ワッフルのランチを食べさせてくれるCafe

ワッフルのイメージは、どちらかというと甘く歯ごたえのよいお菓子のイメージ。

ここのワッフルは、さっぱりとした味で肉料理にもよく合う。

ワッフルにランチの種類ごとにベーコン、ハム、スモーキーサーモン、スモーキーチキンなどをのせ、

有機無農薬野菜のサラダ。

もちろん近くの農業高校の生徒たちがつくり育てた新鮮野菜も出されている。

デザートは、コーヒーゼリー、シナモンクッキー。

のみものは、いろんな中から選べる。

もうひとつだされるプレーンワッフルに蜂蜜をつけてと------。

コンテナをL字型につなげ、こっくりしたブルーの外観。

気さくで話しやすいオーナー母娘。

左官やさんのような壁を塗り、娘さんの留学時代に撮った街角のモノクロ写真を飾り、

できるだけ手づくりにしたかったとの思いが、にじみ出ている店内。

ガラス戸越しにアマガエルと目が合う。

ほぼ毎週のように妻と二人で通っている。

《yuta》

 

 

 

 暑~い日がつづきつつも

おいしいワッフルランチを食べさせてくれるCafeに行った。

ガラス越しの席だった。

「ねえ、ここよ、ここ、ほーらよく見て」

と外を指さす妻。

目を凝らしていると----見つけました。

暑いのにじっとしてるね。

ちなみにその夜、雨がざーっと降りました。

               《yuta》

 

 

 

 

行き交う人々やわんちゃん猫ちゃんたちを見守るあくび。

コンクリート塀の開いた窓から日々顔を出す。

家の中から見ていると、お気に入りかそれこそ犬猿の仲か

わかるんですね~。

背中の毛が逆立っているときはもちろんアウト。

しっぽをふってるときは、中学生のとくに女子、

あくびの大好きな飼い主さん、

などなど----。

雨が降ってない限り真冬でもない限りサッシを開放し、

家の中と塀の窓を行ったり来たり。

おかげで運動不足にならずに

でも、フランクフルト体形は維持しながら

日々楽しんでるようです。

    《yuta》

 

 






今年の5月のこと。

わが家に1歳のわんちゃんがやってきた。

 お父さんはジャーマンシェパード、お母さんはラブラドールのミックス犬。

もう犬を飼うことは我が家にはありえないと考えていたが----


 いろいろな事情もあり、妻とさんざん悩みましたが我が家に迎えることができた。

最初は、鳴き声もなく声帯に障害があるのかと心配した。

獣医さんで健康診断を受け予防注射、フィラリア、のみ対策、検便など一通り診てもらい

とくに心配ないと言われた時にはほっとした。

皮膚の発赤に薬用シャンプーを投薬され獣医さんから帰宅。


鳴き声もなく吠えず、おとなしく----。


 名前は、いろいろ悩み二代目「あくび」に落ち着く。

ずっと一緒に楽しいひとときを過ごし----


 2~3日すると二人とも仕事がはじまる。

日中はあくびだけとなり後ろ髪をひかれる思いで家のなかに残し出勤。

昼休み、妻がこっそり家に戻って様子をみるとおとなしく昼寝をしていた。


 妻が夕方、帰宅し大仰天。

わたしの本が数冊噛み千切られ、布団の上におしっこの痕、ちぎれちぎれの新聞が枯葉のごとく----

散乱したゴミの山を片付ける妻。

帰宅したわたし。

マシンガンのように状況説明をする妻。

だまって聞くわたし。

でも妻は返そうとか後悔したとか言わなかった。

ほっとするわたし。


 頼んでいたケージが届き、いよいよ出かけるときはケージに入らせるようにした。

そうこうするうち朝晩のお散歩時に排尿便をするようになった。

それとともにひっぱるようにもなり、妻の力では不安な状態となった。

なんせ体重27kg。


 朝晩2回のお散歩は、わたし。夕方のおしっこだけ妻のサイクルに----。


 このあくび、家人が帰宅するとクーンキューイーンと思い切り甘え声を出し、とびついてはなれない。

どこにでもあとをついてくる。

吠えない心配は、いまは無用。

来客があると一声ワン。お散歩でほかのイヌに会うとウワンと吠えるようになった。


 

