぬいぐるみを抱かせる。
これまで貯めたお小遣いの残りを入れたリュックを背負わせる。

『チャンミニヒョン、新しいお母さんのところにいくの?』

『うん、でもその前に、新しいお父さんのところに行こう。』

『どうして?ユンホヒョンは?』

『お父さんとユンホが一緒にお話しているから、そこに行くんだよ。』

『そっかぁ、』

マントの下で笑う声が聞こえた。
楽しみにしてくれているのだろう。
その期待に応えたいと思った。
僕はこの子を、幸せな家庭に預けたい。

幸せになって欲しい。
この子には。
あの家族には。

僕の両親かもしれないふたりには―――――



鳥の高い鳴き声が聞こえた。
キュヒョンのハヤブサだ。
まだ薄暗いなかを、閃光のように白く輝き飛んでくる。

僕のことを報せて欲しい。

僕は金色の指輪を指から外した。
馬を走らせながら指を空に掲げる。
ハヤブサが急降下して金色の指輪を嘴に引っ掛けて飛び去った。

ユンホに報せて。

僕が行くよって。

邪魔になるだけかもしれないけれど。

多分、僕とこの子が行くべきなんだ。

僕とこの子という「現実」を見てもらうべきなんだ。

この子のお父さんになる人にも。



白い閃光を追って、進む夜明けを駆ける。

街の中に入っても、馬を置かず乗って走り続けた。
工場の周りは静かだった。
皆の完璧な下準備の成果だろう。
気づかれない。
欺かれない。
それらを抑えてからの実行なんだ。
それを目の当たりにしたこの静けさだった。


工場の裏側に回る。
馬を降りた。
男の子をそのまま抱いて僕は走った。
微かに見える明かりの方へ。

『ここどこ?』

『ユンホがいるところ。』

走りながら男の子が聞いてくる。
朝を迎えようとしている。
だいぶ明るい。

街の人たちが目覚める。

早く全てを終わらせなければ。

明るくなったせいで部屋の明かりが目立たなくなる。
どの部屋だろう。
焦る。

すると鳥の鳴き声がした。
キュヒョンのハヤブサだ。
工場の廊下のなかを飛んでいる。
僕を追い抜き、そして導くように目の前を飛びつづけた。

話し声と人の気配がした。

『ユンホヒョンの声だね、』

『うん、』

廊下に人影が現れた。
飛び出してきた。

『チャンミン!』
『ユンホ!』

ユンホの手には、金色の指輪が握られていた。
ハヤブサから受け取ったのだろう。

『ハヤブサが、』
『うん、今行くって、知らせたくて。ミンホから状況を聞いたの、』

部屋の中からシウォンとヒチョルの声が聞こえる。
尚も交渉と説得が続いているのだろう。

『なんで連れてきた、』

男の子の存在にユンホは歯軋りをした。
でも今の僕は怯まない。

『あなたがいてくれるから、』

『、』

『僕とこの子から伝えるべきことがあると思った。』

僕が言ったことだなんて、信じられないような言葉だった。
今夜の僕はどうにかしている。

ユンホは息を吐いた。
彼の肩から力が少しだけ抜けたのは気のせいではないだろう。

『わかった、』

ユンホは頷いて僕の手を引いた。
僕は男の子の手を引く。
ヒチョルとシウォンがいる部屋に入った。

ドキドキした。
そこにいる見たこともない男の人が僕の父親かもしれないのだ。

ううん、違う。

今は、

この子の父親になる人なんだ。

今一番大切なのは、そこなんだ。



『チャンミン、』

シウォンが驚いた顔で僕を見た。
男の子の存在に「何故」と驚いた顔をした男性がいた。

五十、六十手前に見える。
あの女性の主人なのだろうが、女性のほうが若く見える。
並んでみるとそれはそれで夫婦にしっかりと見えるのだろうけれど。

僕の父親だとしたら、ちょうどいい年齢なのかもしれない。

『その子は、』

男性が言った。
男の子は僕の陰に隠れた。

『これから奥さんのところに届ける子です、』

僕が答えた。

『じゃあ、』

男性が目を見開いた。
僕が頷く。
父親になる人は初めて目の前にするのかもしれない。
店頭にいたのはいつも女性の方がったからかな。

『お願いします、この工場をよく知っているあなただから立て直せるはずです。』

ヒチョルが言った。
見慣れない姿にドキドキした。
男の子は僕を見上げて言った。

『おとう、さん?』

僕は頷いた。
その予定の人だ。
ううん、もう、親子の関係が出来ているはずだ。

『お願いします、この子のためにも、』

ヒチョルが頭を下げた。
こんな姿もまた、見慣れなくてドキドキした。

『この子の両親を、あなたは部下に持っていた。』

シウォンが言った。
そんな関係だったのか。
驚いた。
そうだとしたら、この子は物凄い運命の中にきることになる。
男性は頷いた。
けれどこの子とは面識がない関係だったのだろう。
無理もない、この子の両親は働き詰めで、そして冤罪を負わされていなくなってしまったのだから。
子供を上司に見せる機会と余裕なんてなかっただろう。
この子の両親は、恐れを抱いて働いていたのだろうから。

