対米交渉に睦奥宗光ばりの外交交渉を行え! | 岐路に立つ日本を考える

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 私は日本を世界に誇ることのできる素晴らしい国だと思っていますが、残念ながらこの思いはまだ多くの国民の共通の考えとはなっていないようです。
 日本の抱えている問題について自分なりの見解を表明しながら、この思いを広げていきたいと思っています。


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 1894年に日英通商航海条約が成立しました。この条約改正によって、日本国民の悲願だった治外法権の撤廃が実現しました。当時世界最強の英国を相手にこの条約改正が実現したことで、他の列強諸国とも治外法権の撤廃が一気に進んで行きました。

 この条約改正はどのようにして実現したのでしょうか。日本が何も言わずとも、イギリスが自らの権益を進んで放棄することを申し入れてきたのでしょうか。そんなわけはありませんよね。

 実はこの条約改正の直後に日清戦争が開戦しており、この条約改正は日清戦争開戦と不可分に結びついたものでした。日清戦争が不可避であるとの判断に至った段階で、当時の外務大臣の陸奥宗光は、「これから日本は清と戦争を始めることになるが、我々は清に在住している英国民の生命や財産や利権を守る立場に立つつもりでいる。しかしながらそれは日本が貴国から文明国として認められることが前提であり、文明国として認められていないのであれば、我々が文明的に振る舞う必然性はなくなることになる。我々を文明国として認める条約改正を行ってもらいたい」という話を英国に対して行ったわけです。一見極めて理性的なものの言い方ではありますが、「我が国を文明国として認めないなら、英国民の生命も財産も利権も知ったこっちゃないからな」ということを言っているわけで、端的に言えば脅しのようなものです。現実の開戦が間近に迫っており、自国民の危険が直面するのが避けがたい状況の中で、英国としても陸奥の言うことを飲まざるを得なくなったわけです。

 さすが外交交渉のうまい陸奥だなと感心しますが、こうした陸奥の外交交渉術は現代の日本外交で果たして活かされているのでしょうか。

 中国や韓国を相手にした外交においては、無条件の平和外交が展開されなくなった点において、現在の安倍内閣の外交は評価できます。しかしながら、対米外交についてはどうでしょうか。

 最近になって交渉参加したばかりのTPPにおいては、まだ十分に情報の咀嚼ができていないはずなのに、アメリカのご機嫌を伺うように、年内の妥結の旗ふり役を演じています。仮に真剣に日本の国益を実現するために交渉に臨もうとするのであるならば、むしろ自分たちが情報収集の点でキャッチアップするための時間を確保しようとするでしょう。一見では何気ない文章にしか見えないものの中にどのようなワナが仕掛けられているかの分析も進められる時間を確保しようとするでしょう。その上で国益実現のための戦略を練っていけるだけの時間も確保するように動くはずでしょう。すなわち、何かと理由をつけて当面の交渉が進まないようにするのが、交渉力を発揮するためには絶対に必要となるはずなのに、そのような動きは全く見えないのです。かんぽ生命が日本生命と進めてきた提携を反古にしながら、アフラックのがん保険を販売することまで日本政府は音頭をとることまで行われました。では、これらと引き換えにして日本はいかなる譲歩をアメリカから引き出したのでしょうか。

 アメリカとの関係を意図的に悪くすることには、もちろん全く意味はありません。できるだけ仲良くしておくことは、確かに対中関係などを考えた場合に重要性を持つでしょう。しかし、良好な対米関係を保つことはあくまで手段に過ぎないはずです。諸外国から口を挟まれることなく、日本国政府が日本人の生命・安全・財産の保全と強化に持てる力をフルに活用できる状態を実現することが、我が国が目指すべき目標です。この目標に近づくのにアメリカをなるべく敵に回さない方が賢明であるから、アメリカに対する無用な刺激は避けるべきだということはなりますが、対米融和が仮にこの目標の実現を遠ざけるようであるなら、本末転倒と言わなければならないでしょう。

 尖閣諸島での漁業活動・洋上慰霊祭を、海上保安庁が徹底的に邪魔をしてきたという件で、チャンネル桜の水島社長は海上保安庁に対して強い憤りを表明されておりました。その憤りはもっともですが、ではなぜ日本の海上保安庁はそこまでの妨害活動を行ったのでしょうか。尖閣諸島における現状変更は一切認めないというアメリカ政府の方針に、日本政府が異を唱えていないせいでしょう。これは対米交渉において様々な譲歩をすでに日本が行っているのにも関わらず、尖閣の領有権をアメリカ側に認めさせることすらできていないということを如実に示しています。

 尖閣諸島を我が国の主権の及ぶ領土として、当然の権利を行使することをアメリカに話した際に、アメリカから強烈な反発があったとしましょう。この時に、陸奥宗光にならって「我々が自らが当然持つ主権を行使することを同盟国であるアメリカが仮に容認しないならば、世界はどのような目でアメリカを見ることになるでしょうか。一度試してみる価値はあるかもしれませんね。とにかく私たちは自らの主権を行使するまでです。」くらいのことを言ってやるべきではないでしょうか。実際やる前には、尖閣諸島が日本の領土であることを徹底的に世界にアピールする粘り強い動きを作っておくべきですが、それはともかくとして、そのような主権国家としての当然の主張や動きが、今なお対米的には全く見えてこないのが、安倍政権の決定的な弱点になっていると感じます。

 国際公約(対米公約)だから消費税の引き上げを実施し、国際公約(対米公約)だから目先のプライマリーバランスを重視した財政運営を行い、国際公約(対米公約)だから日本の公共部門まで外資に開放する「成長戦略」を策定するというのでは、我が国が真に独立国になっていこうという「戦後レジュームからの脱却」と全く相反する動きにしかなりません。そしてこの原因は安倍政権が「手段」と「目標」の関係を完全に見失っていることと関係するのではないかと、私には感じられます。そして、「手段」と「目標」の関係を完全に見失っているとすれば、この政権の動きによって、最終的に日本の自立はさらに決定的に遠ざけられることになります。

 睦奥宗光は当時の世界ナンバーワン大国であるイギリス相手に、相手にとって不快な条件を平然と突きつけ、恫喝を加える中でその条件を飲ませました。しかしながら、それによって日本とイギリスの仲はむしろよくなり、日英同盟につながっていくことにもなりました。こうしたやり取りが外交の世界では実際に常に展開していることだという当たり前の事実に、私たちはしっかりと気がつく必要があると考えます。

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