灼熱の城巡りツアー~明智光秀&新田義貞縁の称念寺~ | みんみんの徒然日記

 
丸岡城の資料館で、新田義貞公の墓所が近くにあることを知り。。。

急遽、お参りすることに。

ナビで探しましたが、ヒットしないんですよ、これが。。。

仕方ないので、看板を頼りに探しました。

が。

看板がテキトーなため。

辿り着けずに、若干不機嫌なオット。。。

ここで、ちょっと険悪になり。。。

なんとか目的地に到着です。


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新田義貞公。

何故にここまで固執するかと言うと。

実は、遡ること24年前。

息子のお宮参りの神社で、義貞公が立ち寄ったことがあるんです。

たいして関係ないですけど(笑)


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現在、本堂と、義貞公墓所の入り口を改装中でしたので、望遠でのショットを。



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ところで。

義貞公の墓所と言うことで寄りましたが。

実は。。。

こちらのお寺、明智光秀が、貧しいころに住んでいた所だったんです。

知りませんでした。

そのころ、光秀は貧しかったのですが、光秀の妻が自分の黒髪を売って、連歌の会を開いたと言う。。。

と言うのは称念寺の説ですが。

みんみんの中では、黒髪を売って客人をもてなしたと言う記憶しかありません。

でも。

それも、どこか外国でそんな話があったような。。。



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こちらは松尾芭蕉の有名な句です。


月さびよ 明智が妻の はなしせむ


妻が黒髪売って、客人をもてなしたって句ですね。

正直に言いましょう。

明智光秀大好きです。
 
歴史的には主君殺し・三日天下、いろいろ言われてますが。

その頃は、下剋上。

主君を討つのは当たり前。

逆臣扱いがむしろおかしい。

明智光秀は、有能な家臣だった。

そして、主君のアナを見つけた。

世に倣って、下剋上企てた。

それだけです。

謀反でもなんでもないです。

歴史って、結局生きてる人には優しくて、滅んだ一族には厳しいです。

それが証拠に、明智光秀の娘たち。

有力大名に嫁ぎました。

滅んだ筒井氏に嫁いだ娘。

細井氏に嫁いだ娘。

筒井氏は明智に同調しなかったにも関わらず、のちのち「日和見順慶」など言われ、

細井氏は、光秀の娘・玉子(細川ガラシャ)を幽閉してたのに、何も言われない。

なんか、納得いかない。

ちなみに。

みんみんが、明智光秀の娘・細川ガラシャを知ったのは、この本です。


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敬愛する、永井路子さんの、「朱なる十字架」

永井路子さんは、歴史小説を書くにあたり、必ず系図を書くそうです。

そこから見えてくる事実がある。と。

まさに、同意します。

系図からは、男性目線の歴史とは違い、生々しい、生活が見えます。

まぁ、そこは置いておいても、永井路子さんの作品は、史実を追及する上でも、

とても素晴らしい作品が多いです。

って。

称念寺から離れた記事になってしまいましたね(汗)




  称念寺
  〒910-0383
  福井県坂井市丸岡長崎19-17
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