女の子なので、発情期間があり生理がしばらく続いた。

落ち着いたので避妊手術を受け、そのうちドッグランデビューかなと思うこの頃。

東京にいる娘の帰省もおかげかどうか頻回になった(*^_^*)



書けそうな気がした。


飼い犬のあくび(ラブラドール11歳)が、この夏旅立って行ってから二か月半になる。





7月にベッドに飛び乗った瞬間、キャンと悲鳴があがった。

てっきり足でもくじいたのでは?と、

すぐかかりつけの獣医さんに連れて行き診てもらった。

レントゲン撮ったり骨をよく触診してもらい

折れてないようなので様子をみることにした。





しばらくは、歩くのが緩慢に見えたが、

ある日、妻が近所に用があり家からほんの10メートルほど離れたとき、

「キャン、キャン」と悲痛な叫び声がおこった。

あわてて、家に戻るとあくびが玄関にうつぶせでクンクン鼻をならしていた。

妻からわたしの職場へ電話があり、家にむかう。

獣医さんに連れて行き、神経専門の獣医さんを紹介され

すぐ、連れて行った。





触診だけでこの子は、一種の免疫系の病気で

自分の神経を自分で攻撃してしまい

とくに後肢の神経組織がやられているため

代替筋肉がかろうじて支えているとの診断だった。

痛みを遮断する抗てんかん薬の一種とステロイド大量投与で

よくなるでしょうと先生から言われた時には

妻と二人、ホッとし獣医師さんに感謝の気持ちでいっぱいだった。

ちょうど、家族みんなが夏休みに入ったところだった。

これで、きっとよくなるね。





しかし、

一日たち二日たち、改善の兆しを見せず

だんだん深刻になっていった。

痛がるのでとなりに寝そべり夜通し体をなでたりしていた。

排便も困難になりわたしの膝を立て

あくびを腹這いにし

さすってさすって

すこしずつ便が出てくるのを

見守った。

ときには、摘便にてかたまりを除いた。

出るとすこし楽になるのか

しずかな寝息が聞こえてきた。

だが、おおむね荒い呼吸が続いた。





4日めだろうか、

一度も食欲がなくなったことのないあくびが、

はじめてごはんを拒否した。

大好きなヨーグルトもいらない、

ハチミツでさえペロリと舐めただけ。

これは、おかしい?

前回かかった獣医さんに連れて行き

入院させてもらうことにした。

歩けず担架にて診察室へ。

あとを追うどころのあくびではなく

荒い呼吸音がむなしく聞き取れるのみだった。



翌日、おそくなったが家の墓参りに妻と出かけた。

担当獣医さんからの着信あり。

血液検査と腹部エコーから、癌の転移と

著しい血小板減少があり、

DIC(播種性血管内凝固症候群)をおこしています。

可能な治療をしますが----。

と獣医さん。

全力で可能な限りお願いしますと頼むしかできない自分に

もどかしさを感じながら、頭がまっしろだった。



いまでも悔いが残る。

翌日、朝はやいからペットクリニック開いてないだろうと

出勤前にあくびの顔を見ていくことをやめ

昼休みにでかけようと思っていた。

10時過ぎ、担当獣医さんより心停止ですと電話。

心マッサージつづけてましょうか?

