水谷選手と伊藤選手の
卓球混合ダブルスの試合、
応援しすぎて過呼吸になったわぁ!

本当におめでとう🥇🥇🥇

努力は、裏切らないんだね、
本当におめでとう。


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7月26日(月)

4連休の後、
今日から夫は仕事です。


私は?

と言うと、特にやることありません。

専業主婦は、
お気楽、三食昼寝付き。とは
昔よく聞いたフレーズですが、


なんか悔しい。これ、本音。



私だって、
中学、高校とそれなりに勉強したし、
大学受験もしたし、


就活して、
念願の希望の会社に入ったけど…


その当時、まだ
男女雇用機会均等法なんて
施行されてなかったし…


入社時は、お決まりで
男女の初任給は同額だったけど
毎年、毎年どんどん
差がついていったわ。


そもそも入社時に
今で言う、総合職とか一般職など
女には選択肢すら無かった。

女性は、一般職のみ。
一般職という言葉すら無かった時代。



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私が入社したのは、
一部上場企業の大手企業でした。


四年制の大学を卒業して
それなりに勉強もしていたのに、


入社して初めての仕事は、
配属された課の方々の
お湯呑みを覚えること。


どの湯呑み茶碗が誰の物か
覚えるの。


そして、
〇〇さんはコーヒーはミルク入りとか

△△さんはお砂糖が二つとか
覚えるの。


朝は、誰よりも早く出社して、
皆さんが来る前に
机の上を拭いておくの。



考えられる?



社内には、お局様的な女性も居て、
彼女はお情けで、入社20年後くらいに、
社内試験を受けて、総合職的な役職に
つけて貰ったけど…そこまでよね。



座る椅子は、肘掛けは付いたけど、
どんなに頑張っても
役員にはなれなかったわね…


これ、40年前の話。
私が、大学を卒業して
就職したのが1981年だから。



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結婚が、
寿退社ともてはやされた時代。


私も、結婚し、妊娠し、
出産間際まで仕事したけど、
そこまでだったわ。


社内で、仕事しながら
男性がタバコ吸ってる時代よ、


お腹大きな妊婦が居ても、
男性社員、はばかることなく
ぷかぷかタバコ吸ってるの。


タバコの煙が気持ち悪くて、
まともに席に座っていられなかった。


世間の見方が、
女は結婚したら家に居ろ、
子供育てろ、っていう風潮で、

私自身も、そんなもんだと
思っていたの。


だから出産2ヶ月前に
退社しました。



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今日、夜ご飯を食べながら
夫と少し険悪になりました。



何故なら、
私には、自分の財産が無いことに
気付いたからなんです。



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私が、独身時代に貯めたお金は
結婚する時、
新婚生活を整える為に
ある程度、使ってしまいました。



更に、結婚後も、
子育て中、家計が苦しくなると
自分の貯金から工面していました。



夫も若く、給料も推して知るべし、
バブル崩壊後はどんどん下がる一方、


一時は、会社の株価も
あー💦となり、
私は、お気楽な主婦では
いられなくなり
再就職しました。



その時、子供は3人。
上から、
小学6年生、3年生、1年生。
時は、1998年。


もちろん、時短でしたけど、
仕事と家庭と子育てで
目が回るほど忙しくて、


その頃の子育ての事、
あまり記憶に無いんです。


私のお給料は、全て教育資金と
家計の足しに使われて、
私は、
一銭の貯金も出来ませんでした。



だけどね、そんな事
今の今まで、不満に思った事
無かったんです、ほんとに。



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先週末、
夫が、自分の両親と面会した時、

義母が、自分の銀行残高は、
自分で管理したいと言ってるんだよ、
という話を夫から聞きました。


あーそうか!
お義母さんは、それなりの蓄えを
持っているんだ〜


お義父さんと2人で商売していた時、
給料という名目で、
お義母さんは、ちゃんと報酬を
貰っていたんだわ〜

と、羨ましくなりました。


だって、私には、
家庭と仕事と子育てを担っていたのに、
それ相応の蓄えが無いんですもの…



夫に、私のそういう自分の感情を
率直に伝えたところ、


夫は、あからさまに
不機嫌になりました。



好きなだけ、オレの給料を
使ってるじゃないか〜

そう言ったんです。



その時の夫の表情、

"オレは毎日、会社に行って
仕事してるけど、
オマエは、家に居て、
好きなことしてるだろ"

と、言葉には出さなくても
ありありと顔には出ていました。



違うのよ!
そんなことじゃないのよ!

私にだって
なんらかの可能性が
あったかも知れないのに


私の人生は、
今まで夫と子ども達の
為にあったようなもの。

そのものだったの。

それが、幸せだったし、
疑いすら
持っていなかったのよ。



でもね、

私自身が残せる物が
なんにも無くて
ちょっと虚しくなっただけ、

それを夫に
分かって貰いたかっただけ、

別に、私名義の何かをくれ、と
言ってる訳じゃないのに、


夫は、


何?
結局、金が欲しいのか?


って、不機嫌に言ったの。



全然、分かってない。
私は、私の今までの人生の
何か証が欲しかっただけ、



日本アメリカ韓国フランスイギリス



オリンピックの選手達の
汗と涙とその後に来る
喜びやら充実感が
見ていて羨ましくなって


きっと、

そんな訳の分からないこと

今更どうにもならないこと


考えてしまったのね…


ばかみたいね、私。



弾ける若さが、羨ましくなる
そんなオリンピック観戦でした。




続きます。