NY時間で22日夜7時から、ドンカルロの初日の公演がありました。NYに行ってないので、自宅で

メットライヴ放送をキャッチして初めて録音に成功しました。日本時間で朝の九時から始まり終わったのは

昼過ぎ1時半を過ぎていました。友人が二人、一人はカルロを歌っているアラーニャ・ファン、もう一人はロドリーゴを歌っているキンリーサイドファンが現地に行って聞いています。彼らと同時に私が日本で聞いていたとは

夢にも思っていないことでしょう。放送キャッチは、超マニアなプロッフェショナルと私が名付けているルチアさん

のおかげです。今は今日の放送を思い出して、気分が高揚しています。さて、これからこれをCDに落とす作業がありますが、これが又一苦労でしょう。私に出来るかどうか?

メットとしては新しい演出のニコラス・ハイトナーのものですが、ロンドンで見てきているので、今日舞台を見ることはできなかったのですが、おおよそ、舞台を想像できたのは幸いです。1月にメットライヴ ビューイングで、映画館にかかる時は是非見に行きたいと思っている。今日の歌唱についての感想は、パソコンで聞いているので

はっきり言えないけど、聴衆は初日なので、拍手の量が甘いと感じられるところもありました。でも、ここでは、

初日公演無事終了の拍手を送りたいですね。

何々さんの奥様でいらっしゃいますか?と問われる時が一番嫌いです。子供が小さい時には

何々ちゃんのお母さん、と言われる時も大嫌いだった。

私は自分固有の名前を持ってるんだって思って。

中学生の時同級生に同じ姓の友達がいた。そこで、二人を区別するために、私達はクラスの中で

名前で呼ばれた。私は美枝子さん、もう一人は祥子さん。だから、高校までの友人は私をみえこさん

って呼んでくれて、今に至っている。

女は結婚後、姓を夫の姓に代わるのが日本のやり方だから、当然、私もそうなった。

でも、夫の所有物ではないという、気持ちがつよいから、私は姓で呼ばれるのは嫌いだ。

男性はそんな女の気持ちは分からないだろう。考えた事もないだろう。

それで、外国生活を何年かして(アメリカとアイルランド)親しい間柄では彼らが名前で呼び合うのが

ピッタリと私の気分に合った。

今でも、姓で呼ばれるのは嫌いだ。

そこでオペラの世界に話は飛ぶと、有名歌手を呼ぶときは私達は、大体姓で呼んでいる。

でも、インタビューなどの時は、司会者は名前で呼んでいるように思う。例えば我々は

ドミンゴさんをドミンゴがどうしたの、こうしたのと言って話をするけど、プラシッドがどうした、

こうしたとは言わない。でも、インタービュト時、司会者の呼びかけは「プラシッド」と呼んで

いるようにおもう。ミスター ドミンゴと呼んでいるのを聞いたことないんだけど。

指揮者のフィリップ・ジョーダンにサインをもらった時、何だか、やたらと短いなぐり書きの

名前を書いてくれたので、始めは何て書いてあるのか分かりにくかったが直ぐ、それは

フィリップと書いてあることがわかった。彼は姓を書かない。その理由は私なりに判断した

結果は?彼の父親は有名な指揮者(音楽家)らしい。そこで、二世ジョーダンさんは、自分を

主張するために、フィリップと書いているのだと。これが私の推量。

姓は個人を表さない、名前が個人をあらわす。これが私の言いたいことです。

ヴェネズエラのおじさんと、私達が呼んでいる、アルトウーロ・コントレラス(こういう風に発音するかどうかは

わからない)が、います。初めてであったのはメットのファウストの初日でした。大変なアラーニャ・ファンです。

ヴェネズエラ人でカラカスに住んでいます。

その日は、私はドミトリー・ホロストフスキーに会うため、おじさんは

アラーニャにあるためでした。その二人がなかなかステージドアに現れなかったのです。楽屋から出てきた関係者曰く「今日はパーティーがあってるから。みんななかなか出てこないよ」と言った。英語の分かる待ち人達は

その言葉を聴いて大体帰っていった。私は、そこにいた一人の男性に、どうして帰らないのかって聞いたら、

自分は英語が分からないから、何て言ってたのかわからないと私に言った。そこで、今聞いた内容を教えてあげた。でも、待っているって彼が言うから、私も釣られて待っていた。英語が分からないということを、私に英語の

片言で言ったんだから、英語がまるで分からないわけではないでしょう。私がスペイン語がわからないんだから、どうやって意思の疎通をしたのか、今になると不思議ですけど。

それで、確かそのうちアラーニャが先に出てきて、最後にドミトリーが出てきてくれた。もう夜中の一時過ぎだったはずです。アラーニャの事は忘れたけど、おじさんが帰ってしまったあと、ついでだから私は一人で待っていた。

その私の姿をドミトリーが見て「まだ、待っていてくれたのか!」と言って嬉しそうにしたのは忘れられない。

そこで、サインをしてもらった。

それがヴェネズエラのおじさんとの出会いの始まりです。メールを良くくれていますが、何せ殆ど、スペイン語で

言ってくるから、私は分からない。

そこで、もう一人の男性が登場。それがジョージです。多分彼もヴェネズエラ人だと思う。聞いたことはない。

でもジョージはバス歌手で、ファウストのとき、合奏団で歌ってたんだとおもう。ジョージが、スペイン語からの通訳は僕がするから大丈夫と言ってくれた。ジョージはメットのそばにすんでいて、アメリカ、ヨーロッパなどで歌っているらしい。でも、第一線じゃなさそうだから、いつもあっちこちに行ってる。

昨日もメールでで「今フロリダでリサイタルだ」って書いてきてくれた。

いつかは、スペインでバルトロを歌ってきたと言ったので、そこでは役が付いたんだろう。一年位前に会った時は

「今、ブルックリンでオーディションを受けてきた」って言った。歌手は、役をもらうために非常に苦心しているのを

まじかに見て、メットで歌ってる人は、早くでもスターなんだと思っている。


内緒話、   それなのに、今日のリチートラは声が出てなかった、とか、アラーニャの声は、音程が不安定で聞きつらい、フレミングの声はかすれているから嫌いだ、とか色々言ってる私は、とんだ」、批評家だわ。

ドミトリーに対する批評は、ファウストの時、メフィストフェレを歌ったルネ・パペと比べて、ヴァランタンを歌ったドミトリーに対して私は言った。「ドミトリーは、パペに負けている!」って。でも、私は音域が違うけど、パペよりドミトリーが好きなんだから、どうしようもない。


ジョージの持っているピアノのこと。

ジョージの言った言葉「ミュージカルは興味がない」

以上は次の時に書きます。