ぜひ、おねがいします。

すぐ行きます。

到着し、あくびのもとへ、

アンビュー、心マをつづけてもらっているあくびが目に入った。

さわるとすこしだけ硬直がきている。

ありがとうございました。もうかわいそうだから中止して結構です。





係りの方が焼きあがったお骨を丁寧に骨壺に入れてくれた。


いまでも、大好きなりんごとヨーグルトを毎日

お供えしている。



10年間だったけど、とても楽しかったよ。

ありがとうね。

先に旅立っていった仲よしの

ガクちゃん、ジャムくん、ロンちゃん、ココちゃん

さみしくないよね。










あたたかくなると思ったら薄曇り。



防寒対策万全に応援と見物。



どの選手も必死。



最後尾の選手が拍手とともに通過。
帰宅し、クシャミを二回立て続けに。


庭にスノードロップの小さな花がさきました。


クリスマスローズもやっと---。




川越の街を散策してきた。


妻の仲よしウオーキング仲間の奥さんに電話をかけ


ナビしてもらいながら行った。


車のナビがいまいちだったもので(使い方よくわからず)----。


市立美術館のすぐ前の駐車場に停め、共通入館券を買う。





 近代日本画企画展は、京都国立美術館所蔵の作品が多く、とくに青木繁の「婦人像?」何とも言えない目線が魅惑的だった。


博物館では、ちょうど学芸員の方の解説つきだったためよく理解できた。


明治26年の大火で1軒の蔵造商店だけが消失を免れた。





そのことことにより今の金額に換算して1~3億円の蔵造り住宅が建ったそうだ。


本丸御殿の廊下は、足底から寒さが滲んでくるようで昔の生活の厳しさが伝わってきた。


残存するお堀を横に、蔵造通りを歩き時の鐘の前のうどん屋にて「けんちんうどん」を食べる。太い角型の断面は、すいとんのようなうどんだった。





大正浪漫通りをそぞろ歩き、喜多院に到着。





五百羅漢がどうしても見たいので、喜多院の客殿拝観券とセットの券を買い羅漢像に対面できた。







ゆっくり見て歩きたかったが妻の目的地があるので惜しみながら後にした。





じつは、作家さんがつくった陶磁器の器を見たかったのだ。


その店は住宅街にあり、昭和4年に建てられた洋館だった。


赤い横板壁と白い窓枠。


「うつわノート」というギャラリー。


中は、天井と壁がしっくいの白の美しさ。


わたしは、この建物に魅了され、妻は器に夢中だった。


帰宅後、地図を見直すと駐車場の近くに童謡「通りゃんせ」のもとになった神社があるのを見つけた。


こんどは別のルートで散策しようね。



      栃木の山


年が変わりました。本年もよろしくお願いします。


地元のBさんとの会話。


Bさん : この辺も開けてきたけど昔は、あそこにある工場がひとつあるきりだったんだよ。




           栃木の雪景色


職員  : 確かに年配の方にお聞きしたことがありますよ。大きい木や桑畑、終戦後の引揚者による開墾

地とか近くに碑がありましたね。




              しらさぎ


Bさん : 40年前になるけど、お呼ばれでふるまわれ毛呂から帰ってきたんだ。だけど、おれん家にいっこうたどり着かないんだよ。ここら辺をぐるぐるまわっているうちにやっと駐在所の灯りがみえてきた。おまわりさんにわけを話しおれん家まで送ってもらった。




            嵐山の田園


職員  : 飲みすぎたんじゃあないですか?


Bさん : いやーあ。きつねにばかされたのさ。


職員 : ・・・・・?


Bさん : じつは、松山の箭弓神社からきつねの子ども2匹もらって飼ってた家が、この近くにあったのさ。可愛がってたんだけど、しばらくして増えすぎちゃって、どうしょうもなくなって放してしまったのよ。だから、むかしはここら辺、きつねがいたわけさ。




           栃木の雪景色


 こんな昔ばなしの聞ける診療所へぜひお寄りください。

今朝、雨だった。


雪やみぞれでなくてよかった。


早速、逃げまわるあくび(10歳ラブラドール女の子)にレインコートを着せ


散歩をすませた。


 こどもの頃は、雪にワクワクした。


校庭、たんぼ、屋根、生垣、草、ごみの上に真っ白の雪が


おおわれていくのがきれいに感じた。


 いまはどうだ。雪でなくてよかった。


スタッドレスひとまず先延ばし。


通勤だいじょうぶ----。


目先のことのみ考える。





 通勤途中に道路端の用水路のフェンスにシラサギがいた。





シャッターチャンス!


住宅街でときどき見かける。


寒いけど一日のはじまりだ。