
羽生結弦がしていた巫女舞見学…教授明かすゆづ流演出の裏側
女性自身2021年01月21日15時50分
羽生結弦(26)が圧巻の演技で優勝した昨年末のフィギュアスケート全日本選手権。“宿敵”ネイサンにも大きな衝撃を与えたようだ。数年来、トップを争い続けている2人だが、直近の直接対決では、羽生が2連敗中。
「'19年春の世界選手権、その冬にあったGPファイナルで、羽生はチェンに負けを喫しています。新型コロナの状況次第ではあるものの、今年3月にストックホルムで開催予定の世界選手権で久々の直接対決がかなうことが期待されます」(前出・スポーツ紙記者)
'19年のGPファイナルの直後には羽生はチェンについて、「スケートを続けるモチベーションを見失っていたけれど、今の彼は僕にとってスケートを続けるモチベーション」と話したほどの存在。
「羽生選手はコロナ禍で、精神的に“どん底まで落ち切った”時期があると明かしています。コーチ不在で1人で練習を続けた日々が苦しく、“1人でやるのもうやだ、疲れたなって、もうやめようって思った”と。“次はチェンに勝ちたい”という思いは、それでも練習を続ける原動力の一つになったのでは」(フィギュア関係者)
全日本で初披露した新プログラムは“打倒ネイサン”のためのプログラムでもあるのだろう。フィギュアスケート評論家の佐野稔さんは、日本人である羽生ならではの演技だと指摘する。
「羽生選手の新プログラムは、SPはロックで西洋音楽の流れをくんでいますが、フリーの『天と地と』は日本調です。SPを“導入”、フリーを“完結”と見立てるとすると、西洋から入ってきたフィギュアを日本人である自分の中で昇華させて大きく開花させた、というストーリーを感じます」
新プログラムに、ある“日本の伝統”を取り入れているのではないか、と教えてくれたのは、羽生の大学時代の指導教授である、早稲田大学人間科学部人間情報科学科の西村昭治教授だ。
「羽生さんから“巫女舞に興味があって、詳しく見学させてもらった”という話を聞いたことがあります。大学入学前後のころの話だったと思います」
巫女舞とは、神道で神事の際に奉納される舞だ。
「巫女がぐるぐる回転して舞台をあちこち移動しながら舞う様子にフィギュアスケートに通じるものを感じたのかもしれません。自分のフィギュアスケートにオリジナリティを出すために、それを前の『SEIMEI』や今回の『天と地と』の表現に取り入れたんじゃないかと思うんです」(西村教授)
日本人である羽生ならではの演技で、打倒ネイサンへ――。今月17〜18日にはネイサンが全米選手権に出場し5連覇を達成。羽生は彼の演技をしっかり目に焼き付け、さらなる闘志を燃やしたことだろう。
「女性自身」2021年2月2日号 掲載

古代日本において、祭祀を司る巫女自身の上に神が舞い降りるという神がかりの儀式のために行われた舞がもととなり、それが様式化して祈祷や奉納の舞となった。前者(「神がかり系」)においては古来の神がかりや託宣の儀式の形式に則って回っては回り返すという動作を繰り返しながら舞うことなどでその身を清めてからその身に神を降すという、その古態を残すところもあるが、現在では優雅な神楽歌にあわせた舞の優美さを重んじた後者(「八乙女系」)がほとんどである。
歴史
巫女舞の原点は、降神巫(こうしんふ)による神がかりの儀式にあったといわれている。採物を手にした巫女がまず身を清めるための舞を舞い、続いて右回り左回りと順逆双方に交互に回りながら舞う。やがてその旋回運動は激しくなり、しだいに巫女は一種のトランス状態に突入して神がかり(憑依)、跳躍するに至って、神託を下すことになる。舞という言葉はこの旋舞の動きが語源であり、跳躍を主とする踊りもここから生まれたとされる。中国の巫覡の舞の基本を示した『八卦舞譜』には「陰陽を以て綱紀と為す」とあり、舞踏の動作は陰陽を意味する左旋と右盤を必須とすることが記されている。それは太極図が表現する天地がいまだ別れる以前の陰陽混然の姿を示しているとされる。
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右回り左回りと交互に舞い、やがて跳躍するに至る
ってフィギュアスケートそのものじゃないですか!
巫女舞は身を清め、神がかりとなって神を身に下ろすもの。
そういう神聖さみたいなものも羽生くんは取り入れている気がします。
いつだったか、確か淡路島の諭鶴羽神社の境内で羽生くんが踊っていたという話がありましたよね。
プログラムを奉納するように舞っていたというような(うろ覚えですみません)。

