次の目的地、『蓮光寺』に向かう途中。。。 ちょっとした児童公園を通りかかったら。。。 『用土城』とな。 石碑の裏に刻まれた由来によれば、 「この地の豪族藤田氏は天文15年(1546年)に時代に趨勢に鑑み北条氏邦を 養子として受け入れ、後北条氏の傘下に加わり居城の花園城・天神山城を明渡し、 用土城を築き隠退した。 その後天正18年の秀吉の関東攻略により鉢形城と共に落城し廃城となった。 広さは4町2反(約4ヘクタール)あり、内堀・外堀が存在したが大正五年の 開墾により消滅した。しかし、城跡の存していたことを後世に伝えるため 馬場曲輪一同でこの石碑を建立した」ですって。 さりげなすぎて、通りすぎるとこだった(汗) |
次の七福神巡りは。。。 『蓮光寺』です。 山門カッコイイ~♡ ![]() 本堂です。 本堂の横には渡り廊下があって。。。 その先には石仏があります。 境内はこんな感じ。 ![]() ![]() ![]() で、肝心の七福神様は。。。 まずは『福禄寿』サマです。 ここのもデカイ! で、横には。。。 『布袋尊』サマです。 そうです。こちらのお寺では一気に二神。 一挙両得。いや、違うか(笑) この布袋尊サマの下には。。。 なぜかミニ布袋尊サマが。。。 境内には他の参拝客もいなかったし、のんびりしようと思ってたら。。。 それを許さないヤツがいました。 それが、コイツ。 ↓↓↓↓↓ ものっっっすごい威嚇されました。 何でだ??? そんなに怪しかったかっ!? |
大谷山・蓮光寺
〒369-1201 埼玉県大里郡寄居町用土 798-1
電話: 048-584-2676
〒369-1201 埼玉県大里郡寄居町用土 798-1
電話: 048-584-2676
『用土城』とな。
石碑の裏に刻まれた由来によれば、 「この地の豪族藤田氏は天文15年(1546年)に時代に趨勢に鑑み北条氏邦を 養子として受け入れ、後北条氏の傘下に加わり居城の花園城・天神山城を明渡し、 用土城を築き隠退した。 その後天正18年の秀吉の関東攻略により鉢形城と共に落城し廃城となった。 広さは4町2反(約4ヘクタール)あり、内堀・外堀が存在したが大正五年の 開墾により消滅した。しかし、城跡の存していたことを後世に伝えるため 馬場曲輪一同でこの石碑を建立した」ですって。 さりげなすぎて、通りすぎるとこだった(汗)
山門カッコイイ~♡ 
本堂です。
本堂の横には渡り廊下があって。。。
その先には石仏があります。
境内はこんな感じ。 


で、肝心の七福神様は。。。
まずは『福禄寿』サマです。 ここのもデカイ! で、横には。。。
『布袋尊』サマです。 そうです。こちらのお寺では一気に二神。 一挙両得。いや、違うか(笑) この布袋尊サマの下には。。。
なぜかミニ布袋尊サマが。。。 境内には他の参拝客もいなかったし、のんびりしようと思ってたら。。。 それを許さないヤツがいました。 それが、コイツ。 ↓↓↓↓↓
ものっっっすごい威嚇されました。 何でだ??? そんなに怪しかったかっ!? 

こちらは本堂。
本堂の前には。。。
そして向かいには
お地蔵さんがいっぱい。 そしてお目当ての。。。
『恵比寿』様です。 この画像だと分らないと思うけど。。。
分るかな??? 意外とデカかった!!! 




日本100名城の【鉢形城址】です。
ものすごく広そうな予感。。。 まずは、だだっ広い『外曲輪』です。
本当にだだっ広いだけで、何もないです。 


こちらが『二の曲輪』です。
二の曲輪には、『城山稲荷神社』があります。 
『三の曲輪』です。



三の曲輪からの眺めです。

『虎口』の先には。。。 
『諏訪神社』があります。 ぐるっと周ったけど、予想通りめっちゃ広かったです。 途中途中小さな駐車場があって、車で周ってる人もいましたが。。。 正解! 灼熱の中、歩きで周るのはかなり危険な城跡でした(笑) 