シウォンが続けた。

『なんの罪もない従業員の無念と、残された子供と、そして残っている従業員の明日がこの工場には残っているんです。』

ユンホは黙っていた。

『報復は完璧に潰してさせません。俺達はあなたを含め、この工場と雇い主に苦しめられた人達に、ここで新たに生きることを取り戻して欲しいんです。』

そのシウォンの言葉に、ヒチョルとユンホが頷いた。

『僕のお父さんとお母さん、知ってるの?』

男性への質問を、僕に投げてくる。
子供ながらに緊張している証拠だろう。

『そうだよ、』

男性が答えた。

『全てをあなたに背負わせることになるのはとても心苦しい。』

ヒチョルが言った。

『けど、俺達は今日限りで終わるような男じゃないんでね。』

いつもの見慣れたヒチョルに戻っていた。

『あんたは二度も殺されたようなもんだ。』

二度?

シウォンが僕を見た。
ヒチョルが僕を見た。

ユンホも僕を見た。

『子供と家と名前すらも奪われ、そして働き口をまた奪われた。』

また、ドキドキしてきた。

『ああ、生きているのなら、君たちぐらいになる男の子が居たんだ。』

男性が懐かしむように、哀しむように目を細めて言った。

『だからこそ、俺達はあなたに今度こそたくさんのものを取り戻して欲しい。』

シウォンが身を乗り出すようにして言った。

ドキドキしている。

もしかして。

やっぱり。

まさか。

そんな。

たくさんの予感が僕のなかで溢れている。
ドキドキが止まらなかった。



僕は暫く呼吸を忘れていたと思う。



男性は言った。

『妻と、この子と、菓子を作っているだけでも十分だと、やはり思うんだ。』

その通りだと思う。
あの店には本当に幸せな匂いが溢れているのだから。

『けれど、この子を前にすると、やはりあのふたりを思い出してならないよ。』

あのふたりとは、この子の両親のことだろう。

男性は頭を抱えるようにして項垂れた。
震えている。
泣いているのかもしれない。

救えなかった無念に。
これまでの苦労に。
たくさんの悲しみに。

僕の影から男の子が出てくる。

男性の前に歩み出た。



『泣いてるの?』

男の子の小さな手が、男性の頭に触れた。
泣いている顔がむくりと起き上がる。

『...、おとうさん、』

男の子は言った。
年の離れている親子が生まれた。

男性は父親になった。
その父親の目から大きな涙がこぼれ落ちた。

『僕、お母さんとケーキ作るから、ちゃんと作れるように頑張るから、』

完全な親子の姿だと思った。
不完全過ぎる個体が、完全になれる出会いをしたんだ。

『...、お、父さんは、泣かなくていいんだよ、』

立派な後継者が出来たではないか。
あの砂糖のケーキを世界一美味しく作れる大人になるかもしれない後継者が。

僕達の言葉なんかより、ずっとずっと引けた腰を立たせてくれる言葉だったろう。




ユンホが僕達の前に出た。

男性の前に出た。

『完璧な仕事をするのが俺達です。』

そうだね。

『俺達を信じて、引き受けて頂けませんか。』

信じる。

簡単に出来ることじゃないよね。

信じて裏切られて、それでも生きていかなくちゃいけない人達はたくさんいる。

ここにも、あの館にも、世界中にも。


『俺は、あなたの再生を、この子の希望を、信じたいんです。』


ひとりでも多く。

少しでも多く。

失った何かを取り戻すために、自分たちを信じて走り続ける。

それがこの盗賊団だ。






男性は男の子を抱きしめて泣いた。

その腕には、僕と同じ銀色の腕輪がはめられていた。

僕はそっと袖を伸ばして隠した。


それを三人の盗賊が気づいていたかはわからない。

これでよかった。

僕はそう言いきれる。


遠い遠い記憶にもない遠い日に、

僕もきっとこんなふうに抱きしめられていたのだろうから。

そう想い描くことができただけで、僕は満たされる以上のなにかを感じていたのだった。


















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