羽生くんの小学校の同学年で、自閉症を持つ裕熙さんは、羽生くんと「裕熙」「結弦」と呼び合う仲よしだったとかニコニコ

交流は今も続き、裕熙さんのお父様は、羽生くんを応援するために会報「羽NewS」を作り、これまでにもう60号を数えています!

シーズン前には裕熙さんが仕事で作っているギョーザを送ってくれ、それが羽生くんは好きなのだそうです。



Twitterから読売新聞の紙面をお借りしました。
https://twitter.com/mamiyuzu519/status/961689769376759808





ちょっと大きくしました。読めますか?






(一部抜粋)


裕熙さんは自閉症で、仙台市の七北田小、中学校の特別支援学級に通っていた。同学年だった羽生選手は時間があれば、特別支援学級に遊びに来た。スケートの授業では滑り方を教え、遠足も一緒。

中学生に入っても、裕熙さんは羽生選手を見かけると、「結弦!」と笑顔で駆け寄った。

裕熙さんは、高校卒業後、自立を目指す施設に通っている。
テレビに羽生選手が映ると、「結弦」と画面に呼びかける。

「裕熙も仕事を頑張ろうね」と言うと、「頑張る!金メダルだ」と答えるという。






⬇のサイトに羽生くんと裕熙さんのエピソードが載っています。

そのなかにあった、ダウン症の書家、金沢翔子さんのお母様のお言葉をご紹介させて頂きます。



「内側から見た自閉症」より
http://matumoto-t.blue.coocan.jp/utigawajihei759.html

ダウン症の書家の金澤翔子さんのお母さんのお言葉 

  
私は「翔子」を、他の誰かと比べることはしなかった。

  「世間体」を気にする必要はない。

  人を気にする(比べる)と、「翔子」は障害者になってしまうが、

人を気にしなければ、障害者ではない。

  私の書く「書」は、観念的な書になってしまっている。

  いろいろな観念がついてしまっている。

  翔子のようにはとうてい書けない。

  

  翔子は、自分の名刺を人に渡すとき、とても丁寧に渡している。

  まったく同じように、わんちゃんにも、とても丁寧に名刺を渡す。

  そしたら、わんちゃんも、じっとして名刺の前で座っていた。

  周囲のみんなは「爆笑」するのだが、

私は、翔子の「平等感」が凄いと思った。

  美しい花があると、自然に手を合わせる。

  夜、外を歩いていて家に入る時には、

お月様に「ありがとう」と言って、家に入る。

  翔子の「平等感」は、社会的観念に侵されていないのだ。






どちらのお話も凄く人としての美しさを感じました。


幼い羽生くんと裕熙くんが

何にも縛られず互いを見つめる姿。


翔子さんが

人という枠すら越えて

この世の全てのものに向ける敬いの心。


そして、それぞれの親御さんが

それをちゃんと理解してくれていること。




リンクの氷にすら一礼する姿。


辛い事や大変なことがあっても

全てに「ありがとう」という気持ちでいたら

いつかきっと良いことがあると

僕はそう思う、と言っていた羽生くん。








羽生くんの姿は

これまでに美しく生きてきた事が映る結晶だと思います。










さて、実は忘れていたんですがタラーウチのブログ

2月5日で、二周年がたちました❗

皆さまのお陰です~。ありがとう(*ノ´∀`*)ノ♥ぱふぱふ~❗



去年は、嬉しがって1周年記念です♡って書いてたんですよ。




それが、今年はころっと忘れてましたあんぐりうさぎ

忘れていた事にちょっとショック受けましたショック!


忘れて、その日何の記事書いてたんだっけ・・って見たら



なんも書いてなかったカナヘイびっくりポーンポーンショーック2倍!


マジか自分(っ-_-)っズコー





いやはやびっくりしました。

・・こんな私ですが、これからもよろしくお願いしますウインクウインク



羽生くんは、多分明日平昌に到着するんでしょうね。

ついに羽生くんが映る~❗

楽しみですね❗






◆お写真はお借りしました。ありがとうございました。